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第96話 あたしは決めた

 小一時間ほどして、都内のファミレスに二バンド総勢七名が向かい合って座る。

 方や涼夏、向日葵、海月のディアロストサマー。

 方や、涼夏以外のペナルティボックス。

 一触即発とまでは言わないが、どちらからとも話を切り出せない微妙な空気が漂っていた。


「みんな久しぶり! 元気してた!?」


 いや、この中で唯一空気を読まない人間がひとり。

 海月の嬉しそうな声に、千春と緋音は愛想笑いで応える。


「ふたバンドとも二次審査に残れてよかったね~! 手ごたえはどう? 本戦、残れそう?」

「海月、一旦ステイ」


 飼い犬を躾けるように、向日葵が海月の言葉を遮る。

 海月は、不満と悲しさ半々の顔でしゅんとするが、止めなければこのまま一生話続けているかもしれないおしゃべりトークマシン海月相手には、ある程度ハッキリ言わないとダメだというのを知ってのうえでのことだ。


「涼夏、アンタ、この子たちにどこまで話してるの?」

「なんも」

「なんも、ってねぇ」

「話したら今日に障るだろ」


 悪びれる様子もなく言い切って、涼夏はドリンクバーのアイスコーヒーをあおる。

 ペナルティボックスの面々――特に、蓮美と千春は、何かを聞きたそうに口をまごつかせた。ただ、何から聞いたらいいのか気持ちの整理がつかず、言葉が喉を通らない。

 一方で、未だに状況を飲み込めていないらしい緋音と、この場において一番落ち着いた大人の余裕を見せる栗花落のふたりは、静かに成り行きを見守っている。


「ディアロストサマーは本戦に行く」

「え?」


 突然の涼夏の言葉に、蓮美は面食らった様子で顔を上げた。


「あんだろ、そういう。結果が出る前から、そうだろうなって確信がある時」

「あ……う、うん」

「ペナルティボックスも、おそらく本戦に行ける」

「そう、かな。だといいけど」

「弱気だな?」

「そういうわけじゃ……」


 蓮美からしても、本戦に残る確信……とまでは言わないが、ふさわしい演奏はできたという自信はある。

 それでも、今のこの状況と、ディアロストサマーという新しいバンドの存在に、気持ちの整理が追い付いていない。


「ディアロストサマーって、メンバーはサマバケのようですけど、サマバケとは違うんですか?」


 とにかく場を繋ぐように、千春がようやく口を開く。

 ただ、蓮美の気持ちやら涼夏の立場やらを慮って、言葉は向日葵へと投げかけられた。


「サマバケとは目指す音楽が違うからね」

「向日葵さんは、その、イクイノクスの方は?」

「来年の夏は、大きいライブの話があってニュージェネどころじゃないわ」

「そうなんですね。じゃあ――」


 口にしかけて、改めて口ごもる。

 流れができてしまったものの、尋ねることで場の空気が一層悪くなってしまうことは明白だった。

 それでも、変にこじれるくらいなら自分が悪者になるつもりで、千春は思いきる。


「どうして、もう一度バンドを組もうと? 向日葵さんも――そして、涼夏さんも」

「それは――」

「必要だからだ」


 向日葵の言葉を遮って、涼夏が食い気味に答える。


「今度の本戦で、ペナルティボックスが負けたらバンドは解散する」


 その言葉には、ペナボのメンバー一同は流石にハッとして顔を上げる。

 栗花落は相変わらず平静を保っているが、その笑みは余裕というよりも、どこか覚悟を決めたような哀愁を帯びている。


「そ、それって、どういう……?」


 蓮美が、声を震わせながら涼夏に尋ねる。


「竜岩祭での勝負に負けて、ニュージェネにも負けるようじゃ、このバンドに先は無い。だったら鞍替えするのは当然の話だ」

「そんな、ニュージェネに負けてもまた別の方法を探ればいいじゃないですか! わざわざ解散する必要なんか!」

「お前だって、わかっててニュージェネなんて話を持ってきたんじゃないのか?」


 見透かしたような涼夏の視線に、蓮美は息を飲む。


「竜岩祭じゃ、ペナルティボックスの頂点とも言える演奏ができた。あれ以上はない。でも、負けた。このバンドの限界を感じた」

