ジェイの提案はミチルにとって渡りに舟だった。この世界──まだ名前も覚えられない世界に突然やってきて、さらに魔物が闊歩する場所で野宿だなんて、死ねと言われたに等しい。なのでミチルは文字通り飛び上がって喜んだ。
「い、いいんですか!?」
「数日なら構わない。君も自分のこれからを落ち着いて考えなければならないだろう。元の世界に戻る方法を探すのか、それともここで生きていくのか」
──それともここで生きていくのか!?
異世界に来てしまったら、元の世界に帰る方法を探すのがセオリーだと思っていたミチルは、ジェイの言葉に度肝を抜かれた。
きっとこの人は適応能力が高いのだろう。さすが軍人だ。一般庶民のミチルはここで取り乱さないだけで褒めて欲しいくらいだ。
「えっと、そうですね。諸々ひっくるめて考えたいです……」
せっかくの厚意につっこむことはできずにミチルは頭を下げた。何しろ彼に見捨てられたら終わりなのだから。
そうこうしていると、街の方で鐘の音が聞こえた。
「ちょうどいい。警備の交代の時間だ。では街に戻ろう、ついてきなさい」
「あ、はい!」
そうして二人は東屋を後にした。気がつけば辺りは少しずつ暗くなってきている。とんでもないことになったが、幸運にも頼りになる人物と知り合うことができて、ミチルは自分でも驚くほど落ち着いていた。
街は巨大な壁の中にあった。こういうのを城壁都市と言うのだろうか。ゲームの中にもこういうデザインの街があった気がする。
ジェイはミチルを連れて門番の元へ行った。業務の交代を報告するのだと言う。
「ジェイ・アルバトロスだな。ごくろうだった」
門番は中年の男で、ジェイを見るなり横柄な態度で接した。ジェイの上司だろうか、それにしてはうだつの上がらない風体だとミチルは思った。
「ところでそっちの少年はなんだ?」
……まあ、楽に通れるとは思ってなかったけど。
門番の男がミチルをいぶかしんだので、思わずジェイの後ろに隠れた。ここは自分が下手に喋るよりジェイに任せた方がいいだろう。
親戚の子ですとか、言い逃れる術はいくらでもある。
だが、このぽんこつ騎士は──
「別の世界からやってきた少年だ。行くあてもなく困っているようなので保護した」
「──はあ!?」
馬鹿正直に言うなんてアリ?いや、ねえよ!
ほら、このおじさん、変な顔して怪しんでるじゃん!
だが、そんな雰囲気を解することなくジェイは続けた。
「身の振り方が決まるまで私の家に滞在する予定だ」
「お前……正気か?」
「何がだ?」
門番の言っていることがわからないのか、ジェイは目の前で変な顔をしている男に向かって首を傾げていた。
あー……、こういうタイプのぽんこつかぁ
ミチルは納得しつつも、このままでは不審者扱いされて捕まりかねないので、慌てて二人の間に躍り出た。
「あの、あの!僕、ジェイおじさんの親戚です!実は家出しちゃって、おじさんを頼ってきたんです!急に来たもんだからおじさんたら動揺しちゃってて……」
ミチルはヘラヘラ笑いながら必死でまくしたてた。どうか誤魔化されてくれ、と心の中で祈った。
「?」
ジェイは事態が飲み込めず棒立ちになっていた。
よーし、そのままぽんこつってろよ。
ミチルはずいと前に出てさらに主張する。
「だからしばらくおじさんの家にご厄介になるんです!決して怪しい者ではないんですっ!」
「あ、ああ……そうか。わかった……」
その剣幕に負けて門番が頷くと、ミチルはジェイの手をとって促した。
「ジェイおじさん、早く帰ろう!ボク、お腹すいちゃったから!」
「わかった」
何をわかったって言うんだ、ぽんこつが!
いや、今はわかってない方がありがたい。ミチルがぐいぐい引っ張ると門番も無理に止めはしなかった。
「しかし、お前、天涯孤独だって言ってたのに親戚のボウズがいたとはなあ。良かったなあ」
後ろで門番が言った言葉が気になったけれど、まずは街に入ることが先だ。ミチルは早くこの場所から去ろうと、まだ首を傾げているジェイの手を引いて早足で歩くのだった。