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第13話 はじめての友達

 一時間の部屋時間を経て、その日の打ち合わせは終了となった。蓮美と涼夏はこっそりと示し合わせた通りに、涼夏が満足げにスクーターで去っていくのを見送ってから、残された緋音を近くのカフェチェーンへと誘った。

 こちらもまた、時間が時間だからか店内は学校が終わったらしい学生たちや、仕事帰りらしい大人たちで賑わっている。蓮美たちは、入店するなり店中の視線が緋音に集まっているのをひしひしと感じながら、どうにか目立たなそうな奥の席を確保して一息ついた。


「じゃあ、私は飲み物買ってくるから。蓮美ちゃんたちはここで待ってて」

「それなら私も行くよ……?」

「流石に、彼女をひとりにするのは可哀そうだよ」


 目くばせする千春の視線の先には、物珍しそうに店内へ視線を巡らせる緋音の姿がある。蓮美としては、このタイミングでふたりきりになるのは気まずいどころの話ではなかったが、仕方なく受け入れることにした。


(……でも、やっぱり気まずい)


 蓮美からすれば、ほんの二時間ほど前に出会った名前しか知らないような相手だ。こういう時、何から会話を広げたら良いんだろうかと、なけなしのコミュニケーション能力を振り絞って考える。


「あの……家はどの辺なんですか?」


 口にしてから、蓮美は自分の引き出しの無さを心の中で嘆いた。

 見知らぬ美女を前にしたら、誰でもこうなるに違いない。涼夏がおかしいのだと自分に言い聞かせている間に、緋音がぽつりとつぶやくように答える。


「大学の……すぐ近く、です」

「へぇ……大学の……」


 頷き返しながら、ぼんやりと大学の近くにある住宅街の景色を思い返す。


(それって、めちゃくちゃ高級住宅街……)


 蓮美たちの大学は、地方都市の小高い丘の上にあり、すぐ傍はデザイナーズハウスが立ち並ぶ新しめの高級住宅街になっていた。通学の度に蓮美は、どういう人がここに住んでいるのだろうかと思いを馳せていたものだが、〝こういう人〟が住んでいるのかと、見たいけど見たくなかった現実を突きつけられた気分だった。


「ええと……涼夏さんとは、どういうご関係で?」


 再び、口にした瞬間に頭を抱える。すごく変な聞き方になってしまったのを自覚したうえで、半ば彼女をここに連れ込んだような形になった手前、事情聴取みたいな空気になってしまったのを蓮美は何よりも気にしていた。

 単に話をして、彼女の気持ちを聞いて、バンドへの加入が嫌なら涼夏を説得するお手伝いくらいはしたいと、そういう話を千春としていたハズなのに。

 案の定、緋音は困った様子で答えをためらっている。涼夏が名前も知らなかったくらいの相手だ。接点なんて、ほとんど無いに等しい。


「……同じ大学で、同じ学年……です」

(あ、この人良い人だ)


 どうにか搾り出した答えがそれだったのだろう。健気に答えてくれた姿に罪悪感を抱きながらも、どこか胸が温かくなった蓮美は、「すみません、変なこと聞いて」と平謝りするばかりだった。


「カフェ・オレ三つお待たせ」

「千春ちゃ~ん!」


 千春が席に戻って来た瞬間、蓮美はほとんど泣きつく勢いで彼女を席に引きずり込んだ。こんなことなら自分が注文を取りに行くべきだったと、激しく後悔する。

 なんとなく状況を察した千春は、苦笑しながら緋音に向き直る。


「改めましてになりますが、一年の姉崎千春です。こちらは幼馴染の柊蓮美ちゃん」

「あ、柊です……その、今日はいろいろとご無礼を」


 この数時間のことを思い返して、改めて平謝りの蓮美だったが、緋音は何のことか分かっていないようで首をかしげるばかりだ。


「今日一日、いろいろ付き合わせてしまってること自体が無理矢理だと思いますので、単刀直入に話しますが……バンドの件、もし無理しているなら言ってください。涼夏さん、見ての通りの人なので、いろいろ強引というか、相手の都合とか全く考えないところがあるので。ね?」

「まあ……それは否定できないです」


 話題を振られて、蓮美はしぶしぶ頷く。


(否定はできないけど……ただ強引なだけじゃない……気もする。なんか、こっちの本心を見抜かれてるというか……上手く説明できないけど)


 微妙に納得できないところはあるが、言葉にできるほどでもない。今はそれよりも緋音のことだと、気を取り直して顔を上げる。

 緋音は視線をカフェ・オレに落として、ぶつぶつとつぶやくように口元を動かす。おそらく考えをまとめているのだろうと察したふたりは、そのまま見守ることにする。


「……よく、わからないです……いきなりで」


 やがて、小さくも澄んだウィスパーボイスでそう答える。だろうね、と顔を見合わせて苦笑する蓮美と千春だったが、緋音は俯いたまま言葉を続けた。


「でも……今日は、楽しかった……です。はじめて……カラオケに行きました」

「はじめて?」


 何の気なしに尋ねる千春に、緋音はぎこちなく頷く。


「友達……居ないので。こういうこと、何もやったことなくて……だから、学食で誰かと話したり……カラオケ行ったり……カフェに行ったり……今日は、楽しかった……です」


 精一杯に答える緋音を前に、蓮美も千春も、改めて罪悪感に似た戸惑いを抱く。ここまでは彼女のことをバンドに入らなくて済むよう力を貸すつもりでいたが、果たしてそれで良いのかと。


「緋音さんは、バンド……やってみたいですか? やるとしたらボーカルなんですけど」


 すっかり彼女はやりたくないものだと思っていた千春は、改めて本心を訊ねる。


「ごめんなさい……分からないです」

「考える時間は必要ですよね」


 答えを急いているのは自分でも分かっていた。千春は、無理に問い詰めることはせず、今できる最善の策を考える。


「今度、練習を見に来てみませんか? 街の楽器店のスタジオでやってるんですけど」

「いい……んですか?」

「もちろん、友人として来てくれるなら、迷惑なんてことはないですよ」

「友達……!」


 緋音が目を輝かせて顔を上げた。思わぬ食いつきに、千春は一瞬面食らうが、すぐに爽やかな笑みを浮かべる。そんな彼女に、蓮美が横から声を潜めて耳打ちした。


「いいの……? 涼夏さんに内緒で、そんな約束しちゃって……」

「迷っているようなら、一度見てみるのは大事だと思うけど。それとも蓮美ちゃんは、涼夏さんの機嫌を気にしてるのかな?」

「そ、そういうわけじゃないけど……」


 蓮美は、バツが悪そうに口を尖らせて千春から離れる。


「あの……緋音さん。ひとつ、お願いがあるんですけど」

「……はい?」

「……化粧品と服、どこで買ってるのか教えてください」

「え……?」


 脈絡のない蓮美の問いに、緋音は再びおろおろしてしまう。

 そんな彼女を視界の端に捨て置きながら、蓮美は妙にモヤモヤする自分の胸の内に釈然としない想いを抱いていた。

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