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第45話 テメーで考えろ

 大会日程が終わった。東北六県、二十四校が出場した中で三校が全国への夢を繋ぎ、二十一校が夢潰えた。


「やっぱ、よく分かんねーな。音楽で金だの銀だの。審査員は何様だ」

「それは私も思ってたけど……吹奏楽部のみんなにとっては、それが高校生活の全てなんだ」

「堅っ苦しいなー、たく」

「あれ、涼夏さん、どこに?」


 観客の退場のための行列に並んでいたふたりだったが、涼夏ひとり、列から外れてどこかへ歩み去る。


「便所」

「ええ……じゃあ、私、外で待ってるから」

「おう」


 ひとりになった千春は、仕方なく列の流れに乗ってホールを後にする。

 外に出ると、帰り支度をしながら記念写真を撮ったり、締めの集合を交していたりする、参加校の集団があちこちに目に付いた。


(外じゃなくて、中で待てば良かったかな)


 今日はとことん、待ち合わせ場所に失敗しているな……と、自嘲気味に笑って、少しでも目立たない柱の影で涼夏を待つことにする。


「千春先輩」


 目立たないところに居たはずなのに、すぐに声をかけられてしまった。

 視線を向けると、千春たちが在学中に一年生だった部員がふたりほど、自分のことを見上げていた。


「何してるんですか? 他の先輩方も来てますよ?」

「私は人を待ってて……てか、よく分かったね?」

「千春先輩、目立つので」

「そうかな……?」


 首をかしげる間もなく、後輩たちにぐいぐいと手を引かれてしまう。

 涼夏に断りを入れようかとも思ったが、そんな暇すらなく。仕方なく後でメッセージを入れておくことにした。


 母校の吹奏楽部は、入り口の近くでA編成メンバーの集合写真を撮っているところだった。写真を撮り終えてすぐ、後輩たちが連れて来た千春の存在に気づく。


「千春せんぱ~い!」


 きゃいきゃいと黄色い声が響いて、千春はいよいよ逃げられないことを悟った。

 仕方なく笑みを浮かべて、後輩たちに手を振る。

 またワッと歓声が上がる中で、数名のグループがそぞろに千春へ歩み寄る。


「先輩。今日は来てくださってありがとうございます」


 パーカスの後輩たちだ。先ほどの演奏で勇猛果敢にボーランを叩いていた現パーカスリーダーの少女が、どこか得意げに胸を張る。


「どうでしたか、今日の演奏」

「素晴らしかった。これは、私たちの代を越えたね」

「そんなこと……あるかもしれないですけどね、ふふふ」


 ドヤ顔で笑むパーカスリーダーも、高校入学時はおどおどして気の小さい、大学入学時の蓮美のようだった。それがこうも頼もしくなるものかと、高校生の三年間と言う月日の重さを感じ取る。


「これも全て、後輩指導に力を入れてくださった千春先輩のおかげです。ほんとうに……ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」


 リーダーの掛け声に合わせて、パーカスメンバーが一斉に頭を下げる。流石の千春もたじたじで、困り果てたように声を掛ける。


「そんな、私は何も」

「そんなことありません! 千春先輩は、後輩ひとりひとりの悩みを聞いてくれて、成長のアドバイスも一生懸命考えてくれて……」

「ウチの高校、吹奏楽部厳しいんでせっかく入っても辞める人も多いですけど……パーカスだけは今日まで誰一人欠けることなく、全国出場を果たせました」

「今回、パーカスが映えるマードックを自由曲に選んだのも、三年間で力をつけたパーカスの実力を部みんなで買ってくれてのことなんです。それが、本当に嬉しくて……誇らしいです!」


 言葉があふれ出すように、メンバーたちは次々に千春への感謝を口にする。

 当の本人は、どこか真正面からは受け止めきれない様子で後ずさる。


「逃げないで聞いてあげなよ。彼女たちの言う通り、千春の成果なんだから」


 すると、後ろから肩を叩かれた。

 元部長だった。

 退路を塞がれて戸惑っている千春に、彼女は言葉を投げかける。


「南高吹奏楽部部長――あの時の私は、ひとりひとりが最強の五十五人に入るつもりで練習することが、全国で金を取る方法だと思ってた。部員みんなが仲間でありライバル。だから、自分より後輩を優先する千春が、正直、イラついてしょうがなかった」

