囮作戦が開始して数日。佐藤は公園のベンチに腰をかけていた。レデオンが情報に今のところ食いつく気配はない。あれからレデオンは姿を隠したままで、灰色の女の行方も掴めていない。
すぐに結果の得られるものでもないとわかっていても佐藤の心の内には焦りが湧いて出てきていた。こうしている間にも誰かが犠牲になっているのではないかと考えてしまう。
佐藤は自分に落ち着くように言い聞かせながら、シャツの襟元に指を入れ首を回し、じんわりと汗ばんできたティシャツをパタパタと動かして外気を服の中に招き入れた。
秋になり、いくらか暑さは和らいだものの、快晴の中での強い日差しは、残暑の気配がいまだに色濃い。紅葉の気配など微塵も感じられず、木漏れ日を掻い潜っててのひらを刺す太陽光は鬱陶しく、汗は大粒になって、額から頬を伝って落ちていった。
「俺が子どものころは、九月と言えばもう葉の色が違っていた気がすんだけどな」
『それだけ月日が流れたということですね。地球環境は年月とともに変わってしまいました。何と残酷なのでしょう』
宮之守のおどけた声がインカムから聞こえてくる。
佐藤は面倒そうに舌打ちするが、表情は幾分か明るい。
パレードの襲撃と行方不明になった音川たちのことから彼らのいる部屋は暗くなりがちであった。
それでも対策室のメンバーは少しだけ明るさを取り戻したように思えた。大きな敗北であったが、それを糧に目標に進むことが彼らの心を後押ししていた。進まねばならない。悲しんでばかりでは力も沸かない。例え本心からででなくとも、元気なふりをしたいのだ。
佐藤の前をランニングする男性が走っていった。
彼は変装した封鎖部隊の一人であり、この公園には様々な形で一般人に紛れ込んだ隊員たちの姿があった。
彼はすれ違いぎわにほんの一瞬だけ佐藤を一瞥し、すぐに視線を前に戻した。僅かな時間だったが佐藤はそれに気が付き、無反応を互いに貫いた。ほんの一瞬でも佐藤は彼のその目が同じ目的を持つ者、平和を願う者の目だったこと感じ取った。
打倒レデオン。彼もまた先の戦いで同僚を失っていた一人で、彼も佐藤の戦いを知っている。そして無言で励まし、並び立つ覚悟のあることを目だけで表明した。彼と佐藤の接点は殆どなかったが、前に立つ覚悟は同じだ。佐藤にはそれだけで充分だった
『佐藤とやら』
「あ?」
『そなたに聞きたい。レデオンを倒すための策はあるのか?』
通信をしてきたのはレニュだ。彼女もまたこの作戦に協力してくれている一人だ。ただ彼女は作戦に参加するメンバーの中で異質な存在だった。
それは彼女がエルフを束ねる長であることもあるが、明確な違いはそこではない。全員が守るために戦うという気持ちで一致しているなかで、彼女だけが殺すことのみを考えているからだった。
佐藤はベンチから立ち上がって歩きだし、レニュの質問について考えを改めて巡らせながら、手に持ったペットボトルを自販機の傍のゴミ箱に投げ入れた。
そして左方向の高層ビルへ視線を向ける。そこには佐藤を見守る宮之守とレニュの部屋がある。
「……正直に言って、ないね」
視線を逸らし、前へ向く。
『フフフ。無策とは、感心しないな』
「はぁ、よくいうぜ。そういうあんただってレデオンの殺し方はわかってないだろうが……。ま、思い当たることがないこともない」
『ほう。いうてみよ』
佐藤は自分の考えを整理していく。初めて遭遇した山中での戦い。そしてパレード襲撃時の様子を思い浮かべる。
前回、戦った際にはレデオンの顔には疲労の色が見えていたこと。ガードレールに寄りかかってしまう程度には体力を消耗していた。
「不死でも疲労するってことは限界があるんじゃないかと、俺はそう考えている」
『疲労か……』
「不死の魔法つっても万能ってほどでもないのではないか。化物みたいな再生能力をもっていても元の体は俺らと同じ生物なわけだろ? 食いもんからの栄養は? 体の魔力量は? 疲労するってことは体の何かが不足したとか、あー……」
そこに宮之守が言葉を付け加えた。
『……外的な、精神的、あるいは物理的ストレスに耐えられる限界がある。とか』
「それだ! つまり俺が言いたいのは無尽蔵でも無敵でもねぇってこと。何もかも無尽蔵なら初めて戦った時、すぐに起き上がって、後ろから俺を刺せば済んだ話しだ。それか遺体収容作業中に傍の誰かを襲うことだってできた。だがしなかった。違う、できなかったんだ」
佐藤のインカムに何かが軋む音が聞こえた。どうやらレニュが椅子に深く座ったようだ。
『なるほど。一理ある。だがそれでどう倒す。疲労で二度と立てなくなるまで斬り続けるか?』
「その通り、斬って、斬って、斬りまくんだよ。細切れにしてみるのもいいかもな」
『アハハハハ!』
佐藤は顔をしかめて思わずインカムを耳から外した。それほどまでにレニュの笑い声は豪快なものだったからだ。
「うるっせぇ! 耳元で騒ぐのは勘弁してくれ! 宗主さんよ。で、そっちはどうなんだよ。他の案があんなら歓迎すんぜ」
『いいや! フフ、気に入った! 奴の体内の何もかも使い切らせて空にしてしまえばいいと! 佐藤、そなたは面白いな』
「気に入っていただけで、光栄なことでございますね」