「のどか……だね」
「そうだな」
屋台でドーナツ型の固いパンを食べた後、ミチルとジェイは再び初めて会った街外れの草原へ来ていた。
昨日と同じ景色が広がる東屋からの眺めを、二人で座ってぼーっと見ている。
「いい天気だね」
「そうだな」
って、なんだこれ!?
何故こんな老夫婦のような会話をせにゃならんのだ!
ジェイの仕事を知りたいと思ってついてきて見れば、ただの見張り業務。
あかんわ、ほんとこいつ窓際なんだ……
しかし、ジェイはそれでも真面目に勤めているようで、数分間隔で眺める方角を変えている。多方面からイケメンを何周も見るはめになったミチルは肩で大きく溜め息をついた。
とにかく暇だった。
何もない、誰も通らない田舎道を眺めていても非効率だと思った。
ところでどうして誰も通らないのだろう?
街から街へ売り歩く商人くらいはいそうなものなのに。
「ねえ、ジェイ」
「なんだ?」
「街に近いわりに、人が通らないね」
ミチルの質問に、ジェイは当然の事実だと言わんばかりにあっさり言ってのけた。
「ベスティアの増加により戒厳令がしかれているからな。一般市民はもちろん商人も今は出入りを禁じられている」
「はあ!?」
ミチルの剣幕にジェイは少し驚いていた。
「何か問題でも?」
「当たり前じゃん!じゃあ、何!?誰も通らないってわかってるのに、見張ってんの!?無駄じゃん!」
「いや、そんなことはない。ベスティアが出現したらこの発煙筒で知らせるのも私の仕事だ」
「誰も通らないなら、高台で双眼鏡から見てたって同じだよね!?あの街の壁んとこ!見張り台でしょ、あれ!」
ミチルが指差した先の、街を囲む壁の上部に等間隔に設置されている場所を眺めてジェイはぽかんと口を開けて言った。
「──確かに」
これは想像していたよりも深刻かもしれない。
ジェイは、確実に、虐められている!!
「ジェイ!」
「うん?」
「出世しよう!今すぐ!」
一刻の猶予もない。
こんなイビりが続けば、そのうち戦争の前線に送られてしまう。それとも要人暗殺の指令を与えられて返り討ち狙いかもしれない。
ミチルの想像はどんどん悪い方向に向かっていった。
「そうだな、出世したいな」
「もう!全然気持ちが入ってないよ!!」
鈍感なジェイにミチルはやきもきしていた。
何かないか。
びっくりするくらいの武勲。
ジェイならきっとできる。
大物を仕留めるとか……
──大物?
「ベスティア!」
「何、どこだ!?」
「違う!ベスティア探そう!」
「え?」
ミチルはもうこれしかないと思った。
ジェイをイビっている誰かは、ジェイがベスティアにやられるのを待っているに違いない。
なら、そのベスティアを蹂躙して黙らせる!
昨日あんなにあっさり倒せたんだから、きっと余裕のはずだ!
「だから、街を襲うつもりのベスティアを探しだして討伐しよう!それってすごい武勲でしょ?」
「そ、そんなに上手くいくだろうか?」
及び腰のジェイに、ミチルはずいと近寄って力説する。
「やってみなくちゃわかんないよ!」
「うむ……」
ジェイはまだ何か考えているが、ミチルはもう止まらなかった。
「ベスティアがよく出る場所ってどこ?」
「そうだな、東の森から現れることが多い」
「よーし、ならその森に行こう!レッツ、討伐!」
「だが、持ち場を離れる訳には……」
「根元を断ちに行くんだよ!?ここまで来させなければいいんだってば!」
「なるほど、そうか」
そうしてミチルは意気揚々とジェイに東の森を案内させた。
だが、現実はそんなに甘くないことをこの時のミチルはまだ知らない。
不気味な森の、いや、絶望への入口までもうすぐだ。