目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第65話 牙城へと

 小松が操作するドローンがタワーマンションの吹き抜けを下部から上部へ向けて滑らかに上昇していく。

 各階を偵察してドローンは二十階の廊下へと到達した。途中で柱に衝突したものの、目の粗いボール状の網の中におさまった本体には傷一つついていない。

 着地するとドローンからは細いカメラ付きのワイヤーが伸び、ドアの隙間にへと侵入していった。


 小松は作戦指揮車両の中からモニターを通して部屋の様子を確認していた。 モニターに映し出された光景に小松は操縦桿から手を離し、額を抑えた。言葉にするのすら嫌になる光景をこのマンションの中だけで既になんども彼は見てきた。


 各階を覗くたびに落胆と悲嘆によって心をすり潰される思いだった。部屋を移動するたび、まだ生存者がいるかもという希望をもったが、ついに捨てざるをえなかった。


 対策室にいれば悲惨な状況を目の当りにすると分かっていても、実際に目で見る光景は想像以上に心を蝕んでしまう。


「もういい。偵察はそれくらいにして。もう探してもみつからない。それにレデオンに気づかれたくない」

 後ろで共に映像を見ていた宮之守が小松の肩に手を乗せた。


 小松は憔悴した顔で振り向き、静かに何度か頷くとドローンを呼び戻すために再び操縦桿を握った。

 静穏性が高いといってもこの階までが限度だろう。これ以上長くとどまり、各階のレデオンの尖兵となった人々を無暗に刺激するのは得策ではない。


「もうすこし辛抱して。あなたはもう一つの目。まみちゃんがいない今、あなただけが部隊の頼りだから」

「はい」


 宮之守は対策室のメンバーと封鎖部隊の全チャンネルに向けて通信を行なった。

「各班、状況報告」

『こちら南側閉鎖二班。位置についた。いつでもいけます』

『北正面入り口閉鎖一班、準備完了』

『我も配置に付いたぞ。レニュもな』


 宮之守は指揮車の後方で立っている佐藤の方へ視線を送った。

 佐藤は普段のスーツではなく戦闘服を着ていた。宮之守も同様で、腹、両腕、それから腿と脛には歩兵用の装甲が取りつけられ、胸には戦闘用ナイフと腰にはハンドガンが備え付けられている。


 佐藤はそこにさらに腰に剣を帯びており、剣の柄に乗せられた手は微かに震えていた。武者震いする手をほぐすように手を振ると佐藤は天井の手すりを掴み、頷いた。


 宮之守はインカムに指をあて、全員にむけて合図を送った。

「作戦開始」


 タワーマンションより離れた位置に停まっていた数台の観光バスのエンジンが唸りを上げて動き出した。バスはまず正面玄関へ、そして裏口を囲う形で駐車されていく。外部と内部の出入りを遮断し、マンドラゴラのような魔法生物が外へ出てこないようにするためだ。


 外観は一見して一般的なバスだが側面は装甲で補強されている。車両の内部にはショットガンで武装した隊員がいる。バスは即席でかつ、強固なバリケードであり、防衛線となった。


『閉鎖一班、配置完了』

『閉鎖二班、配置完了』

 二つの班よりほぼ同時に通信が入ったのを確認し、バスの横へ停められた指揮車両から佐藤と宮之守そして小松が降車し、あえて残しておいたバスの隙間を通ってエントランスへと素早く向かう。バスからは八人の隊員が降りてその後を追った。


「突入班が内部へ入る。閉鎖班は誰も外へ出すな」

 タワーマンションの内部は異様なほどの静けさに満ちていた。どこからも音がしない。誰の声も、生活音も、音楽もなにも。


「あった! 管理室!」

 小松が駆けだそうとしたところ佐藤が止めさせた。

「焦るな」


 宮之守が後続の隊員へ合図をおくる。隊員は素早く連携した動きで管理室へ張り込み、内部安全を確認した。続いて小松が入り込み各階を見れる監視モニターを掌握し、ドローンを再び飛行させた。


 宮之守が小松に言った。

「もう一つの目。よろしくね」

「ちょっくら行ってくるからよ。まぁ、見ててくれや」

 小松がニカリと強がった笑みとともに敬礼した。

「幸運を」


 小松と護衛の四人の隊員は管理室に留まり、佐藤と宮之守は残り四人の隊員を連れてエレベーターホールへと向かった。


 向かう途中。佐藤は異変に気が付き、手を上げて皆を制止させた。

「誰かいる」

 聖剣の柄に手をかけた。背の高い観葉植物のむこうに誰かが立っており、ゆらりと姿を現した。警備員だ。


「どういった御用でしょうか?」

 警備員は疲れ切った表情で目の焦点は合っていない。首のあたりからは触手のようなものが伸び、不気味に蠢いていた。小松がドローン越しに見たものとはこれのことだった。


 隊員たちが一斉に銃を構える。警備員は銃を向けられてもなおゆっくりとこちらへと歩いて来ていた。

「ど、どういった御用でしょうか?」


 警備員がさらに一歩踏み出し、壊れた電子機器のように言葉を繰り返したかと思うと首を異様なまで震わせ、頭蓋が弾けた。勢いよく鮮血が吹き出したが、意外にもすぐに血は止まった。

