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第55話 電脳大作戦

 それから、二週間ほどの月日が経った。

 その間にお盆を挟んだため、うち一週間ほどは合奏練習は休みとなり、個人練に重点を当てたスケジュールとなった。夏休みの間、特に実家に帰るつもりがなかった蓮美もお盆くらいは地元に戻り、お墓参りをしたり親戚に会ったりして過ごす。同郷である千春に誘われて、中学のの時の友人たちと遊ばないかと声をかけられたが、微妙に会う気分ではなかったため断った。その分、実家でもサックスの練習に大部分の時間を充てた。


「蓮美ちゃんがまた音楽をねぇ」


 蓮美がまた音楽に力を入れるようになって、誰よりも喜んだのは彼女の祖母だった。蓮美が持つマイ・サクソフォンも、強豪の中学で寝る間を惜しんで練習する蓮美を応援するために、祖母が貯めていた年金を下ろして買ってくれたものだ。

 吹奏楽部を辞めることを決めても、サクソフォン自体を手放さなかったのは、そのことに負い目があったからと言っても過言ではない。そのおかげで腕を衰えさせることなく、今、ぺナルディボックスで演奏できていると考えたら、祖母には感謝してもしきれない。

 蓮美もそれをよく分かっているので、実家に居る間くらいは祖母孝行をしようと思った。

 一方で涼夏は、お盆期間中は流石に宿の手伝いに駆り出されていた。大型旅館であるため、単純な旅行客だけでなくお盆にあわせた法事の打ち上げや、自治体の宴会など、一時瑠込み合っている。


「忙しい時くらい働きなさい」


 有無を言わさぬ女将こと母親の一声で、しぶしぶ仕事を手伝わされているわけだが、当然給料が出るわけでもなければ、ただただ練習時間を削られるだけである。つくづく、家業のある家に生まれるんじゃなかったと、自分の出自を呪ったものだ。


 そんな地獄のようなお盆も終わり、まだまだ残暑のきつい八月の下旬。メンバーは久しぶりに栗花落のマンションに集まっていた。


「さて、今日は本録りをするつもりだけれど、その前に……」


 そう前置いて、栗花落はPCのモニターをメンバーの前に向ける。そこには、動画編集ソフトが立ち上げてあり、小さなデモウインドウに編集された動画が映し出されていた。


「わっ、できたんだ!」


 練習再開一発目の嬉しいサプライズに、蓮美をはじめ、メンバーは期待に胸を膨らませる。


「とりあえず、この間のテスト音源に合わせる形で切り貼りして、効果もつけてみたところ。細かいところは本録りの音源に合わせて再調整するけれども、方向性だけでも見てもらえると」


 そう前置いて動画が再生される。

 ミックス音源を聞いたときのように、再生された瞬間は期待と不安が入り混じった複雑な心境だったが、いざ編集された映像が流れ始めるとそんなものすべて吹き飛んで、ワクワクで胸がいっぱいだった。


「すご……なんか、私たちが私たちじゃないみたい」


 蓮美の感想は、ある意味で的を射ている。意図的に大人びた衣装と撮影時の演出を手掛けたわけだが、画面の中に映し出されているのは、普段のメンバーの姿とは似ても似つかない、ある意味の「オーラ」をまとっているように見えた。


「虚栄にしちゃ十分か。PVなんて、ビビらせてナンボだもんな」

「ビビらせる必要はないと思うけど、それでも素敵なPVだよ。曲の雰囲気にもすごく合ってるし、何よりバンドの存在感がある」

「緋音さん……すごいね! 綺麗なのもあるけど……なんか、テレビで見る歌手みたいで!」

「蓮美の感想は、いちいち庶民的なんだよな……」

「いいでしょ、庶民なんだから……でも、ほんとにステキだよ」

「うう……わたし、前に出すぎじゃありませんか……?」

「そのためにバンドに入れたんだ、我慢しろ」


 やいのやいの感想が飛び交うが、どれも好意的な内容だったので栗花落は満足したように微笑む。


「それじゃあ、このPVをイメージしつつ本番を録っていきましょう。時間があったら、今持ってるほかの曲も録っておきたいわね」

「他のも?」

「せっかくアカウントを作るのに、アップする動画がひとつだけじゃ寂しいでしょう? PVまでは用意しなくても、あるだけの曲を上げてしまったほうが〝どれか〟で魅かれるリスナーが居るかもしれないから」

