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第66話 牙城、上へ

 佐藤と宮之守はレデオンのいる三十階を目指し、四人の隊員はエレベーターホールに残らせた。

 一階の確保を行なうことが彼らの任務だ。ファイアブレス弾で対応できると言っても上階での戦闘がどうなるか分からないからだ。


 佐藤と宮之守が異変を最初に押しとどめる壁となり、マンション内の隊員は第二の壁、そして外の隊員は第三の壁だ。


 佐藤は剣を持つ手を右から左に持ち替え、開いては閉じを繰り返した。人を斬った感触はいつになっても慣れず、手のひらに残り続けている。今しがたの戦闘でパレードのでの感覚が蘇って重なっていた。


 宮之守は佐藤が手の動作を見がら言った。

「絶対にここで終わらせましょう」

「そうだな」


 “私はこの世界の人じゃないんです”


 前日に宮之守が言った言葉が緊張の合間を縫って現れた。佐藤はどう接すればいいいのか分からなかったが今は思考の端に置かざるを得ない。大事な時に爆弾を置いてくれるな。うちの大将は。佐藤は心の中で呟いた。


 その時、突然にエレベーターが大きな物音と揺れに襲われ動作を停止した。何かが落下してきたような音が頭上から聞こえ、二人は天井を見上げた。表示は二十五階で止まっている。


「おいおい、勘弁してくれ」

 佐藤は閉所での戦闘に備え、聖剣を鞘に収めて代わりに胸のナイフを引き抜いて構えた。宮之守は魔力で黒い短刀を生成した。


「急がば回れ。やっぱり階段を使うべきだったでしょうか」

「冗談だろ。三十階まで走しるのはごめんだね」

 二人はファイティングポーズをとり頭上を警戒した。


 槍状の物体が天所を突き破って二人の間を掠める。佐藤はこれを掴み、力まかせに引き寄せた。天井が割れ、魔力変異体が一体姿を現した。


 逆に不意をつかれた魔力変異体は受け身を取れずに落下。佐藤はすぐさま無力化すべくナイフを突き立てようと逆手に構えた。だが魔力変異体はもう一体おり、飛び降りて佐藤のナイフを蹴り飛ばした。

「クソ!」


 魔力変異体は着地し、すぐさま佐藤の顔面へ蹴りを浴びせて壁に叩きつけると素早く宮之守の方へ振り向き、刀状に変異させた腕で宮之守からの斬撃を防ぎ、そのまま押し返してきた。


 宮之守は黒い短刀で受け止めるも、魔力変異体の腕力は凄まじく、ぎりぎりと力負けし、壁際に押されていく。


 佐藤が起き上がろうとしたところ、床に倒されていた魔力変異体が槍状に変異させた腕を佐藤の顔面に向けて突く。


 佐藤は顔を傾けて避けたが、一拍遅れて放たれたもう片方の槍が顔のすぐそばに突き刺さる。ほんのわずかでも一撃目の避ける幅が大きければ頭を貫かれていただろう。


 宮之守の首元へじわじわと木の刃が迫っていた。レデオンの魔力のこもったそれは木であっても鋭く、肉を容易く切断するほどに研ぎ澄まされていた。


 佐藤は魔力変異体と向き合い、それぞれの腕で槍上に変異した腕を抱え込むと頭部の花に向けて頭突きを喰らわせ、魔力変異体を怯ませた。


 佐藤は構わず頭突きを繰り返し、五回目の頭突きで花を完全に破壊した。そして床に落ちたナイフを広い、宮之守を押さえつける魔力変異体の花に真上から刃を突き立てて仕留めた。


 魔力変異体は力を失い、糸の斬れた人形のようにその場に倒れ、佐藤は宮之守に手を差し伸べ、引き寄せて立たせた。


「ありがとう。助かりました」

「礼なんざいい。この先は互いにこんな感じだろうからな。言っている余裕もなくなるだろうさ」

「依然のマンドラゴラはこのような戦い方をしませんでしたが、アップグレードされた。ということですかね」

「そうだろうよ。頭から下は人間そのままだ。筋肉を意のままに操る。こういうこともできるってわけだろ。前回の戦いでは意志があったが邪魔だから挿げ替えたとかそんなところだろうな。クソ野郎が」


 宮之守はエレベーターのボタンを操作してみたがまるで反応がない。

「動かない」

「下がってろ」


 佐藤はエレベーターの扉に剣を突き立て、強引に隙間をつくり、手で押し広げてみたが、どうやらエレベーターは二十四階と二十五階の間で止まっているようで扉を開けた先には灰色の壁があるだけだった。


「仕方ない。上にあがりますか」

 宮之守の提案に佐藤はため息を吐き出した。

「面倒くせぇな。……ほれ、おまえの方が軽い。先に上がってくれ」

 佐藤は両足を広げてどしりと構えて手を組んで足場を作ってやった。


 宮之守は佐藤の手に足を乗せ、開いた穴から外へよじ登り始めた。

「それ、久々に聞いたかもですね」

「何が?」

「面倒くさいって」


 エレベーターの上部へ上った宮之守が手を差し伸べ、佐藤はそれを掴んだ。

「どうだかね。レデオンがいなきゃこんな何もかも考えたくなるような事態にはならなかったのは事実だが。あと、おまえには俺は怒ってる。言われて気が付いた」

「私に?」

「そりゃもう火山みたいに。作戦前にあんなこと告白されちゃな。あとでもっと問い詰めてやるから覚悟しとけよ」

「死なないでくださいよね」

「ハッ! 縁起でもねぇ」


 二人は並んで、上部を見上げた。二五階と思われるホール側の扉が開かれて光が差し込んでいる。


 佐藤はため息を漏らした。

「あそこまで上がんのかよ。厄介なことしてくれるぜ」

「それに正直に昇らせる気もないみたいです」


 ホール側からこちらがわへ差し込む光が、ゆらゆらと揺れる陰に遮られるのを二人は見た。


「私が魔力であそこまで届く鍵縄を作ります。引っかかったら私に抱き着いて。で、ウィンチみたいに引き寄せて上がる。これで行きましょう」


 佐藤は腰のホルスターからハンドガンを取り出し、構えた。

「それってセクハラとかにならない?」

「バカ言ってないでやりますよ」


 魔力変異体が二体、穴へ身を乗り出して二人の方へ飛び降りた。佐藤は少しでも隙を作るべく、ハンドガンを三発発砲した。


 佐藤の魔力で強化されたハンドガンから放たれた弾丸の威力は並みのハンドガンを上回る。一発が一体に命中し姿勢を崩させることに成功した。


 宮之守は魔力の矢を撃ち、黒い煙の軌跡がそのあとに描かれる。矢は扉の上部に刺さり、煙はすぐさまに実態となって頑丈な縄になった。


 佐藤は降り立った魔力変異体の着地の隙に蹴りを喰らわせて怯ませ、ナイフを突き刺した。弾丸を受けた個体は受け身そこなって転倒し、佐藤は頭を踏みぬいて仕留めた。


 宮之守が手を差し伸べる。

「佐藤さん」

 佐藤と宮之守は互いに体を寄せた。

「良し、上げてくれ」


 宮之守は魔力の縄を巻き取って、上部に向けて急加速させた。足元にあったエレベーターはみるみる離れていき、瞬く間に二五階へと辿り着くことに成功した。


 佐藤は改めて自分のいたエレベーターを見下ろし、安堵のため息を漏らした。

「高いとこ苦手なんだよね」

「やっぱりセクハラ認定します」

「はあ? 何で?」

「聞かないでください。さ、行きますよ」

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