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第72話 黒い矢

「レニュ。君が止めを刺すのか? 僕に? できるのか?」

 レデオンの口から白い血が垂れた。体から流れる血は止まることなく彼の周囲に広がっていく。


「わしはやらん。この世界ではこちらの者に任せるのが筋と思ってな。だがそなたの遺体くらいは連れ帰ってやる」

「僕は不死だ」

「いいや。そなたはここで死ぬ。誤魔化しても無駄だ。魔力を操るための体力も、体内の魔力も死を先延ばしにする程度しか残されていないことをわしが見抜けぬはずがなかろう。不死も万能ではないという話、佐藤の言う通りであったな。全て使い切らせてしまえば常人と変わらぬ。使い切り、空になった器には何も残らない」


 レニュは顔を背け、爪先を半ば崩壊し、鉄骨を曝すマンションの外壁へと向けた。

「兄上の目的はなんだったかな?」

「宗主の君を殺し。その席を奪う」

 レニュは目をつぶった。

「やはり、既に死んでいたか。引き留めて悪かったな。佐藤よ」


「じゃぁな」

 佐藤が聖剣を振り下ろした。

 レデオンの首が落ち、ヒビだらけの床を転がって半壊した柱にぶつかって止まるのを佐藤は見ると、長い息を吐き出しながら剣を収め、その場に座った。吐き出した息は熱く、まるで稼働し続けていた蒸気機関が初めて停止したようだった。


 階下より、宮之守へ通信が入り、佐藤は首を回しながら会話に耳を傾けた。

『室長』

「小松君! 良かった。無事だったのね」

『なんとか。こっちの魔力変異体は動きをとめたようなんすけど、もしかして終わったんすか?』

「レデオンはね。でも―」 


 突如爆発音が響いた。

 佐藤と宮之守、そしてレニュは音のする方へ顔を向けるとそこには大きな爆炎が立ち昇っていた。


「エリナ!」

 佐藤が立ち上がり叫んだ。


 あの場所はエリナのいたビルの屋上だ。爆炎は周囲に破片をまき散らしながら内側から黒々とした黒い煙に食い破られるように形を変えていく。

 黒煙の中に佐藤は人影を見た。次の瞬間、影は消え、強烈な衝撃波が彼に襲いかかる。


 佐藤は吹き飛ばされたがとっさに体を動かし、瓦礫に強く体が打ち付けれることなく受け身を取った。佐藤はこの攻撃には覚えがある。パレードの日に受けた衝撃波に似ている。


 佐藤の持つ本能にも似た戦士の流れる血はすぐさま聖剣の柄に手をかけ、金属のすれる音を響かせながら素早く抜き放つ。彼の目は臨戦態勢となり、今にも飛び掛かからんとする闘争心を理性でもって押さえつけながら襲撃者を鋭い目つきで見据えた。この襲撃者こそエリナを攻撃した者で間違いないことは明白であった。


「どこに行っているのかと思えば。ようやくお出ましかよ」


 灰色の女がレデオンの頭の傍に立っている。彼女はレデオンの頭を髪を掴んで持ち上げているところだった。彼女は顔を覆う灰色のベールの奥からちらりと宮之守の方へ視線を向け、口を開いた。


「ごきげんよう。皆さま」

 レデオンの生気を失った瞳を灰色の女は冷たい目で覗き込み、ため息を吐き出した。

「情なんて無駄ね。一人で戦いだなんて思いを汲むなんて私もバカなことをした。約束も何も、こうなるなら私から破ってしまうべきだった」


 レデオンの頭部から、そして付近に散らばった体から黒い靄が吹き出し、彼女へと集まっていった。可視化した魔力であり、もはや枯渇したものと思われていたが実際は違った。黒い霧は階下の動かなくなった魔力変異体、そして佐藤の背後の大蛇の死体からも噴き出し、渦を巻き、彼女へと向かっていく。


「奴に不死を授けたのはそなたか」

 レニュが低く、重い敵意のこもった声で言いながら魔法人形を呼びだした。

「魔力を扱えぬレデオンがここまで驚異的な力を持つことに違和感があったが。そなたが貸していた。そういうことだな。魔力の質からわかるぞ」


「エルフの宗主。流石ね。彼には協力者になってもらっていたの。改めてお礼を言うわ。彼にはお世話になった―」


 その時だった。張り詰めた弦の弾かれる音が響いた。灰色の女のこめかみは黒い矢が迫っていたが、矢は寸でのところで停止し、霧散して形を失った。


 佐藤は音のした方へ目を向けると、宮之守が手を突き出して構え立っているのを見た。

 彼女の爪は全て黒から白へなっていたはず。彼女の爪が白い時は魔法は使えないはず。だが今しがた放たれた黒い矢は間違いなく宮之守が放ったものであることは間違えようもなかった。


「宮之守。おまえ」

「二度も私に矢を射るなんて。悲しいわ」

「このまま立ち去って。リーア。この世界には二度とこないで」

 宮之守の声と突き出したままの腕は震えていた。


「いいえ。あなたのためにやり遂げなくては。そうでないと私のいる意味がなくなってしまう。見逃すことなんてできないのよ。私はあなたを愛しているもの」

「間違ってる!」

「私はあなたと何か相談するために来たわけじゃない。けど理解してくれると信じてる。でも、そうね。こんな組織を立ち上げてしまうほどにあなたは罪悪感を未だに抱えている。償いなんてあなたがするものじゃない。償いはさせるものよ」


「それが間違っているというの!」

 宮之守は魔法を放とうとした。だが、困惑した表情で彼女を見る佐藤の存在が彼女を踏みとどまらせた。


 リーアはレデオンの首をその場に落とした。首は半壊した床を転がり、階下へ落下していった。

「使わないのね。まだ怖いの? 自分が間違うかもって」

「あたりまえでしょう! こんな力無くていい!」

「おい、おまえら何の話をしている」


 リーアの姿が霧散し黒い煙となって姿を消した。

「……うるさい」


 リーアの声が佐藤の背後から聞こえ、次の瞬間、佐藤の視界が大きく回転した。佐藤はリーアの力によって投げ飛ばされていた。


「佐藤さん!」

 佐藤は受け身を取り損ね、床に激しく打ち付けられ、痛みに声が出ない。佐藤は体を捩って身を起こす。 

 ガシャリと倒れる音が聞こえた。レニュの魔法人形が元のただの人形のようにして倒れたのだ。


 佐藤はただならぬ気配を感じ振り向くとレニュが自分の腹を見つめていた。彼女の腹からは何かが突き出し、赤い血が流れ出ている。黒い細剣が腹を貫き、突き出ている。レニュの後ろにはリーアがおり、彼女はレニュの背中を軽く押しながら細剣を引き抜いた。


「あら、怪我したみたいね。介抱してあげて」

 リーアは細剣を空気を裂く音を鳴らして血振るいした。


「ふざけるな!」

 佐藤が踏み込み、飛び掛かってリーアに素早い突き放った。だが攻撃が当たる前にリーアは霧になって姿を消した。力なく倒れようとするレニュを佐藤は支え、抱きかかえた。


 リーアは再び姿を表すと、佐藤に背を向けながら宮之守の方へ歩いていった。

「止まれ!」

 宮之守の呼びかけにリーアは立ち止まった。

「また後で会いましょう」


 リーアの輪郭が煙となって崩れていき、煙は高く上がると声を響かせた。

「ミーシャ。あの儀式場に来てほしい。あなたに見てほしいの。私が世界を変える様子をね。きっと気に入るから」

 それ以上、声が聞こえてくることはなかった。

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