部下にとばれたぽんこつ騎士、ジェイ・アルバトロスは真面目に首を傾げていた。
「まあ、なぜ書類がいつも不備になるのかは永遠の謎だ。そんなことをしている間にも街にベスティアの脅威が迫るかもしれん。だから別に気にしていない」
えー……
すでに組織にも見放されてるんじゃない?
などと言うことはミチルには言えなかった。
この世界の常識も何もかも、ミチルはまだ知らないのだから無責任なことは慎むべきだ。
それに本人も言っているが、あの強さなら部下がいなくても事足りている気がする。あれだけ強いのだから、放っておいても大丈夫だと思われているのかもしれない。
ミチルの興味は既に別の方向を向いていた。
「あのー、そのベスティアって何ですか?さっきの狼のことですか?ていうか、あの狼、消えてませんでしたか?」
矢継ぎ早にしてしまったミチルの質問に、ジェイは順を追って説明してくれた。
「ベスティアとは実体のない魔物の総称だ。先程のは狼に似ていたが、見た目は様々だ。ベスティアに遭遇するのは本来は稀なんだが、最近目撃例が増えていてな」
「実体がない?幻ってことですか?そんな風には見えなかったけど」
ミチルがあの狼を思い出しながら聞く。あれは確かに実在する獣だった。
「そこがベスティアの厄介なところだ。奴らは攻撃する時だけ実体化し、人を攻撃する。ところがこちらからは幻だから攻撃を受けない」
「ええ?だってジェイさんはあの狼を斬ったじゃない?」
ミチルがつっこむと、ジェイはおもむろに腰に帯びた剣を取り出して見せた。
「騎士には特別にベスティアに攻撃できる魔剣が支給される。これがそうだ」
「へえー!なるほどね、すごい!」
これでやっとジェイがここにいた理由がわかった。
選ばれた者に与えられし魔剣、なんてかっこよすぎる。
本物の剣を初めて見たミチルは興奮していた。
オトコノコなら誰だって、かっこいいものは大好きだ。ミチルも例に漏れず、まるでゲームからそのまま出てきたような西洋剣をしげしげと見つめていた。
ジェイの剣はピカピカに磨かれており、刃こぼれなどもない。近づいて見れば鏡のように自分の顔が映る。
そんな風に顔をキラキラ輝かせているミチルに対して、ジェイも悪い気分ではなかった。
「この剣は亡き父の形見なのだ。父は近衛衛士の部隊長にまでなった人で、私の誇りだ」
誇らしげにそう言う姿は、なんだかとても眩しかった。
「近衛、って言うと王様の側に仕える人でしょ?すごいですね、立派な人だったんですね」
その立派な人の息子が何故街外れで、しかもたった一人で魔物を見張っているのだろう。ちょっと要領が悪いだけではそんな窓際には追いやられないのでは?
自分の剣を見つめながらにこにこしているジェイは、ミチルにそんな邪推をされているとは夢にも思っていないようだった。ただ、純粋に父の姿を追う素朴な青年に思えた。
「ありがとう、父のことを褒められるのは嬉しい」
イケメンがこっち見て笑った!
その笑顔はキラキラと陽光を受けて輝く。ミチルは視力を失うかと思った。
その様に圧倒されていると、ジェイはミチルにある提案をした。
「君はこれからどうするんだ?良ければ私の家に来るか?」