「……起きましたか?」
どれくらい時間が経ったかわからないが、日が高く昇っていた。店長はもう厨房に行ったらしい。ここには居なかったし、厨房の方角から音がした。
「起きた」
そう一言呟くと、「良かったです」と笑顔のマリーから返答があった。その笑顔にまたオーバーヒートしそうになるが、ここはグッと抑え頭を冷やす。冷却装置が働き、頭部を冷やしたみたいだ。
「いつまでもここに居る訳にもいかないな……」
「そうですね……」
困った顔のマリー。俺には自分の家があるが、彼女にはそういったものがあるのだろうか。
「……家は、あるのか?」
「いいえ。ここのことを何も知らないものですから……。それに、信じて貰えるかはわかりませんが……」
「何だ?」
マリーは苦渋の面をし、言葉を発した。
「私は、この世界のモノではありません。何処にあるのかわからない、遠い場所からここまで連れてこられました。その地の名前はシャングリア。お世辞にもここより文明が発達しているとは言えない場所です」
シャングリア。それはマリーの故郷の名前だ。ゲーム上では非常に重要な地として、クエスト等で行かされる。
「……知っていた。マリー……いや、マリー・シュゴール。お前の居た場所のことを、俺はよく知っている」
驚き顔のマリーに、スマートフォンを差し出す。画面には、シャングリアの景色が映されている。
「これは……シャングリア……! どういうことなのですか! どうして貴方がシャングリアの景色を……」
「細かい説明は後だ。とりあえず俺の家に帰るぞ。235がうるさいからな。家で絶対説明するから、少しだけ待ってくれ」
「……わかりました」
頷いたマリーの手を取り、厨房の方へ向かい礼を言う。店長は親指を立てて返してくれた。良い人だ。そして俺たちは店を出て駅に向かう。そこでマリーの分の切符を買い、帰路に就く。電車に乗っている間、会話は一切なかった。マリーが車窓の風景に見とれていたからだ。話しかけても無反応になるほど、熱中して見ていた。確かにゲームの世界観上、高層ビルは建っていないのだが。それにしても熱心だ。俺も異世界転生したら、そうなるのだろうか。
そうこうしている間に俺の家の最寄り駅に着いた。マリーにはそもそも、鉄道が珍しいらしく駅舎を見つめていた。
「おい、行くぞ。こっちだ」
「すみません、シャングリアには無いもので珍しく……待ってください、ゆっくり歩いてください」
「ああ、すまない。少し急ぎすぎたかもしれないな」
小走りのマリーに歩調を合わせ、家まで歩く。道中はやはり無言で、俺のコミュニケーション能力の低さが露呈している。家に着くと鍵を取り出し、扉を開ける。ドアのその先に居たのは235で、「遅いです」と一言残すと部屋の奥の方へ去っていった。早く帰らねば、という思いが先行していたがよく見たら部屋が凄く汚い。ゴミは放置されているし、物は散乱しているし。235はよく文句の一つも言わず待っていたものだ。いくら感情がないとしても。
「……これが、秋さんのお宅、なのですか?」
「……そうだ」
マリーも反応に困っているのが伺える。それはそうだ。こんなゴミ屋敷に人を招くなんて、非常識極まりない。
「……とりあえず、椅子にでも座ってくれ」
「わかりました」
マリーが座って待っている間に、部屋を大雑把に片付ける。少しはマシになった光景に満足し、俺も布団に座った。
「マリー、何から問いたい」
マリーはまたもや困った表情を浮かべた。しかし、すぐに決心がついたらしく
「何故貴方が、私やシャングリアのことを知っていたのか。まずはここからです」
そうだよな、と内心思いながら平静を取り繕う。
「それは、俺が遊んでいるゲームにシャングリアやマリーが登場するからだ。どういう経緯で『今のマリー』になったのかはわからないが、俺はゲームがサービスを開始してからずっとマリーのことを知っている。好きなものは子牛のスープ、嫌いなものは……」
「も、もう結構です! 理解はできませんが、疑問に思うことが増えました。私達をこういった機械にした人は、何の意味があってそうしたのでしょうか?」
俺もこの身体になって考えたことだった。だが、手がかりがない以上考えても無駄だと割り切っていた。
「ミス・マリー。その質問にお答えすることは出来ません。企業秘密です」
235がきっぱりと言う。マリーは明らかに落胆していた。俺も内心ではそうだ。作った奴が不明の身体なんて、気持ち悪い。
「235、そこを何とか」
俺も問いかけてはみるものの、
「マスターでも言えません」
と一蹴されてしまう。235は味方と考えない方が良いのかもしれない。あまりにも機密情報が多すぎる。信用に値するアンドロイドではない。
そういえば、電子説明書のどこかに製造会社が書いてあるかもしれない。願いを込めて説明書を開く。説明書は内容が濃く、中々それらしき情報に辿り着かない。そう思った時だった。六角形型の薄紫のマークを見つけたのは。