「そっか……そういうのも考えなきゃいけないんだ」


 蓮美は納得したように頷き返すが、栗花落の言うそれが果たして本当に有効なのかどうかを判断する術はない。こと動画投稿に関しては、先駆者である〝RAiN〟の知識と経験におんぶにだっことなるだろう。それはほかのメンバーも同じことで、涼夏も含めて、彼女の言う方針に異議を唱える者は特に居なかった。


「他のも、PVが無いなりに見栄えのする動画には仕上げるから。そうね……渋谷ライブの写真とか、動画とか、持っている限りで共有してもらえると助かるかしら」

「ごめんね、栗花落さん。なんだか。栗花落さんの負担ばっかり増えてる気がする」


 気遣って心配する千春だったが、栗花落は「大したことない」と首を振る。


「インディーズなんですから、適材適所でできる人ができることをやれば良いのよ。私が編集を引き受けている間に、みなさんが少しでも曲の完成度を高めてくれれば、それでこのバンドは上手く回っていけると思うわ」

「でも、それじゃあ栗花落さんの練習時間が」

「これは、嫌味に取らないで欲しいのだけれど――」


 そう前置いて、栗花落は横目で涼夏を見る。


「涼夏さんほどではないけれど、私も音楽に対してそれなりの造詣がある。練習ひとつとっても、同じ一時間の密度がアマチュア演奏家のそれとは違うから。私は私なりに、与えられた時間の中で納得のいく演奏を仕上げてるつもりよ。その分、他のことを頑張る時間も取れるというわけ」

「こ、これがプロ意識なんですね……流石です」


 感激している緋音をよそに、蓮美は栗花落の言葉を胸の中に受け止めていた。


(練習の密度……そうだよね、プロを目指すなら効率よく練習できるようにならなくっちゃ。できるまで頑張る、は高校生の部活だから許されること……私は、その先を目指すんだから)


 未だ栗花落には苦手意識はあるが、学ぶところも多い。感情ばかりで接してもいられないのだと自戒する。


 同じプロ意識なら涼夏からも学べそうなものだが、不思議と、彼女からはそういうのをほとんど感じられない。それは決して涼夏がプロっぽく無いというわけではなく、涼夏があまりにも「当たり前」にプロ意識を持っているためだろう。

 音楽にまっすぐで、これまでの人生のほとんどが音楽でできていた涼夏は、その思考から行動までのすべてが音楽活動のために最適化されている。それも含めて「根無涼夏」というひとりの人間の人格を形成しているかのようで、もはや学ぶとかいう域を越しているように感じられた。


 それに比べれば、それこそ音大で音楽を「学んでいた」経験がある栗花落の言動は、ロジカルかつ実用的で、蓮美たちでも意図や理屈を感じ取ることができる。彼女が何を考えているのか、その笑顔の裏を読むことまではまだ叶わないが。


「それじゃあ、始めましょうか」


 目指すところと、まだまだ意識が追いついていない自分。その二つをそれぞれの胸中で天秤にかけつつ、その日の収録は行われた。多少時間は押しながらも、当初の予定通り新曲を含む計三曲を収録い、動画用の音源はすべてが揃う。


 そして、来る八月末日――動画投稿サイトにおもむろに開設されたアカウント『ペナルティボックス』に三本の動画が投稿された。


 渋谷ライブで演奏した二曲に加え、夏の間準備を行ってきたPVつきの新曲が一曲。バンドにとっては、今後の活動を占う希望に満ちた勝負だった。サマバケのように、動画がハネればそこからメジャーデビューの道もある。

 もちろん、そればかりをアテにしたわけではないが、これまでの「参加させてもらった」ライブとは違う、初めて自分たちの力だけで世界に喧嘩を売った気分だった。


 もちろん負ける気はない。

 退く気もない。


 だが、そんな意気込みとは裏腹に――公開から一週間の再生数は、どれもたったの二桁に留まっていた。

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