「ははは……ごめん」

「あとその、人畜無害そうな愛想笑いも」


 彼女の指摘に、千春はピタリと笑うのをやめる。


「千春が、憑りつかれたように後輩のケアに力を入れてたのは、ずっと見てたから分かるよ。彼女たちの今日の結果は、間違いなく千春が積み上げて来た成果なんだよ」

「だったら、私の三年間も甲斐があったかな」

「だから、吹奏楽部から離れた千春の演奏、楽しみにしてる」

「……え?」


 何を言われているか分からず、元部長を振り返ったまま固まってしまう。

 彼女は、少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべて応える。


「千春がどうしてそこまで、後輩のケアに力を入れてたのか……何にそんなに気を遣ってたのか、分からなかった。私は、あんたが抱えてるものを相談してもらえるような部長じゃなかったし」

「それは……」

「言ったでしょ。部長を辞めれば、大事にするものが変わるって」


 そう言って、俯いた千春のおでこを人差し指で小突く。


「吹奏楽部という場所が千春を縛ってたなら、今は、千春の音楽を続けてるんだよね。だったら元部長としては、何も言うこと無い」

「千春先輩、大学でも音楽続けてるんですか?」

「何やってるんですか?」

「演奏会あったら教えてください! パーカスチームでお花送ります!」

「みんな……」


 かつての仲間、そして後輩に囲まれる中で、千春は今だ想いを受け止めきれない様子で佇む。そんな彼女の様子を、会場から出て来たばかりの涼夏が、遠巻きに見つめていた。


(何やってんだ、あいつ)


 軽音部を離れて個人活動をしていた涼夏には、目の前の熱気も、それになおも気を遣う千春の心中も、理解しようがなかった。




 千春が後輩の輪から解放されて、ふたりはようやく帰路についた。


「ごめんなさい、待たせちゃって」

「そんな待っちゃいねーけどよ」


 そもそも待つ理由もないのだと続ける涼夏は、駐輪場から引っ張り出した原付を手で押して千春の横を歩いている。本当なら、そのまま帰ろうとしたところを、千春から「お茶でもしていきませんか」と呼び止められたのだ。


「後輩たちに、すごく感謝ちゃったな」

「自慢かよ。良かったじゃねーか」

「ええ、まあ」


 興味無さそうに舌打ちする涼夏に、千春は苦笑する。


「ただ……私の音楽って、何だろう」

「はあ?」


 涼夏が睨みながら振り返って、千春を一瞥した。思たよりの剣幕に、千春はギョッとして距離を置く。


「いや、あの、同期の子に言われたんですよ。今は、千春の音楽を続けてるんだねって。でも、そういうつもりもなかったから……どうなんだろうって」

「あたしが知るかよ。テメーで考えろ」

「ですよね、すみませんでした」


 思わず敬語に戻ってしまったのも気づかないまま、千春はしゅんとして項垂れる。


「おい!」


 そんな彼女に、相変わらず先を行く涼夏は、改めて振り返って声を荒げる。


「いくぞ」

「ああ……ええと、次の角を左に行くとオススメのお店が――」

「ちげーよ」


 カフェへの道案内を遮った涼夏は、親指でグイッと道の向こうを指し示す。


「スタジオ行くぞ」

「え? なんで」

「考えんだろ、テメーの音楽」

「い、今からですか……!?」

「たりめーだろ。それじゃ、いつまでも仮メンのままだぞ」

「ああ……」


 そう言えば、そういう話だった。いや、忘れたわけではないが――と、まだ状況を飲み込めない千春をよそに、涼夏はズンズンといつものスタジオに向けて目的地の舵を切っている。


(こんだけ音楽にまっすぐで、がむしゃらな人だから、蓮美ちゃんも前を向けたんだろうね)


 自分に足りなかったものをひとつ見せつけられたような気になりつつ、千春は急いで涼夏の背中を追いかけた。

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