「――くだらねぇ。付き合ってられっか」
そう言って、軽音部のスタジオから肩を怒らせて出てくる女が居た。
今に比べたら、高校生らしいずいぶん落ち着いたオリーブブラウンの髪。
しかし、ぎらついた視線は今と変わらない。
それが、アタシが初めて出会った時の根無涼夏だった。
彼女は、通っていた高校の軽音部の活動を「幼稚園のお遊戯会」と揶揄っていた。
「どの辺がお遊戯会なの?」
「発表会(ライブ)がゴールじゃ、お遊戯会と変わんねーだろ」
どうにも、先日あった新人ライブの反省点や改善点をバンドのメンバーに伝えたところ、反応があまり芳しくなかったらしい。そこまでする必要があるのかとか、そういう感じ。
言い方に関しては今になれば高校生らしい怖いもの知らずの強い言葉というだけだけど、同じ高校生であるアタシにとってはわかりみしかなくて、アタシたちはすぐに仲良く……かは分からないけど、一緒につるむようになった。
アタシもそのころは、軽音部でいることを悪い意味で受け入れている状態だった。
確かにレベルはそんなに高く無いとは思ったけど、高校生なら初めて楽器を触ったなんて人も多いわけで。
そんなよちよち歩きのメンバーでバンドを組んで、ライブを成功させられたら、それは立派なひとつの成功体験で。部活動という名目では、十二分に意義を果たしていると思う。
「ライブがゴールじゃなきゃ、どこがゴールなのよ」
「んなもん自分で決めろよ。だがバンドやる以上はとりあえずメジャー目指してナンボだろ」
「簡単に言うわね」
「言うだけタダなら言わなくてどうする」
だから、とりあえずバンドを組んで演奏する場所さえ提供してもらえればそれで満足かなと思っていた当時の自分にとって、根無涼夏という女の存在は相当な劇薬だった。
それまで漠然とした憧れはあったけど、できたらいいなの夢物語程度に思っていた「メジャー」という言葉が、ハッキリとした人生のひとつの目標として刻まれたのは間違いなくその時だ。
「メジャー目指すっていうなら、それなりの演奏ができるんでしょうね?」
「お前、喧嘩売ってんのか? 言い値で買うぞ?」
高校一年の夏、まだまだバンドとも言えないようなアタシと涼夏のユニット――〝サマーバケーション〟の前身はこの時から始まった。
とりあえず、涼夏の言葉にのっとって最初の大きな目標をメジャーデビューに決めた。
そのために楽器を練習するなんて言うのは当たり前のことで、それ以外にしなければならないこと――例えば、そもそも何をすればメジャーになれるのか。
道筋はどんなものがあるのか。
どのレベルの演奏ならメジャーとしてデビューできるのか。
偏差値を理解して、自分の演奏をどのラインまで至らせなきゃいけないかが分かっていなければ、その練習はただ漫然とした自己満足の世界でしかない。
この辺は、腐っても受験を終えたばかりの高校一年生だ。
傾向と対策の容量で、やらなければならないことや、今の自分たちに足りないことの炙り出しを行った。
「正直なところ演奏に関しては、アタシたちは十分メジャーでも勝負できるものを持ってると思う」
「言うじゃねーの」
「ひいき目なしの分析よ。まあ、常に全力を出し続けられたら……の話だけど」
これは、完全にアタシの個人的な見解だけど、プロのアーティストは何よりも「程よく抜く」のが上手いと感じる。
常に全力前回じゃ何時間にもわたるライブを演りきれないだろう。
だからこそ「程よく抜く」ことをしながら、それでも「一流の演奏」として聴かせる。
とりわけ、芸歴何十年なんていう重鎮のバンドにはそれが顕著だ。
ただ、もちろんアタシたちはまだまだそんなところに至っているわけがない。
毎日を常に全力で、持てるすべてを出し切って生き、それで評価されることを願う。
ある意味で、高校生という若さの特権だった。
