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第68話 削ぐ

 金属が擦れ、火花が散って床を跳ねた。レデオンは佐藤との鍔迫り合いを跳ねのけ、廊下から室内へと転がり込んだ。


 宮之守が追撃のため踏み込む。潜んでいた魔力変異体が瓦礫から手を伸ばし、宮之守の足首を掴んで阻んだ。


 佐藤はハンドガンをホルスターから抜き、廊下から奥へ下がるレデオンへ向けて発砲したが、レデオンはリビングの壁に身を隠し、弾丸が壁を削り取る。

「クソ!」


 宮之守は足を掴んでいた変異体の頭部を踏み砕き拘束を逃れる。


 レデオンが叫んだ。

「残念ははずれだね!」

 壁の裏から根の槍が曲がりくねって飛び出し二人を狙う。佐藤は聖剣で切り払い。宮之守は屈み、剣を盾に変化させて防いだ。


 背後から魔力変異体が群れとなって押し寄せ、玄関から入り込もうとしている。

 宮之守は素早く振り返って突進してきた一体を蹴り飛ばし、玄関の床へ手を向ける。

「黒爪。二枚解放」


 床が黒い炎の爆発に呑まれて崩れ落ち、魔力変異体も巻き込まれて落下していった。


 レデオンは苛立たし気に声を上げた。

「ほんと、君の魔法ってうざったいね!」

「無駄口叩いてんじゃねぇぞ!」

 佐藤は聖剣に目いっぱいの魔力を込め、左から右へ振り、壁もろとも切断しにかかった。


「残念。それもはずれだ」

 レデオンはこの攻撃を予想して下がっており、壁越しに佐藤のいる位置へ根の槍を床から呼び寄せて三連射した。


 佐藤は聖剣で払いのけ切断。しかし一本が聖剣に絡みつく。佐藤は瞬時に片手を離して胸のナイフを引き抜きいて切断。根を掻い潜って、レデオンとの距離を詰めにかかる。


「何か気がつくことはないかな?」

 レデオンは佐藤の斬撃を硬質な木の剣で受け止め、互い剣が激しく震え、ギリギリと音を鳴らすなかレデオンは言った。

「どうして地上から離れたこの場所で僕が好き勝手に植物を操れるのか? とかさ」


 レデオンの足元から床を突き破って何が無数に飛び出し、それは奇怪なまでにくねって、もはや植物ではありえないほどの柔軟さを見せ、邪悪な触手となってのたうった。色は赤黒く、赤い液体がそこかしこから染み出し床を汚していく。

 佐藤は飛びのいて警戒した。


 宮之守はハンドガンをレデオンに向けて発砲する。だが弾丸はことごとく触手によって阻まれ、触手に命中するたびに赤い体液と柔らかな破片が飛び散った。


 宮之守は尾根を寄せた。

「この触手。まさか」

「気がついちゃった? もう少し早くここに攻め込んでいればこんな僕と戦わずにすんだかもしれないけど、もう遅い。ここは僕の中なんだよ。元は防衛用のつもりで撒いた種がこうも上手くいくなんて」


 二人の足元の床がひび割れ崩れ落ちた。瓦礫と共に落下する寸前に宮之守は魔力の鍵縄を天井に打ち込むと佐藤の腕を掴んでその場に留まった。


 佐藤と宮之守は見た。床下が崩れさり二十七階部分まで崩壊してししまい、外気が吹き込み二人の髪を激しく揺らし、粉塵が舞うなかで太く奇怪な何かが蠢くのを。巨大な何かが動くたび、擦れ引きずるような音が響く。


「なんなんだよこれ。ふざけるのもいい加減にしろよ」

 佐藤の声には驚き憤怒があった。

 剥き出しの内臓のようにも筋肉の繊維が寄り集まったようにも見え、そこかしこからは植物の根や蔦が伸び、赤いが咲いている。蠢き、身を捩る怪物。肉と葉と花の巨大な蛇だった。


 宮之守は眉間に皺を寄せながらいった。

「こんなものをビルの中に埋め込んでいたというの?」


 蛇の体の肉はどこからきたのか、レデオンの魔法は土中の植物を操るものだ。土の少ないここでは植物は限られるはず。それでも彼は植物の根を武器にし戦っている。


 違和感は次第に嫌悪感へとなっていく。宮之守は自問した。ここに来る間での戦いで何を見てきた? 魔力変異体は元々人だったではないか。頭部にすげ変わって生えていた花はなんだ? あれこそ答えではないかと。