「げ、限界だなんて。緋音さんだって、クリコンからまた伸びて来たし、私たちはまだまだ上を目指せます」

「そうだな。可能性はある。あたしだって、ハナから捨ててたらそもそも参加なんかしねぇさ」

「だったら……」

「だからこそだ」


 涼夏の瞳がまっすぐに蓮美を捉える。

 その眼差し、瞳の輝きが、蓮美の目には、スタジオで初めて彼女と出会った時の姿と重なった。


「もしも、ニュージェネでぺマルティボックスが勝つことがあれば……そん時はお前、アメリカに行け」

「……え?」


 思いもよらぬ話が出て、蓮美の思考が固まる。


「え……いや、どういう……? ニュージェネとアメリカと、何も関係ないじゃないですか」

「さっきも言った通り、ニュージェネに負けたらバンドには先がねぇ。でも、もしも勝てるようなら――ディアロストサマーよりもいい演奏ができるって言うなら――お前は、こんな極東の島国の音楽業界で満足してていい人間じゃねぇ」

「あ……」


 思わず声をあげたのは、蓮美ではなく千春だった。

 不意の発生に注目を集めた彼女は、「ごめん」とだけ口にしてそれ以降は身を引いたように押し黙る。


「それこそ変だよ……! ニュージェネに勝ったら、これからじゃん。メジャーの道だって拓けて、みんなで……ペナルティボックスで、どんどん前に進んでいけて。それに――」


 ――それって、どちらに転んでも自分は涼夏と演奏できなくなるじゃないか。


 勢い任せに出そうになった言葉を、蓮美は直前で飲み込んだ。

 口にしたら本当になってしまいそうで。

 理性と恐怖で抑え込んだ感情を、彼女は向日葵へ向ける。


「向日葵さんだって……こんな当て馬みたいな形でバンドを使われるの、嫌じゃないですか?」

「そうね。アタシもそう思ったから、最初はふざけんなって感じだったけど……でも、当て馬のつもりなんてない。アタシだって、ディアロスで本気でニュージェネを取りに行く」


 そう言って、向日葵は涼夏の横顔をちらりと見る。


「サマバケじゃできなかった音楽を、ディアロスでならできる。これはそういう契約だから」

「海月は、もっかいひまちゃんとりょーちゃんとバンド組めるだけで嬉しいけどねー」

「海月は黙ってて」

「はい」


 向日葵に諫められて、海月はまたしゅんとしてドリンクをおちょぼ口でちゅるちゅると啜った。



「涼夏さんは……それで、良いんですか?」


 行き場のなくなった蓮美の感情の矛先は、再び涼夏へ向けざるを得なくなっていた。

 涼夏は、一切動じる様子もなく、二つ返事で頷く。


「あたしは決めた。だから、お前も決めろ」

「……っ!」


 蓮美の表情が悲痛に歪む。

 いつもと変わらない涼夏の口ぶりが、今日はどうしようもなく拒絶の意図に聞こえてしまう。

 ついには耐えきれなくなって、蓮美は逃げ出した。


「蓮美ちゃん!?」

「追いかけるな!」


 後を追おうとした蓮美を、涼夏が止める。


「いや、でも!」

「あいつにも考える時間が必要だろ。お前が居たら邪魔になる」

「そうは言っても……」

「その子の言う通り、一人にしておくのは危ないんじゃない? 地元ならともかく、土地勘も無い東京のど真ん中で」


 溜息交じりに向日葵が立ち上がる。


「お前が行ってどうすんだよ?」

「こういう時は〝どうでもいい相手〟のほうが良いの」


 そう言って、彼女は緩やかな足取りで店を出て行った蓮美の後を追った。


「だったら海月のほうがもっとよくない?」

「てめーは余計にややこしくしそうだからだめだ」

「はい」

「涼夏さん」


 浮かせた腰を下ろして、千春が涼夏に向き合う。

 その声は、明確に彼女を攻めるような怒気に満ちている。


「言いたいことがあるなら言えよ」

「意図は察するよ。でも当然、私たちには説明してくれますよね?」

「……そうだな。その前に」


 腰を落ち着けた千春に対し、涼夏は身軽に立ち上がる。


「コーヒー取ってくるわ」


 そう言って、彼女は空になったグラス片手にドリンクバーの方へと歩みだした。

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