「ジェイさん!」
ミチルはテーブルをドンと叩いた。カップが揺れて飲みかけのお茶が少しはねる。
「その恩人の人に会えるように、絶対出世しよう!」
だが、ミチルの勢いはあまりジェイには通じなかった。
「最近まではそう思っていたが、私はあまり人付き合いがうまくないし、書類もいつも差し戻される。これでは出世など叶うはずがない」
落ち込みながら言うなら、少し発破をかけてやればいいかもしれないが、ジェイは表情を変えずに淡々と言う。
かなり鈍いのか。それとも人の心がないのか。
だが、ミチルはキュンキュン盛り上がった自分の気持ちがまだ治まらないので畳み掛けた。
「じゃあ、武勲を上げればいいんじゃないの?騎士って実力主義でしょ?コミュ力とか事務処理能力よりもまずは武力なんじゃないの?」
ジェイはあの恐ろしい獣を一撃でしとめる実力がある。それなのに辺境でくすぶっているなんて、どう考えてもおかしい。
「確かにそうだ。武勲ならたまに上げている」
「そうなの!?」
「だが、その時にボーナスが出るだけだ。特に階級を上げるなどの人事が来たことがない」
「ええ!?」
ミチル感覚ではそんなの絶対におかしいと言いたかった。だが、実際どうなんだろう。軍や騎士の世界のことはわからないし、ましてやここは異世界だ。ミチルの常識が通じないこともあるだろう。
「何故だろうな……。改めて考えると少しおかしい気もする」
今更首を傾げているジェイにミチルは唖然とした。
やっぱりこいつはぽんこつで鈍感なんだ。
自分の有能さをわかっていない。
もしかして、誰かに妨害されている?
なんの根拠もないが、ここまで自分のことに鈍感ならあり得るかもしれないとミチルは思った。
「じゃあ、もっと、もーっと大きな武勲を上げようよ!誰も無視できないくらいのすんごいやつ!そうすれば邪魔する人だっていないよ!」
「確かにそれは道理だが……」
ジェイは少し考えこんでから顔を上げてミチルに問いかけた。
「どうやって?」
「──うっ!」
それはそうだ。
勢いでまくしたてたけれど、方法論がない。
この世界の住人ではないミチルに考えつく方法などあるはずがなかった。
「それは、オレにはわかんないけど……」
その事実がどうしようもなく、悲しい。
「悔しいよ……っ」
やばい、泣きそうだ。
感情が昂りすぎた。
これでは大人扱いしてくれなんて言えたもんじゃない。
「ミチル……」
涙が出るのを堪えるのに精一杯で、その大きな影が近づいてくるのに気づくのが遅れた。
「ありがとう、君はそこまで親身になってくれるのだな」
頭上に温かくて大きな手の感触。
あ、頭ポンポン……だと!?
「どひゃああぁ!」
乙女なら誰でも即落ちのシチュエーション!
男だってドキドキが止まらないっ!
真っ赤になって叫びまくるミチルに、ジェイはやや慄いた。
「どうした、大丈夫か」
「だ、だい、だいじょうぶ!ちょっとタンマ、ちょっと落ち着こう!」
「あ、ああ……」
スーハー
ミチルは深呼吸した。
よし、落ち着いた。大丈夫じゃないけど落ち着いた。
「まあ、私のことはいい。それよりもミチルのことだ」
「え?」
「君は、これからどうしたいんだ?」
「……」
改まってそう聞かれても、ミチルの頭は真っ白だった。
自分がどうしたいのか、まだわからない。
これではジェイのことをぽんこつだとか言える訳がない。
きっとまだ実感がわいていない。
幸運にもジェイに出会えたことがミチルをそうさせている。
彼が与えてくれる安心感の中に浸ることは、罪だろうか?