ニュージェネレーション・アワードの二次審査は、都内のレコーディングスタジオで行われた。一次審査を突破した総数は、参加している自分たちには分からない。
ただ、混雑軽減のために集合時間を個別に指定されているあたり、日がな一日をかけた長丁場の審査であることは確かだ。下手をすれば、数日に渡っている可能性もある。
結成して一年。どのライブやフェスに参加してもアウェイな心地のペナルティボックスだったものの、今日はいつにも増して疎外感を覚えたように、控室の隅に小さく固まっていた。
「みんな、知り合い同士なのかな……?」
蓮美が見渡す控室には、ほかにも前後数組のバンドのメンバーが集まっている。
中には顔見知りなのか、親しげに言葉を交わしあっている人も多かった。
「年単位で活動してるヤツもざらだろ。活動が長けりゃ長いだけ、知り合いも増えるもんだ」
「それはそうだけど、なんか……やっぱ、私たち浮いてるような」
「で、ですよね……なんか、そんな気がします」
蓮美と緋音は、肩をすぼめて身を寄せ合う。
肩身が狭い理由自体はいろいろとあるだろう。
新進気鋭の新人バンドであること。
それに加えて、何はともあれ構成メンバーが若いこと。
さらに女性だけのガールズバンドであること。
そして、普通のバンドではあまり見ない構成の楽器を携えていること。
「……改めて考えたら、心当たりが多すぎる」
矢継ぎ早に思いつく原因に、蓮美は諦めたように肩を落とす。
すると千春が、本番前にこの空気はまずいと、慌てて明るい声をあげた。
「そ、そういえば、新曲の方はどうなの、ふたりとも」
「う……それはそれで、また」
痛いところを突かれたようで、蓮美は顔をしかめながら涼夏の方を見た。
「なんも進んでねーわ。原型すらない」
「あらあら」
「な、何かテーマとか、そういうのは決まってたり……?」
「いや、なーんも」
「そ……そっか」
話題を間違えたかなと、千春はほんの一分前の自分を戒めたい気持ちでいっぱいだった。
「ごめんね、栗花落さん。やっぱり、栗花落さんに作ってもらったほうが……」
「大丈夫よ。まだ時間はあるし」
「でも……」
初めて作曲というものにとりかかってみて、蓮美は改めてゼロからイチを作ることの難しさに直面していた。
もちろん、なんとなく「こういうのが良いかな」といったテーマや歌詞、フレーズなんかはいくつも思いつく。しかし、果たしてそれが良いのか悪いのかの判断ができない。
本戦に通用するのか。
ひいてはフジロックという日本のロックシーンの最先端に通用するのか。
ほかの人が書いた曲であれば通用する物差しが、自分の書いたものには通用しない。
物差しは持っていても、その「ゼロ」のメモリをどこに当てたらいいのか分からない。
「栗花落さん、当たり前の顔してすっごいことやってるんだなぁ……って」
「そんなことないわ。私の場合は、自分が良いって思ったものを信用してるだけ」
「それがすごいんだよ。きっと、向日葵さんも――」
比べるわけじゃないが、蓮美の脳裏には自分の知るもう一人の作曲家兼プレイヤーの姿が思い浮かぶ。
ペナルティボックスのバンドとしてのデビューは、彼女が書いた曲から始まった。
最初はサマーバケーションの新曲。
そして次は、向日葵が書き下ろしてくれた新曲の『FIREWORK』。
どちらも栗花落の書く曲とは全く方向性は違うが、いい曲だった。
(……あれ?)
そんなことを思ったからか、ふと控室前の廊下を向日葵の姿が横切ったような気がした。
(いや……帽子を被った女の人なんて、どこにでもいるか)
見かけたとはいっても、彼女が街歩きをしているときと同じキャップを被った姿だ。
その程度なら、似たようなシルエットの女性はいくらだっているだろう。
「三十二番、ペナルティボックスさん準備をお願いしまーす」
「お、何ぼーっとしてんだ、出番だぞ」
「あっ、ご、ごめん。いくよ」
涼夏に小突かれて、蓮美は慌ててケースから愛用のサクソフォンを取り出す。
それほど緊張は無かった。
あるのはただ、フジロックへの道を今日で終わらせはしないという、小さな使命感だけだ。
そうして、二次審査は滞りなく終わった。
面接のようなものもあると身構えていたのも杞憂で、バンド名と普段どういった活動をしているか。
ライブなどはどの程度の頻度でやっているか。
その程度の確認をされただけで、あとはショートバージョンに編集した曲を二曲ほど演奏して、それで終わりだった。
「なんか、肩透かしと言えば肩透かしだったね。オーディションだから、こんなものなのかもしれないけど」
「手ごたえがあったのか無かったのかも分からなかったよ……」
千春と蓮美は、反省とも言いづらい感想を交わしながら控室で荷物を片付ける。
審査員たちも丁寧で、終始にこやかな顔で進行をしてくれたが、だからこそ余計に自分たちの印象や感触も分からない。
はたして、彼らの心に残る演奏はできたのだろうか?
精一杯、やれることはやったつもりではあったのだが。
「あれ、涼夏さん、片付けないの?」
すっかり荷物をまとめ終えたところで、蓮美はソファーにどっかりと腰掛ける彼女に声をかける。
ほかのメンバーが楽器やらなんやらを片付けている間、彼女はひとり、ぼーっとしてるんだか何なんだか、ベースを膝に抱えたまま何も言わず座っていた。
「お前ら、先に行ってろ。次のバンドが来るから、いつまでも場所占領してたら迷惑だろ」
「先にって、涼夏さんは?」
「あとで合流する」
「三十六番、ディアロストサマーさん準備お願いしまーす」
「――ちょっと」
背中ごしに聞き覚えのある声が聞こえて、蓮美はドキリとして固まる。
我の強い、ややトゲのある声色。
何度か電話も交わしていた時期もあるので絶対に忘れない、いつだって芯のある彼女の息遣い。
そして、先ほど見た人影が、他人の空似ではなかったということ。
ようやく振り向いた先に、向日葵の姿を捉えた。
「向日葵……さん?」
「涼夏、海月はもう行ってるけど」
「ああ、今行く」
ベースを携えて、涼夏が立ち上がる。
その立ち姿は、いつも同じステージで演奏している時よりも涼やかな闘志が漲っていて、どこか別世界の住人のように思えた。
もう少し分かりやすく言い換えるなら、纏うオーラが違う。
いつもがぎらついた太陽のようなオーラだとしたら、今の彼女はドライアイスのように冷たく焼ける――
「涼夏さん……これって」
「もうひと組応募して、一次通ったんだよ。バンドは一組一枠だが、演者には制限ねーから」
「でも、ロストサマーって……」
蓮美の横を通り抜けて、涼夏は向日葵とともに、一度も振り返らずに控室の扉を出ていく。
新人オーディションに於いて異様な空気を持った二人を見送る視線は、蓮美も、ほかの参加者たちも、まったく同じように見えた。