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第12話 顔採用

 そして放課後の学食カフェ――


 もはや定位置と化しつつある、窓際隅っこの丸テーブルに現れた絶世の美女を前にして、蓮美は目を見開いたまま固まっていた。


「おい、聞いてんのか?」

「エ!? 聞イテマセンヨ!?」

「素直でよろしい……!」


 なぜかカタコトで本心をぶちまけた蓮美を見て、涼夏の額に分かりやすい青筋が浮かぶ。


「こいつ、ボーカルな」

「はあ、ボーカ……え、ボーカル!?」


 未だにふわふわしているのは、緋音の色気にほだされたのが半分。そんな緋音を涼夏が突然連れて来たという状況が半分だ。何の前触れもなく顔合わせさせられた目の前の美女が、どこの誰でどういう関係なのかを、蓮美は何ひとつ理解していなかった。

 それは無論、千春も。そして連れて来られた緋音もそうだ。


「ぇ……ぇ……?」


 涼夏の爆弾発言に、緋音は子供から大人まで大人気の小さなマスコットキャラクターのように、小さな泣き声をあげてうろたえる。

 彼女の様子に、涼夏がいつもの調子で連れて来たんだろうなということを察した千春が、話を遮るように机の上にチョップした。


「あの、涼夏さん。とりあえず彼女のこと紹介してくれませんか?」

「ああ? そうだな……つっても、名前知らねーや」

「ええー」

「ちょうどいいから自分で自己紹介しろ」


 視線で促された緋音は、まだまだ状況が飲み込めていない様子だったが、胸の前で手を祈るように手を握り合わせて、俯きがちに答えた。


「……ぇんの……ゎらぁ…ね……です」

「声ちっさ……!」

「ひっ……」


 思わず突っ込んでしまった蓮美に、緋音が肩を揺らして飛び上がる。


「あはは……どうやら蓮美ちゃん以上に人見知りみたいだね」

「は? 蓮美は人見知りではねーだろ。むしろめっちゃ自分勝手なヤツだぞ」

「言い方……私、どっちでもないと思いますけど。普通ですよ……たぶん」


 見知らぬ女たちの談笑を横に、緋音は半分泣きそうになりながら、大きくひとつ深呼吸をした。それからもう一度、彼女にとっては精一杯声を張り上げて自己紹介をする。


「二年の……萩原緋音……です」


 学食の喧騒の中では、かろうじて耳を澄ませば聞き取れる程度の声量ではあったが、今度こそ三人の耳にしっかりと届いた。


「へー、お前、タメだったんか」


 涼夏の言葉で緋音自身もその事実を知ったようで、半信半疑ながらも頷き返す。それを見て、千春が緋音を除いたふたりを「ちょっと」と手招きで集合させる。


「自分も良く知らない人をいきなり連れてこないでくださいよ。本人含めて全員戸惑っちゃったじゃないですか」

「メンバー集めは一刻一秒を争う課題だろうが」

「あの……あの人をボーカルにするって……歌、上手いんですか?」

「知らん」

「ええー。じゃあ、なんで連れて来たんですか……?」


 疑問ももっともな蓮美に、涼夏はあっけらかんとして答えた。


「顔が良いから」

「はい?」

「ボーカルはバンドの顔だから。顔が良いヤツがいい」


 謎の〝顔採用〟宣言に、蓮美と千春のふたりともが頭を抱える。ひとまず、皆すごすごと席に戻って、改めて緋音と対面した。


「ええと、緋音さん。どうしてここに連れて来られたのかは理解してます?」


 千春の問いかけに、緋音は無言でふるふると首を横に振る。


「私たち、バンドを組んでまして……というより、組もうとしてまして。ボーカルが居ないんです」


 緋音がこくりと頷く。


「そのボーカルを、緋音さんに頼みたい……ってコトらしいんですけど」


 千春が申し訳なさそうに差した指先を、緋音がじっと見つめる。すると、ようやく状況がかみ砕けて来たのか、みるみる顔を青くしてものすごい勢いで首を横に振った。


「ちょっと、涼夏さん。これどう考えても無理そうですけど」

「とりあえず、歌、聞かせてもらおうや。そうじゃねーと、あたしも判断できねーわ」

「いや、そういう問題ではなくて」


 そもそも嫌がる人を無理やり連れてくるのはどうなんだと千春は思ったが、その点で言えば蓮美という前例が居てしまっているので、微妙に強くは指摘できないジレンマが残る。


「確かに、お声は綺麗でしたけど……それより、何と言うか……」


 蓮美が、どこか煮え切らないムスッとした顔で涼夏を睨む。


「涼夏さんって……こういう人がタイプなんですか?」

「なに言ってんだお前」


 スネるような非難を一蹴して、涼夏はテーブルを叩きながら立ち上がる。


