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第99話 サマーバケーション②

 それから半年以上、アタシたちは県内外のライブハウスでゲリラ的な活動を行って場数を踏むことに費やした。

 根無涼夏という女は、ロンリーウルフ風を気取ってるくせに意外と太い人脈を持ってるもので、県内から隣の仙台あたりなら市内の楽器店で働くタツミさん。

 首都圏ならライブハウスを営むアキオさんのツテで、小規模なイベントや店主催のイベントの枠にねじ込んで貰った。女子高生というブランドと、ある意味のフレッシュさ、それとアタシたちのプライドでもある演奏の実力が大人たちに受けて、そのうち「ライブ荒らし」なんて呼ばれるくらいにはファンもできた。


 特に、東京遠征の価値は大きい。小さいイベントと言ってもお客の数は東北のイベントに比べればダンチだし、他のバンドとも顔見知りになれる。往復の夜行バスはちょっとキツイけど、その価値は十二分にある。まあ、娘の成長を応援するみたいな目線のオッサンも多かったけど、価値は価値だ。アタシたちは、それもメジャーに必要なものとして受け入れた。


「これだけのコネどっから手に入れたのよ?」

「ふたりとも、親父の昔のバンド仲間なんだよ。そして親父のことで貸しがある」

「何よ貸しって」

「アタシが中坊のころ、店の金に手を付けて消えた。今はどこで何してるかしらん」

「なにそれ、最悪じゃん」

「もちろん、ふたりは何も関わってない。だから最高なんだ。オヤジの代わりによくしてくれる」

「そういうとこ、意外と抜け目ないわよねアンタ」

「使えるものは何でも使わなきゃ目指せないのがメジャーだろうが」


 本当に、メジャーという夢に向かってだけは一直線でブレないヤツだった。

 おかげでアタシも、ただがむしゃらにやるだけじゃなく、何は無理をしてもやって、何は捨て置くのか、そういうプロになるための取捨選択の心みたいなのを培わせて貰った。

 お金も体力もキツイ東京遠征だってそう。リターンがあるからやる。

 そして慣れない作曲も、必要だから徹夜で肌を犠牲にしてもやる。多少睡眠時間が足りなくたって、大人連中に比べてダメージは少ない。それこそ若さの特権だ。




 そうして季節が廻り、春になったころ。バンドに正ドラマーが加入した。海月だ。

 高校に上がりたての彼女だったが、友達に連れられて県内で行われたライブを見に来たところ、アタシたちのファンになったらしい。

 そのうえで、追っかけになるんじゃなくってドラマーに応募するっていうのが、あの子の頭のネジが外れたところだ。一応、中学の頃に少し叩いたことがあって完全初心者ではないっていうのもあったんだろうけど、その怖いものなさみたいなのをアタシも涼夏も買った。


「海月たちの名前ってさ、みんな夏っぽいよね」

「何よいきなり」


 そのころにはすっかり拠点になっていた、音楽店地下の三号スタジオでの練習中、海月が突然そんなことを口にした。


「海月はくらげで海でしょ。向日葵ちゃんはまんま向日葵。そして涼夏ちゃん。ほら、みんな夏っぽい」

「あー……まあ、そうね」

「あ、バンド名思いついた! 〝サマーバケーション〟! 絶対これで決まりだよ!」


 今考えても、本当にただの思いつきだったと思う。

 でも、特に反対意見が出なかったあたり、なんとなくアタシたちも「いいかも」って思ったんだと思う。

 そうして、ようやく固定メンバーが揃ったバンド〝サマーバケーション〟は始まった。


 当面の活動は変わらず県内外での「ライブ荒らし」だ。

 ただ、それだけではメジャーへの道は遠いってのはアタシも涼夏も承知していた。

 もちろん、ライブを通して目を付けられることもそりゃああるだろう。だけど、そんなの宝くじで一等を当てるよりも低い確率の話だ。

 もっと自分たちからアピールをしなきゃいけない。


 昔からよくあるのは音楽事務所にサンプル音源を送ること。

 そこから見染められてデビューしたバンドは歴史を見ても数多いけど、宝くじなのは変わらない。そもそも聞かれることもなく、倉庫行きになるものも多いと聞く。


 より確実な手段を取るなら新人オーディションだ。

 これも狭い門であることには変わらないが、音は聞いてもらえる。そのうえで落ちたのなら、まだ実力が足りないのだと納得もできる。


 そして、アタシたちの世代なら動画投稿サイトやSNSでバズるというのも、立派な手段のひとつだ。文字通り捨てるほどアーティストが居る世の中で、はじめから数字を持っているネットアーティストのコンテンツ力は高い。

