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第56話 流行は作るもの

 動画をアップした次の練習の日、スタジオになんとも気まずい表情の面々が集まっていた。


「えー……第一回、動画全然伸びねぇぞどういうことだコラァ会議~」


 自ずと下がる視線を無理やり上げさせるように、涼夏が声をあげて手を叩く。


「びっくりするぐらい伸びないね」

「良い曲なんですけどね……」

「このうち、いったい何再生分が身内なんだろう」


 蓮美と千春と緋音が、肩を寄せ合って件の動画を見ている。初動こそ酷いものだったが、数日経って今ではどうにか三桁再生にはこぎつけた。しかし、それでも期待していた伸び方からすると全然だ。

 頑張って撮影も録音もしたし、すごくいいPMVに仕上がっているのに、ここまで見られないのはそれなりにショックを受ける。


「まー、ぶっちゃけ、こんなもんだろうと思ってたよ」

「ええー?」


 元も子もない涼夏の爆弾発言に、蓮美は非難の意味も込めてじっとりと蔑むように見つめる。しかし、涼夏は一切悪びれることなく、あっけらかんとして答えた。


「サマバケの時だって、運よくバズんなけりゃ似たようなモンだった。ただ、今はあん時よりゃ多少は知恵が回る。だからこその会議だ」

「そうは言っても、実際、全然見られてないんじゃ……」

「まー、とりあえずは専門家の意見を聞こうや。RAiN先生よ」


 涼夏の視線が栗花落へと向く。


「そうね……やってきたことを考えれば、最初はこんなものというのは私も同意見。もちろん、のっけから伸ばす方法も無くはなかったけど。SNSで多少フォロワーを集めてからチャンネルを開設するとか。でも、私たちはそういうマーケティングを目指すわけじゃないでしょう?」

「まーな」

「なら、まずは曲を発信できる〝場所〟の準備が終わって〝最初の曲〟を出したという部分がクリアできたと考えましょう。ほとんど見られてなくても、見てくれた人の中には、ごく少数でもファンは生まれるでしょうから」

「確かに、何もしないよりはマシ……だろうね」


 蓮美が頷く。その点は、他のメンバーもみんな同じだ。とりあえずは、世界中どこからでもバンドの曲が聞けるようになった。それは、間違いなく手堅い一歩だったはずだ。


「そうは言っても、全く伸びないのは悔しいから、とり急ぎサビの部分だけ編集したショート版もアップしてみたの。そっちは四桁再生くらいしてくれてて、そこからフルを聞いてみたいって本動画に流れてくれた人は、少なからず居ると思うわ」

「なるほど、それで一瞬ちょっと伸びたんだ」

「今や、サイトには星の数ほど動画があるのだから、そこから自分たちだけを見ろって言う方が無理な話よ。見つけて欲しければ、動画に辿りつくまでの導線を考えて、ファンを引き込まなきゃ。ショート動画はそのひとつ。広告みたいに不特定多数に次々再生してもらえるから〝まずは知ってもらう〟のに適してる」

「つーわけでだ、〝ブツ〟はできたんだから、こっからは宣伝のターンだ。ひとまず蓮美と千春、お前らをSNS担当大臣に任命する」

「はい?」


 突然の任命に、蓮美は再び怪訝な表情で首をかしげる。


「ペナルティボックスのSNSを立ち上げて情報を発信しろ。動画のリンクもガンガンあげてけ」

「それは分かるけど、なんで私と千春ちゃん……?」

「むしろ、あたしと緋音にやらせて良いのか? 栗花落は動画サイトの方の管理頼んで手が塞がってるだろうし」


 逆に質問されて、蓮美は思わず涼夏と緋音がSNS担当になった場合を想像する。確かに、ロクなことにはならないのは確かだ。


「私は、こういうの結構好きなので喜んで」


 千春が笑顔で引き受けるので、蓮美も仕方なくそれに習って〝SNS担当大臣〟を拝命する。さっそくその場でインスタのアカウントを作成し、動画から切り出した画像をアイコンに置いた。


