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第50話 囮とその利用法

 ショットガンから放たれた弾丸が敵性生物の頭に命中し、敵性生物は頭を大きく仰け反らせて吹き飛んで転がり、意識を失った。


 周囲の同種がけたたましく叫び、倒れた仲間に群がる。手負いの仲間を気遣うかと唐田は思ったがその予想は見事に外れることになった。

 彼らは傷ついた仲間を介抱するでもなく、手斧や鉈を躊躇なく仲間へ振りおろした。


 激しい痛みは手負いの獣を目覚めさせ、そして哀れな悲鳴をあげさせたが、すぐに同種の歓声じみた鳴き声に取り囲まれてかき消された。

 仲間たちは動かなくなったそれをズタズタに引き裂き、その場で貪り、醜い顔に恍惚としたおぞましい顔を浮かび上がらせた。


 唐田は目の前で行なれる光景に寒気を覚える。少しでも対応を誤れば同じ運命が待っていることは確実だ。


 凄惨な光景に身震いしつつも唐田はそこに好機を見出す。自分で倒す必要はない。どうにかして意識を失わせるればよい。飢えに支配された奴らの幾匹かはそちらに気がそれるだろう。

 それに今は狙うにうってつけの奴らは目の前のご馳走に夢中なのだ。


 唐田は一匹の頭に狙いをつけ、引き金を引く。

 だが発射する瞬間、体が大きく揺れ、ぶれた照準から弾丸はあらぬ方向へ射出されて地面を穿った。見れば足元に一匹の敵性生物が組みついている。


 背は低く顔は醜い。隙間を開けて不規則に並ぶ歯は鋭く、汚れており、全身を覆う黒い体毛は乾いた赤黒い血と鮮血に塗れていた。


 シルエットはやはり猿に似ていて、脚と比べて不格好なほどに長い手には手入れの行き届いていない血と錆びだらけの鉈が握られていた。

 斬り付けられればたとえ浅い傷であってもなんらかの病を発症させられてしまうだろう。


 猿は唐田の腿へ鉈を振り下ろした。アシストスーツの増設されたアーマーがそれを弾き、火花が散る。唐田は胸からナイフを引き抜いて脳天に突き刺し、思わぬ反撃を食らった敵性生物は口を開けたまま絶命した。


 タングステン鋼で作られた特別製戦闘用ナイフは鋭く頑丈であるが重い。

 ナイフさばきに熟達した兵士であっても致命的な程に取り回しが悪いが、アシストスーツのお陰で通常のナイフと変わらない速度で扱うことができた。


 加えて刀身に彫られた模様はエルフの魔法人形を模したものだ。小松のアイディアをエリナの知識が補強して作られたもので、取り込んだ外部の魔力が刀身に沿って流れる仕組みとなっている。


 唐田はだらりと刀身にぶら下る死体を足で踏みつけてナイフを引き抜く。胸元の鞘へ収めると死体は前方へ蹴飛ばして囮にすることにした。


 ショットガンを再び構えて撃ち、次々に飛び出す猿どもを撃退しつつ後退を続け、囮の餌に食いついたことを確認すると振り返って、インと音川の後を追った。


「餌をまけましたから少しばかりは時間が稼げるでしょう。今のうちに距離を」

 二人に追いついた唐田はそう言って、後方へ振り返ると追いかけてきた二匹にスラグ弾を喰らわせた。


「吐きそう……です」

 音川は研ぎ澄まされた聴覚から得られる情報によって敵の位置を掴むまでになったが、スタングレネードの騒音とショットガンの射撃音、猿どもの不快な鳴き声、肉を裂き、咀嚼する音……あらゆる音の奔流を抑えきれずにいた。


 脱力した体では耳を塞ぐことすらできず、居場所を教えることなどもはや不可能。インの背中で激しく揺れることも吐き気をより強く後押し、今は早く終わってくれることを願うのみ。


「今は堪えてください。必ず、あなたはこの私がお守りします」

 インは背中で音川を励ましつつ走る。


 後ろでは銃声が響き、そのたびに自身の力の無さを呪った。魔力無しの男に守られること、自分は戦えずただ走るしかできないことに苛立ちが蓄積していく。


 インはもう一度、魔法人形の名前を呼ぶ。だが僅かに首が動いたように見えただけで、反応は無い。魔力干渉の影響は人形そのものに残っているようだ。どこかで魔力の調整を行なわなければとても使い物にはならない。


