街の中に入ってミチルは歓声を上げた。
「うわぁ……!」
ゲームで一番よく見る設定の街!
中世ヨーロッパ風!
石畳の道路、レンガ造りの街並み、行き交う人は皆博物館で見るようなレトロな衣服を着ている。
ミチルは歴史学者ではないけれど、垂涎の眼差しであちこちを眺めた。
「そんなに珍しいのか?」
ジェイはミチルの様子を不思議そうに見ていた。
「そりゃあもう!だってボクみたいな服の人はいないでしょ?ここにいる人達の暮らしぶりは、ボクのいた世界では500年くらい前の感じなんですよ!」
「そうなのか。ミチルの世界は遠い未来だったのだな」
「……まあ、こちらの世界の500年後がボクの世界と同じになるとは限りませんけどね」
「ふむ。大変興味深い……」
ジェイはどこまでも素直にミチルの話を聞いていた。この騎士は受け入れ過ぎではないだろうか。疑われるのは困るが、全然疑われないのも不安になる。それともこいつがぽんこつだからだろうか。
「ここが私のアパートメントだ」
「あ、はい」
少し歩いた後、ジェイは通りを横に入って小さな古い建物の前で止まった。ミチルは普通に返事をするので精一杯だった。その建物からどうみても貧乏暮らしの浮浪者のような男が出てきたからだ。
「よお、窓際騎士さん。ご苦労さん」
「ただいま帰った」
「あれれぇ?その子はなんだい?ずいぶん変な格好してるねえ」
その男はミチルに注目して寄ってきた。とてもかぐわしい香りがする。
「ああ、この子は──」
「親戚の!者!です!」
門番とのやり取りをまたするわけにはいかない。ミチルはほぼ叫ぶように声を張った後、ジェイの背中を押した。
「おじさん!お腹へった!早く帰ろう!」
「あ、ああ……」
「ほっほう、若いのにおじさんたぁ難儀なことだ」
後にした男の声を無視して、ミチルは強引にアパートメントの中に入った。
「まあ、狭いが楽にするといい」
その通りにジェイの部屋は一間しかなく、家具などもほとんどなかった。テーブルと椅子、それにベッドがあるだけで、衣類は床に無造作に積まれていた。
「……」
「どうした?」
部屋に入るなり黙ってしまったミチル。ジェイが声をかけると、申し訳なさそうに俯いていた。
「あの、ごめんなさい。散々おじさん呼ばわりして」
親戚を騙るためとは言え、おじさんおじさんと連呼し過ぎたことをミチルは反省している。
「別に気にしていない。君から見れば22歳はおじさんで当然だろう」
「22!?わっか!ほんとごめんなさい!」
「だから君から見れば──」
「あの、ボク、18ですけど」
「……」
ミチルの告白
ジェイはしばらく逡巡した後、天を仰ぎ頭を抱えて溜め息をついた。
「そうか……すまない」
「?」
「12歳くらいだと思っていた」
「おぉい!!」
ミチルは命の恩人だと言うことも忘れて目一杯つっこんでしまった。
確かに背は低いけども!
確かにベビーフェイスだけれども!
それを変えたくてカリスマ美容師を予約したのに、カリスマされる前に飛ばされたんじゃい!
「すまなかった、これからは君を大人として接しよう」
「はい……お願いします」
ミチルの渾身のつっこみも空振りに終わった。なんだか脱力してしまったので、話題を変える。
「あの……、お父さんが近衛隊長だったならジェイさんちは貴族なのでは?どうしてこんな所に住んでるんですか?」
「うむ。確かに私は貴族という身分の末端だ」
ジェイはまるで他人事のように淡々と答えた。
「だが、借金で破産してしまってな」
「ええ―……」
とんでもないダメ人間の発言を聞いた気がする。ミチルが目眩でクラクラしているのにも気付かずに、ジェイは自分の境遇を単なる事実の羅列として語り始めた。