「これから……新曲やライブの出演情報のことを公開していきます……よろしくおねがいします……っと。とりあえずこんなので良いかな」


 動画のURLも添えた最初の投稿も終わり、サクサクと準備は進む。


「動画サイトのアカウントの方にも、SNSのリンク張っておくわね」

「えっと、グルチャにリンク張っておいたから、それでお願いできると」

「地道なプロモーション活動はこれで良いな。あとは、どうやってバズらせるかだな」


 珍しく、真面目な顔で涼夏が考え込む。


「バズって……そんな、狙ってできるものなの?」

「馬鹿野郎。流行ってのはな、作るんだよ」


 蓮美の問いに、涼夏は立ち上がって壁際のホワイトボードの元へと歩み寄る。

 適当なペンを取ってボードを左右に横断する線を一本引くと、その一番左端にぐりぐりと丸を描いて、隣に『アカウント作成』と書いた。


「今、ここだろ。リスナーの反応は、まあ、並かそれ以下だ。ここからしばらくは、地道な宣伝でじわじわと伸ばす」


 言いながら、線の真ん中あたりを目指して矢印を引いていき、そこに『宣伝活動』と添える。


「んで、どっかで一発大き目のプロモーションを打つ。何するかは全然考えてねぇけどバズを狙いに行く。興味を引いたところで次の新曲公開だ。バンドの顔になる一曲を作って公開する。ここで〝興味〟を〝ファン〟に変える」


 真ん中からギュンと上向きに伸びた矢印の先に、でかでかと「新曲発表!」と書き込まれる。どうやらこれが、涼夏の目指す当面のフローチャートらしい。


「そんなに簡単にいくかな……」


 蓮美たちの耳には、正直なところ机上の空論、皮算用にしか聞こえない。ただ、もしも涼夏の言う通りに「バズ」を生み出すことができるのならば、その最高潮のタイミングで新曲を出すと言うのは、いい案だとも思った。


「そう言えば、皆さんにも一応共有しておいた方が良いと思うのだけど」


 話が一旦まとまりかけたところで、栗花落がおもむろに口を挟む。


「現状あまり伸びていないというのにも重なる話なのだけど、今回、涼夏さんとも相談して私――RAiNの名前は出してないの」


 言われて、他のメンバーは「そう言えば」とペナルティボックスのアカウントを見返す。元からメンバーリストを乗せていたわけではないが、一方で作詞作曲の情報も何も載っていない。


「確かに名前を出せば、RAiNさんのファンには見て貰えそうなものだけど」


 当然の疑問を投げかけた千春に、栗花落と涼夏は、一旦顔を見合わせてから落ち着いたトーンで答えた。


「理由は細かく挙げればいろいろあるけれど、一番はRAiNのファンがそのままペナルティボックスのファンとなってしまうのを防ぎたいなと思って」

「確かに、百万フォロワーの力を使えば数字だけのファンを掴むのは簡単だろう。だが、そいつらがファン層の大部分になって〝RAiNの曲〟をバンドに求められるのは困るっつーか……以降は、確実に〝RAiNらしい曲〟に迎合しないとバンドが伸びなくなる」

「私としてもそれは本意ではないし、ペナルティボックスはペナルティボックスのファン層を掴むべきだと思うの。だから、出すにしても私は時任栗花落か、もしくは新しい名義を作って出すつもり」

「ただ」


 涼夏が、渋い顔で吐き捨てるように続ける。


「どうしてもうまくいかない時は、百万フォロワーの力を使うのも最終手段で考えてる。あたしらの目標はメジャーだからな。綺麗ごとばかりで成し遂げようとは思わねぇ」

「ここの『バズ』が上手くいかない場合のルートね。その時は、新曲をRAiN名義で発表して、RAiNのアカウントでも大々的に告知を打つ」

「伸びはするだろうけど、事実上の敗北宣言……ってことだね」


 蓮美がぽつりと溢した言葉に、涼夏が感心したように頷く。


「そういうこった。だから、新曲発表までが死ぬ気のプロモーション期間だ。欲を言えば、新曲もどっかでかい舞台で発表したいもんだけどな」

「次のライブの日程とかないの?」

「相変わらず小さいヤツはいくらでもあるし、もちろん夏休み中は出れるだけ出るつもりだが、勝負曲の発表に相応しいもんはねーな。でかめのフェスでもありゃいいんだが」

「フェスか……」


 その単語に、珍しく千春が反応した。

 何かを思い出したようにスマホを弄ると、「うーん」とひと唸りしてから涼夏を見返す。


「宛てが無いわけじゃないんだけど……話だけでも聞いてみようか?」

「うん?」


 千春は、自分のスマホを突き出すようにみんなの方へと向ける。

 画面には、前衛的なアートのイメージビジュアルと共に『竜岩祭』とイベント名らしき文字がでかでかと刻まれていた。

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