 体を不気味くねらせ、首元から肉を掻き分け何かが何かが飛び出そうとしていることにその場の全員が気がついた。


 肉を掻き分けて現れたのは蕾だった。赤い蕾が血を滴らせながら体内より現れたのだ。蕾は外気に触れ、喜んでいるように震えるとゆっくりと花弁を開き、鮮血のように赤く禍々しいを咲かせた。中央のめしべらしき器官からは赤い蜜が滴っている。


「スラグ弾。撃て!」

 宮之守の合図を受け、一人の隊員がスラグ弾を打ち込んだ。警備員の体が大きく仰け反る。続けざまに数発の弾丸が打ち込まれたがまだ立っている。

 佐藤が剣を引き抜こうとしたが宮之守がそれを止めさせた。

「まだ」


 宮之守は嫌悪感に顔をしかめながら、しかし冷静な口調で言った。

「ファイアブレス弾、構え」

 最初の銃撃を行なった隊員が下がり、三人の隊員が進み出てショットガンを構えた。

「撃て!」

 一斉に引き金引かれ、銃口が炎を噴き出した。無数の焼夷弾に曝された警備員の体は瞬く間に燃え始め、倒れて藻掻くと動かなくなった。木と肉の焼けるにおいがあたりに漂い始め、火災報知器が作動しスプリンクラーが水を吐き出し、その場の全員を濡らしていく。


 宮之守が全チャンネルに呼びかけた。

「ファイアブレス弾の効果確認。スラグ弾を装填している者は弾種を切り替えよ。以降は私の許可を待たず各自の判断で射撃を行なうこと」


 エレベーターホールへ辿り着くと佐藤はボタンを叩き、下降するエレベーターの表示を見ながら言った。

「さて、どうでるか……」

 エレベーターが十階で一度止まり、少しして再び動き出したのを見て佐藤は舌打ちした。


 管理室の小松より通信が入った。

『室長。佐藤さん』

 呼びかけに宮之守が応じる。

「なに?」

『十階で三体、乗ったのを確認したっす。それと各階の映像を確認したんですが……。やはり全滅っす』

「……分かった」

 宮之守が応対する横で佐藤はもう一度舌打ちした。


『さっきの戦闘が切っ掛けなのか住民の全員の頭部が一斉に変形してしまったみたいっす』

 宮之守は目を閉じ悔し気な表情で、しかし奮い立たせるように声を強くしていった。

「各員へ伝達。救出対象者無し。殲滅戦だ」


 エレベーターの表示が近づいてくる。佐藤は聖剣をゆっくりと引き抜いた。

「ここは俺がやる。おまえたちは弾を温存してくれ」


 チャイムが鳴り、扉が開いた。中には頭部より花を咲かせた血塗れの人間が立っていた。壁面は真っ赤に染まり、細かく砕けた頭蓋らしきものが張り付いている。


 佐藤は対象が動き出す前に行動に移った。獣のように姿勢を低く、エレベーター内に飛び込むと先ず一人を下から心臓を一つ突きにし、素早く引き抜くと二人目の頭部の花に向けて剣を振り下ろし、背後の三人目には魔力を込めたナイフを心臓に突き刺して倒した。


 十秒にも満たない時間で三人を無力化した佐藤は聖剣を血振るいた。死体はエレベーターから運び出し床へ寝かせることにした。

「おまえたちはきちんと埋葬する。冷たい床ですまないがしばらく我慢してくれ」


 隊員の一人が進み出て遺体を見ながら佐藤に尋ねた。

「焼きますか?」

「いや、いい。もう動かない。……各員へこちら佐藤。心臓か頭の花を狙え、そこが弱点だ。ファイアブレス弾がきれてもそこを狙えばいける」


 宮之守は横たえられた三人の遺体の傍に屈むと手を組ませてやった。これより先はそんなことをしている余裕はない。この瞬間も時間があるわけでもないが佐藤は止めなかった。


 宮之守は立ち上がってエレベーターへ足を向けた。

「変異した人を魔力変異体と呼称。辛いだろうが見つけたら躊躇するな。あなたたちの後ろにはまだ助けられる人たちが大勢いることを思い出して」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?