「宗主様か、アレイならこのようなことには……!」

 インはパレード当日にレデオンの攻撃にって破壊された自身の魔法人形を思った。あれがあれば、また事態は違ったかもしれない。


 インの真横の草の影から猿が飛び出して組みついた。

 体が重くなり速度が落ちる。猿はインの腕を伝い、音川の背の上に這い上がって不快で甲高い鳴き声を上げた。

 インは振りほどこうと体を揺すったがその程度で離れるような優しい存在ではなかった。


 猿は音川を見てにたりと笑い、その鋭く汚れた歯を見せる。音川は恐ろしい未来を想像して怯え、きつく目を閉じることしかできなかった。


「そこを離れろ!」

 異変に気が付いた唐田が怒声を上げなら駆け寄り、鋭い歯が音川の柔肌に突き立てられる寸でのところで猿の首を後ろから掴んだ。


 悔し気にぎゃあぎゃあと喚いて暴れる猿の腹へ二度ナイフを刺して仕留め、背後の草原へ投げ入れる。

 飢えた獣どもは草を掻き分けて群がり、それを喰らった。

「醜い猿ども。そんなに仲間の肉が好きか!」


 二人は走り続け、ようやく森の入り口に到達した。

 星々の灯りが枝葉の隙間より降り注いで地面を照らし、それを頼りに進む。唐田の胸に付けられたライトは激しく左右に揺れて残像を描く。


 大木の横を走り、朽ち木を飛び越え、枝を踏みぬく。

 地面は落ち葉の積もったものから次第に深い苔に覆われていき一歩踏み出すごとに苔は湿った音とともに水を吐き出し、ハッキリとした足跡が残された。


 走り続けてきた二人の顔に疲労が浮かぶ。

「奴ら手を出してこなくなった。諦めたか?」

 インが息を切らしながら言った。

「まだ、……追って来ています」


 音川が答える。はじめにくらべて音の取捨選択に慣れてきているようで、今は少し離れた位置の猿の息遣いと足音が聞こえており、追跡の手を緩める気配がないことを二人に伝える。左右と後方に群れを別けて散開し、逃げ場を塞ぐ形を取っているようだ。


 仲間の死体を喰い、いくらか腹の満たされた猿どもは冷静になり、持久戦に切り替えることにしたようだった。


 一体一体では唐田には敵わない。

 自分達のどの武器よりも鋭い刃物を持ち、妙な筒状の武器は大きな音と共に強烈な痛みを発生させ、炸裂する玉の発する音と閃光は恐ろしい。

 唐田の持つ武器はどれも知らない未知の武器だが、戦いを続けるうちに彼らは学習した。


 銃の攻撃は届いてもギリギリ狙いの定めにくい位置をとること。銃口の狙う先に立たなければ避けられる可能性が高いこと。


 炸裂する玉を投げ込まれても森のそこかしこにある木々やその窪みならば隠れて対応するのも容易い。


 仕掛けるときは死角から同時に、かつ深追いはしない。すぐに退避できる距離で立ち回って追跡を続ける。

 追って、追って、追い続け、獲物が疲労で倒れるまで執念深く。執拗に。


 インと唐田が優位と思い、逃げ込んだ森の木々は猿どもが隠れる場所を与え、有利にさせてしまっていた。


 唐田が銃の引き金を引く、しかし弾が出ない。それまで唐田は常に残弾を数えつつ、適宜装填をはさみながら戦っていたが疲労と散発的な猿どもの攻撃に集中力をそがれ、ついに残弾を誤ってしまった。

 腰のポーチから弾丸を取り出そうとしたところ、一匹の猿が死角より飛び掛かかる。


「しまった!」

 体重を乗せた体当たりに唐田は地面に押し倒され、ショットガンと幾つかの弾が散らばる。獣はガチガチと汚い顎が顔のすぐそばで音を鳴らし、唐田は腕を動かしてアームプレートを噛ませて抵抗する。


「唐田さんが! 助けないと!」

 音川が悲鳴を上げるが、だがインは振り返らなかった。

「何してるんです!」

 音川はインの背中から叫んだ。

「彼を、囮にするんです!」

「囮って! そんなのダメです!」


 音川は暴れ、インは耐えようとしたが、足に溜まった疲労と苔に足をとられ、耐えきれず転倒する。


 音川はふらつく足で立ち上がってリボルバーを構えた。周囲からは猿どもが殺到する足音が聞こえる。


「ダメだ! 戻って!」

 音川はインの叫びを無視して、引き金を引いた。

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