 その他、細々とした手段は沢山あるけれど、三人で話し合ってアタシたちはこのオーディションとSNSを当面の主軸にすることにした。


 SNSでの活動はすぐにでも始められる。女子高生なら、大手の動画配信サイトよりもショート動画専門アプリのほうが拡散力が高いので、そっちに力を入れることにした。海月が得意そうなので、これは彼女に任せる。


 一方で新人オーディション。これに関しては開催されるのを待つしかないのだけれど、とにかく手あたり次第に応募を行うことにした。応募するだけタダなら、しない理由がない。

 そのためには曲も必要なので、その時点で一番イイと思えるオリジナル曲を送った。

 作曲は、まだまだ慣れないところもあるけど楽しい。

 演奏とはまた別のベクトルで、自分の中身をさらけ出して爆発させるような、そんな快感があった。


 そんなある日、海月が曲のミュージックビデオを撮ろうと言い出した。

 それまでも動画で曲をあげたり、ライブ映像を上げたりはしていたけど、確かにMVを上げたことはないので良い案だと思った。

 ひと口にMVと言ってもスタイルはいろいろある。動画サイトやカラオケでよく見るのは、寸劇を交えたような金のかかったやつ。当然、女子高生のアタシらには無理。

 もちろん「できる範囲」で似たようなものを作ることはできるけど、プロアマ関係なく作品を公開できるネットの海で、素人が作った猿真似動画をあげたって効果は無い。


 だったら、その逆を考えた。

 ようは「プロが公開してるものの中から、金のない女子高生でも撮れるMV」を撮ればいい。

 そこで選んだのが「エモいロケーションで、バンドがライブ同様に演奏してるシーンを撮る」というものだった。


「女子高生ブランドを使わない手はないわよね。衣装は制服で、撮影も学校で」

「えー! 海月だけ制服違うんですけど? りょーちゃん、誰か友達の制服借りてきてよ」

「は? んなことしたら撮影のたびに借りなきゃいけなくて面倒だろ」

「えぇ……メルカリとかで売ってないかな」

「それはそれでグレーな商品だからやめなさい」


 ぐずった海月も、結局は自分の学校の制服で参加することをしぶしぶ受け入れた。

 アタシとしては、全員揃ってるよりちょっとだけ違うほうが、アシンメトリーのような美しさがあって良いと思うんだけど、イマイチ理解はしてもらえないようだった。


 そして数日後、学校の屋上でアタシたちは撮影を行った。

 当然、部活でもないのに申請できるわけがなく、バレたらそこまでのゲリラ撮影だ。

 すごく風の強い日だったけど、それはそれでカッコイイ気がして、むしろ喜んでロケーションを考え、撮った。

 カメラはスマホ。演奏してるだけで動きがないので、スマホ用の三脚を使っていろんな角度から撮影を行った。


 撮り終えた素材は、SNS担当だった海月がまとめて編集を行う。

 そこに、これまたスマホにマイクをつけただけで別録した曲の音源を乗っけて――


「じゃ、アップロードするよ?」


 三人の視線がスマホの小さな画面に注がれる中で、海月はアップロードボタンをタップする。

 ほんの少しロードの時間をおいて、画面上はすぐに「アップ完了」のポップアップが表示された。


「味気ねーな。こんなもんか」

「この瞬間に全世界に同時配信されてんだよ。すごくない?」

「はいはい。じゃあ、次のライブのために練習するわよ」


 味気ないというか、そっけないのは涼夏の言う通りだ。

 ライブ終わりと違って、なんかこう、やり遂げたっていう感動はない。

 でも、着実に前に進んでいるような感覚はあった。


 メジャーに向かって、小さな一歩かもしれないけど、前に進んでいるような感覚が。

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