これは、日本でも有数の財団『
「あの……秋さん?」
ずっと無言な俺を不審に思ったのだろう。マリーが声をかけてきた。
「あぁ、すまない。敵の手がかりが一つ増えたんだ」
途端に明るくなるマリーの表情。
「凄いです! 敵はどこにいるのですか?」
「ここからそんなに遠くはないな、地下鉄で数駅ってところか」
検索機能を駆使し、本部の場所を特定する。マリーはまた電車に乗れることが嬉しいらしく、
「私も頑張ります!」と意気込んでいた。
「……マスター、ミス・マリー。バレてしまったとはいえ、行かせる訳にはいきません」
弊害があるとすれば235だろう。恐らく俺達が情報を握ったことは、彼女によってkkkまで知らされている可能性が高い。
「え、ええと……」
「マリー、スリープボタンだ。俺についているということは、235にもついているだろう。それを探して押せば235は眠る。一緒に探そう」
そう言ったはいいものの、何処がボタンなのか見当もつかない。一応女性型だし、性的興奮を覚える場所を見る訳にもいかない。俺はロクに手出し出来ずにいると、マリーが「これですかね……?」とボタンを押した。倒れこむ235。恐らく正解だろう。大分抵抗されていたが、終わってしまえば大したことはなかった。
235を布団に寝かせ、一休憩入れる。休憩という概念は俺達には必要ないが、気分というものがある。
「……そろそろ行くか」
「そうですね」
立ち上がり、外へ出る。荷物を確認し鍵を閉め、駅へと歩き出す。その間、またもや俺達は無言だった。緊張と、これから戦う敵の強大さに怯えていた。少なくとも俺は。マリーが何を考えていたのかはわからない。
やがて駅に着いたので、地下鉄のホームへと向かう。数分待てば電車が来るのだから、東京は便利な街だ。電車に乗り込むと、平日の昼間だからか空いていた。二人分の座席を確保し座る。
「戦うって……どうしたらいいのでしょうね」
唐突にマリーが呟いた。彼女の本来の役割は回復役で、前線に出て戦うタイプではない。それもあり、戦闘経験に乏しいのだろう。俺がこの娘を守るんだ、と決意を新たにする。
「俺にもわからない。だが、やるしかない」
手汗はかけないが、緊張が高まる。そのまま無言でいると、目的地に到着した。そこからのマリーは挙動がおかしく、辺りを見渡したかと思えばうつむいている。kkkのビルは駅から出た瞬間、すぐ目に飛び込んできた。
「止まれ」
一瞬、誰に言っているのかわからなく進んでしまった。
「止まれ! 自立式思考型アンドロイドAK-3、自立式思考型アンドロイドMR-1」
それは間違いなく俺の管理番号だった。動くと危なそうなので、歩を止める。マリーもそれに従った。
「よし。ついてこい」
kkkの社員なのだろう。まだ若く、黒髪がよくスーツと馴染んでいる。威圧感はあるが、それは俺がコミュ障だからというのも相まってそう思えるのではないだろうか。
男についていくと、kkkのビルに通された。中は豪華で、シャンデリアまで飾られている。絨毯も高級感があり、床は当然のように大理石だ。
「こっちだ」
短い言葉で指示をする男。そのままついていくと、地下室に案内された。そこでの光景に、目を疑った。
人の山。血の海。そして、俺の部屋を映すモニター。他にも色々なものが映されているが、どこも家主は外出中らしい。
「……これは?」
思わず訊いてしまった。マリーは言葉を上手く紡げないみたいで、ただ口元を覆っている。
「外神秋、貴様のようになれなかった人間たちだ」
つまり、アンドロイドになれず死んでいった人々ということか。やはり、俺を黒幕はkkkで間違いなさそうだ。許せない。こいつらは、人の命を何だと思っているのか。
「俺やマリーをアンドロイドにしたのも、お前らか」
わかりきったことを尋ねてしまった。気が動転しているのが、自分でもわかる。
「そうだ、外神秋にマリー・シュゴール。貴様らは素質があったらしい」
上から圧力をかける様な態度で、イライラしたがあくまで冷静に話を進める。
「何故俺やマリーをアンドロイドにした?」
一番の問題はここだ。アンドロイドになってから、ずっと頭にあった疑問。この返答次第で、目の前の男を一発殴るかが決まる。
「くじで選ばれたからだ。それ以上の理由は存在しない」
気が付いたら、握った手を握り返されていた。
「憎いか、外神秋。しかし貴様も単純だな、すぐに手が出るのは良くない。壊しておこう」
そう言われ、避ける隙もなくホースで水を浴びせられた。途端に黒くなる視界。触覚も何を触っているのかわからないし、嗅覚や聴覚も機能していないのは明らかだ。ここまでか、随分酷い人生だったな……。考える力も弱ってきている。直に機能停止でスクラップにでもなるのだろう。短い生涯だった。