アニメショップで無い金を使いまくってしまった。ほとんど推しであるマリーへの貢ぎだ。やはり何か仕事をするべきなのだろう、とは思うが気力が湧かない。第一、アンドロイドを雇ってくれる店などあるのだろうか。
235は言われなければアンドロイドだとわからないほど精巧なつくりだ。対して俺は、肌色が水色だし一発で人間ではないとわかる外見をしている。235のことが羨ましくなってしまった。当の235は何も考えてなさそうだが。アンドロイドの思考回路はわからない。
「あの……この次は何処へ?」
マリーの渦巻き模様の入った目で直視されると、目が回ってしまいそうだ。
「そうだなぁ……お昼ご飯でも食べに行こうか。美味しい店知ってるんだ」
「あ、俺は……」「私は……お腹が空いていなくて、その場に居るだけで良いなら行けるのですけれども……」
モノが食えない、という言葉を彼女は飲み込んだ。
マリーと俺は、そのただ歩を進めていた。そこに会話は無かった。235と司は俺の話をしてその前を歩いている。案外仲が良い様に見える。235にそんな感情が無いのは承知の上だが。
しばらくすると、小さな洋食屋に辿り着いた。どうやらお気に入りの店というのは、ここのことらしい。
入店すると、店長と思われる初老の男性が出てきた。
「いらっしゃい。席はまだ空いてるから、好きなところに座ってください」
そう言い一礼すると、彼は厨房に戻っていった。随分あっさりとしている。とりあえず好きな席を使っていいとのことだったので、店内を見渡す。客は、俺たち以外一人も入っていない。これで家賃が払えているのだろうか。疑問だ。
「ここが良いのではないでしょうか」
マリーが陣取ったのは角の席だった。特に異論はないので、マリーの目の前に腰掛ける。235は俺の隣にちょこんと座っている。やはり言われなくては、アンドロイドだと気づけない。
「みんな何にする?」
俺はモノを食べられない。それは235や、話を聞く限りマリーもそうだろう。235が俺の言いたかったことを代弁してくれた。
「私とマスター、そしてミス・マリーは機械なので、料理は食べられません。お二人でじっくり話し合ってください。私たちは充電がもつ限り、いくらでも待てますので」
235は一礼した。司は「じゃあ、僕だけ食べるってことか。別にいいけど……迷うなぁ」とこちらを一瞥したが、すぐメニュー表に視線を移した。司とマリーが並んでいるのは、中々お似合いに見えた。司も顔は悪くないし、お似合いのカップルに見える。じゃあ、俺は何なんだ。この場に居るのは邪魔者ではないのか。別に料理を食べるわけでもないのだし。立ち上がり、235に言って店を出ようか____そう思った時だった。「秋、別に負い目を負うことはないんだよ。話したい事、あるんじゃないの?」と司に引き留められた。マリーは一言も話さなかったが、それがかえって不気味だった。話したいことは確かにあったが、それをいくら客が居ないとはいえレストランで言っていいのかわからなかった。第一、この感情が何なのかの整理もついていないのだ。そのような状態で、口に出して良いのだろうか。
「俺は」
そこから先の言葉が出なかった。マリーも司も不審者を見るような顔をしている。その雰囲気に気圧されて、何も言えずに席に着く。司は残念そうな顔をしていたが、注目すべきはマリーの言動である。
「あの、もしかして……恋愛のことですか? 疎くてごめんなさい、私鈍くさくて気づくの遅いんですよね」
何処で見透かされたのかわからない。だが、認めたくないことではあるがこれは事実だ。一目惚れ、というものだ。好きにならない方がおかしいだろう。推しと同じ見た目の美少女アンドロイドなんて。そして沈黙は肯定と受け取られたのか、
「でも、もし貴方が私を好きでいてくれるなら、これ以上に幸せなことはきっとないのでしょうね」
中々の好感触である。司も親指を立てている。司は人情に熱くせっかちだから、この場を用意してくれたのかもしれない。
「……とりあえず、そろそろ注文した方が良いんじゃないのか」
顔色が水色で統一されていて良かったと、初めて思った。そうでなかったら、顔は真っ赤になっていたことだろう。司は現実に引き戻されたらしく、「オムライスセット一つ」と店長に伝えていた。
「……で、話の続きなんだが」
もうバレたので、正直に話すことにした。このままだと誤解が生まれる可能性もある。
「はい」
「確かに俺は、お前のことが好きかもしれない。だけどそれはゲームのキャラに似ているという一目惚れだ。だからまず、ここは友達として関係を始めないか」
「そうですね、それが最良だと思います。私と貴方はお友達、ということですね」
マリーの瞳に見つめられると、思考が混乱してくる。渦巻き模様は、人の心に揺さぶりをかけるのにこれ以上なく効果的みたいだ。
「俺は今のお前のことをよく知らない。お前だってそうだろ?」
「はい」
「それなら、友人として関係をスタートさせるのが無難だろ。アンドロイド同士、積もる話もあるかもしれないし」
半ば強引に話を締めくくる。マリーは不満げだが、「そうですね」と認めてくれた。司が何やら目で訴えかけてきているが、それには知らないふりをした。
「では、貴方のことをもっと知れば恋人になれるってことですか?」
マリーは、人差し指を唇にあて問いかける。
「そういうことになるな。まず、俺の名前は外神秋だ。貴方と呼ぶな。照れる」
「すみません、馴れ馴れしかったでしょうか……。秋さんでよろしいですか?」
いきなり名前で呼ばれると照れるが、俺も「じゃあ……マリー?」と呼んでみる。
「そうです、私はマリー。それ以下でも、それ以上でもありません」
マリーは俺の頭を撫でる。もうそんな歳ではないし、恥ずかしさと嬉しさが混在した奇妙な感情が芽生えた。
「……水を差すようで悪いんだけど、オムライスセット出来たよ」
身体が硬直するのがわかった。そうだ、ここは洋食屋だった。浮かれている場合ではない。やりとりを聞かれていたという事実が、俺に羞恥心を植え付けていく。他の三人は気にしていないようだが、そもそも235に至っては感情があるのかも怪しい。いや、無いだろう。司はオムライスに夢中だし、俺は暇を持て余していた。
「235、この状況をどう思う?」
暇すぎて、機械的な応答しかできない彼女に問いかける。
「マスターが良いと感じているのなら、きっと良いのでしょう」
返ってきた言葉は、やはり機械的だった。