「何はともあれ……メジャーを目指すにあたって、アタシたちに足りないものが三つある」
「三つ?」
「ひとつはメンバー。ドラムとボーカルをどうするか。ふたつ目は経験。演奏だけ上達しても、場数を踏まなきゃいざというときに良い演奏ができない。そして三つ目が曲。流石にカバーバンドでメジャー目指すなんて言わないわよね?」
個人的には、三つめが一番の難点だ。
作曲スキルなんて現状で持ち合わせているわけがないし、かといって作曲家の知り合いがいるわけでもない。
今時、個人発注でオリジナル曲を作るなんてわりと当たり前にできることだけど、そのための対価となるお金を高校生の身分じゃ持ち合わせていない。
「ドラマーはライブごとにスポットでもいいし、どうにかなる。ボーカルはお前がやりゃいいだろ」
「は? なんでアタシなのよ」
「お前、あたしに歌わせる気か?」
「う……」
軽音部という後ろ盾を失ったアタシたちの活動場所は、もっぱら放課後の空き教室か、楽器可のカラオケだ。
前者は、アンプに繋いで音を出すことが難しいので、だいたいは後者。
ただ、カラオケに行ったらもちろん練習もするけど、合間に歌いたくもなるのが女子高生というもので、アタシもその例に漏れなかった。
その時に涼夏の歌も聞かせて貰った(というか無理やり歌わせた)けど……それはもう、ひどいものだった。
ミミズがのたうち回るような歌声とは、こういうのを言うのかもしれない。
「アタシ、歌うのは好きだけど自分の声は好きじゃないのよ。男っぽいっていうか、がなりっぽくて」
「良いじゃねーの。お前のギターと同じで、この音でねじ伏せてやるって感じがしてあたしは好きだ」
「ばっ……何言ってんのよ」
たったそれだけでその気にさせてしまうんだから、やっぱりあの女は劇薬だ。
ただ、アイツがアタシのような歌声を好きなのはお世辞ではなく、後から知った話によれば昔よくオルタナティヴロックとか青春パンクとか、そういうのをよく聴いていたかららしい。
「親父が好きで大量にCDがあったんだよ」
「確かに、ウチらの親年代じゃ世代ぽそう」
「お前はどういうの好みなんだよ」
「えー、〝クイーン〟は当たり前に通ったとして。あとは〝ブラック・サバス〟とか〝メタリカ〟とか? あと何を置いても〝レッドツェッペリン〟! ジミー・ペイジのリフに憧れてギターやってるって言っても過言じゃない!」
「あたしも当然好きだけどさ、びみょーに好みズレてんだよな」
「そういうこと本人の前で言わないでくれる?」
「大事だろ。好みのすり合わせは」
まあ、確かに。一緒にやっていくのに音楽性ってやつは大事だと思う。
音楽性の違いで解散しましたなんて、ネタとして扱われがちな言葉だけど、リアルで起きうるのがこの世界だ。
「アンタがそういうなら……ボーカル、挑戦してみる」
「頼むわ」
「あとはオリジナル曲ね。これは……」
ひとつ、提案しようとして言葉を飲んだ。
ボーカルも引き受けると言った手前、あれもこれもやりたがる強欲な女だと思われるのが、なんだか嫌で。
「なんだよ」
「ううん。あのね、曲作りもアタシやってみたい。前から興味あったから」
でも、コイツ相手ならそんな遠慮するほうが野暮だって、このころのアタシはもう気付き始めていた。
感じたことは素直に言う。
そういう屈託のない関係こそ、アタシたちのあるべき姿だと思ったから。
「その代わりアンタ、誰にも負けない最強のベーシストになりなさいよ」
「最強のベーシストってなんだよ」
アタシの冗談を、アイツはあきれ顔でやり過ごす。
溜息ひとつで返事してみせて、それから、ケロッとした顔で言うのだ。
「んなもん、なって当たり前だろ」
この、カチッとはまる感じが嬉しくて、アタシは思わず口角が上がるのを抑えられなかった。
どうしようもないくらいにワクワクして、興奮する。
無謀だけど期待に満ちた、青春の始まりがそこにはあった。