「ま、お前らの演奏も聞かせて貰ったし加入テストはやっとくか。実際あたしも顔以外のこと何も知らねーし」


 そのまま、不安そうに見上げる緋音の真っ白な腕を、ぐいっと掴んで引き上げる。すると、蓮美が慌てて間に割って入るように手を伸ばす。


「ちょっ……また軽音サークルのとこ乗り込むんですか!?」

「ばーか。歌ならもっと良いとこあんだろーが」

「あ……え……もしかして」


 察しのついたらしい彼女に、涼夏はニヤリと笑みで返す。


「カラオケ」

「ですよねー」


 そのまま、ほとんど涼夏に連行される形で四人は大学の近くにあるカラオケボックスへとやってきた。時間が時間なので、同じ学生らしい若者の姿が沢山ある中で、緋音を連れた一向の姿はひときわ異彩を放っていた。

 部屋の前を通りがかる人たちが、いったい何事かとドアのガラス部分から中を伺い、どうにも落ち着かない空気だ。


「見せもんじゃねーぞ!」


 ドアから顔だけ出して放つ涼夏の一括で、野次馬は雲の子を散らすように去っていく。ようやく静かになった室内に戻って「ざまあみろ」と鼻を鳴らした。


「つーわけで、はい」


 ど真ん中に座らされた緋音に、涼夏は乱暴にデンモクを放り投げる。緋音は、恐る恐る触れて、手に取ると、しばらくの間見つめ続けた後に、困ったように首を傾げた。


「もしかして、使い方分かりませんか……?」

「ぁ……」


 助け舟を出す千春に、緋音は首が千切れんばかりに頷く。

 これまで友達らしい友達がひとりも居なかったのだ。当然、遊び場にひとりで行く勇気も無ければ、カラオケにだって来たことが無い。


「入れましょうか? 好きな歌手とか、曲とかあれば」

「……ぇと」


 緋音はまた困ったように笑みを浮かべる。ぱっとは候補の曲が出てこなかったのだ。


(くぅ……じれったいシーンのはずなのに、なんか許しちゃう……! 美人ってずるいなぁ……!)


 蓮美は心の中で唇を噛みながら、実際には場に合わせたような笑顔で、自分の膝を拳でドンドン叩いていた。一方、そのじれったさに痺れを切らした涼夏がひったくるようにデンモクを確保する。


「もうアレでいいだろ……校歌。入学式で歌って知ってんだろ」

「校歌って大学の? そんなのカラオケにあるわけないじゃないですか」

「いや、それがあんだよ。なぜか」


 涼夏がデンモクの送信ボタンを押すと、やおら部屋の照明が暗くなり、モニターにみんながよく知る大学歌のタイトルが表示される。


「嘘でしょ……ホントにあった」

「あるんだよ、なぜか」


 驚きを隠せない蓮美に、涼夏も念を押すように繰り返して、呆れたため息を吐いた。

 爽やかなイントロが流れる中で、マイクを握らされた緋音にみんなの視線が集中する。緋音は恥ずかしそうに頬を染めていたものの、歌の出だしになると、覚悟を決めたように小さく息を吸う。


「……~……~……~♪」

「だから声ちっさ……!」


 本日二度目の蓮美のツッコミが炸裂する。伴奏の音量をできるだけ下げて、ハウリングしない程度にマイク音量を上げてなお、緋音の歌声はかろうじて聞こえる程度の弱々しいものだった。

 千春が、苦笑しながら頬をかく。


「で、でも……声は綺麗ですね」

「ああ。声量さえ出りゃ使い物になるんじゃねーか。おら、もっと腹から声出せ! 腹から!」

「ああっ、やめてあげてください!」


 涼夏が歌っている緋音のお腹をグイグイ押し始めたので、蓮美がすかさず止めに入る。流石の緋音も驚いて、歌うのをやめて涙目で涼夏を見つめる。


「こりゃ特訓だな」


 そう結論づけて満足げに頷く涼夏の傍らで、千春と蓮美は、声を潜めて内緒話をしていた。


「とりあえず、今度、涼夏さん抜きで三人で話させてもらおう」

「そ……そうだね。そもそも無理矢理加入させるの、良くないし」

「蓮美ちゃんもそのスタンスで良かった……自分がそうだったからい良いじゃんなんて言い出したらどうしようかと」

「わ、私、そんな自分勝手じゃないもん……!」

「分かってるよ。ごめんね」


 ショックを受けて否定する蓮美だったが、改めて考え直してみると、果たしてどうなのだろうかと不安にもなった。明らかに先ほど涼夏に言われた自己評価が尾を引きずっているのであり、「もしかしてそういうところもあるのかも……?」なんて身に覚えのない我が身を振り返ったりする。

 一方で、千春の加入は渋ったのに緋音の加入はとんとん拍子な涼夏の腹の底がうかがい知れずに、やきもきしているせいでもあった。

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