「人の肉体を操り、変異させたばかりか他人同士を接合し、肉を苗床にして自分の植物を育てて……。あなたは! あなはたはやはり次を与えちゃいけない人!」

「人間爆弾の次はこれかよ。よくも次から次へと!」


 レデオンは粉塵の中から姿を現すと大蛇の頭の上に飛び乗った。彼の足元では皮膚のない剥き出しのツギハギの筋肉が不快な音をてて軋んでいる。


「ネットというのは実に有益な情報を僕にくれたよ。特に人体の構造について。もし、僕の操る植物を人の神経のかわりにできたら? 前回は根を筋肉に巻き付かせていたからぎこちなかったが、頭を落とし神経になり替われば―」

「黙れ!」


 佐藤は自分を支える宮之守の手を払いのけて階下へ飛び降りた。転がって受け身を取るとそのまま駆け出し蛇に向かい、瓦礫を駆けあがりながらハンドガンを連射する。肉が弾け飛散するが効果は薄い。

 佐藤は残弾など数えてはいなかった。ガチガチと引き金をならすとハンドガンをその場に乱雑に投げ捨てた。


 宮之守は後方に降り立ってハンドガンを向け射撃した。大蛇の頭部から細い触手が伸び弾丸に弾けながらも全弾を防いだ。

 宮之守は自分の黒い爪をちらりと見る。温存してきたつもりだったが右手の爪は白くなっていた。残りは左手の五枚だ。

「節約はここまでね」

 撃ち尽くしたハンドガンをしまい、剣を構え走り出した。


 大蛇が体をうねらせて体液を撒き散らしながら動き始めた。無理やりに繋げた体の内部からは硬いもの同士がぶつかる音と何かが無理やりに引き裂かれ千切れる音が絶えず聞こえる。


 大蛇が蜷局を撒きながら尻尾をしならせ、瓦礫を跳ね飛ばしながら佐藤と宮之守へ迫る。巨大な体でもって圧し潰し、小石のように蹴散らそうとしている。


 佐藤は横へ大きく横へ跳躍して避け、宮之守は大蛇の体と床の僅かな隙間に滑りこんで回避した。佐藤は飛来した瓦礫を剣で跳ねのけながら壁を蹴ると大蛇の体に飛び乗り、聖剣を突き立てた。


 不快で忌々しい感触が剣を伝わり手に響くが佐藤は構わず刃に魔力を込め、切り裂きながら駆け上がる。宮之守はレデオンと大蛇の頭部の真下へ飛び込むと、ところかまわず斬った。


 佐藤は頭部へと迫ったが、レデオンは大蛇の体を大きく仰け反らし、肉を波打たせて阻止しにかかる。

 佐藤は大蛇の動きを見て、剣を振り抜きながら跳躍した。胸元のナイフを引き抜くとレデオンに向けて投擲。レデオンは剣でこれを素早く弾く。


 宮之守が手に持った剣の形状を斬り付けながら変化させていく。黒くしなやかな刀身の刃は波打つ水面を思わせる形へとなった。緩やかな連続するカーブを持った剣は周囲の肉をこそぎ落とすのに適している。宮之守の持つ黒い剣は漆黒の凶悪なフランベルジュとなった。


 より長く、より幅の広い刃で少しでも傷を多く! 切り裂き、抉り、剣を穿って肉をそぐ。切先を滑りこませ、振り抜き、内側を外気に曝させるのだ。たとえ数瞬の間に傷が塞がろうとも止めてはならない。


 佐藤がレニュに言った言葉通り、二人は斬って、斬って、斬り続けた。レデオンの魔力を枯渇させろ! 左から右へ。上から下へ。全ての方向から剣を躍らせろ! 腕を止めるな! 地を蹴って動き、留まらず、捉えさせるな! 


 レデオンは大蛇の頭部から飛びのき、半壊した床に降り立って吠えた。手持った木の剣は苛立ちで小刻みに震えている。彼は大蛇と反対側に降り立って佐藤と宮之守を挟みこむ位置にいる。


「うっとおしい蠅が!」

 大蛇が体を震わせた。内部では何かがぶつかりあって音を鳴らしている。取り込まれた人骨どうしが擦れ、まるで毒蛇の尾が発する警告音のようだった。


「貫け!」

 大蛇はレデオンに呼応し、地の底から響くような悲鳴じみた甲高い雄叫びを上げた。


 表面が沸々と煮えるような波紋が浮き上がったかと思うと無数の棘が全身より飛び出て二人に襲いかかった。


 佐藤は剣で受け流し、払いのけながら下がって瓦礫に身を隠しながら宮之守へ呼びかけた。

「生きてるか? 大将」

「生きてます」


 宮之守も遮蔽に隠れて機を伺っていた。自分の手を見て残りの黒い爪はあと二枚であった。

 わずかでもいい隙があれば。

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