目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第48話 信号途絶。進路継続。

 音川が勝手にいなくなったという知らせは宮之守によって全員に伝えられた。宮之守は椅子に座り、手を組んで口を覆っていた。


「顔に、心配って書いてあるぞ」

 佐藤の言葉に宮之守はちらりと見ると、うるさいと言って顔を伏せた。

「そりゃ心配ですよ」

 腕の間からくぐもった声を出す。


「音川は宮之守のお気に入りだからな」

 エリナは煎餅をバリバリと砕いて食べる音は子気味良く、静かな部屋ではやけに響く。


 佐藤はソファーに座ると自販機から買ってきたミルクティーの蓋を開け、飲みながら宮之守の様子を伺った。


 今日の宮之守はやけに静かだ。いつもの調子であれば『佐藤さんって甘いの好きでしたっけ?』『それかエリナの影響受けて甘党にでもなりました?』というような事を言ってくるところだが何もない。


 佐藤はそれに居心地の悪さを感じて口を開いた。

「ちょっと前までは音川のことで怒っていながらどこか嬉しそうだったが気がするが。今はだんまり。忙しいな、うちの大将は。それともあれか、勝手にエルフといなくなって調整が面倒とか、各方面への言い訳の話?」


 宮之守は息を吸い、顔を上げると冷めたコーヒーカップに入ったままのマドラーを指で弾いた。

「調整とか理由とかならいくらでもでっちあげられるんですよ。あの子の単独行動もやろうと思えばなんとでも言い訳なんてできるんです。次、勝手に動いても限度はあるよって釘は刺したんですけどね」

「じゃぁその顔はまだ怒ってる?」


 宮之守は佐藤を睨みつけ、小さな魔力球を人差し指の先に生成し、目の前にいるムカつく四十五歳男性の額に向けて飛ばした。

「おっと! 正解だったか!」

 佐藤は魔力球を避けた。


「……信号が途絶えた」

 宮之守は机に突っ伏した。

「は? 信号?」


「唐田隊長の持ってたGPSからの信号がね」

「それ……まずくないか。場所は?」

 佐藤の目つきはすぐさま真剣なものとなった。


「途絶えた場所はエリナが確認済み」

「もう行ってきたのか。それで?」

 佐藤はエリナの方を振り返る。

 エリナは無表情のまま二袋目を開けようとしていた。


「もうではない。往復に五分だ。五分だぞ。本来であればあの程度の距離など十秒とかからんというのに」

 エリナの表情は変わらないが、声には珍しく感情がこもっていた。力が弱まったことを改めて自覚したらしく静かに憤慨するエリナにかわり、宮之守が答えた。


「結論から言えば、おそらくだけど、まみちゃんたちは裂け目に入った。でもその裂け目は閉じてしまって、それ以上の追跡は不可能……行方不明ってわけ」

「はぁ? どうすんだよそれ」


「ならばわしが力を貸してやってもかまわないぞ」

「うわ!」

「宗主様!? なんでここに!」

 ソファーにはいつの間にか宗主レニュが腰をかけていた。


 突然の訪問に佐藤と宮之守は驚いて飛び上がった。エリナは袋から煎餅を一枚取り出すとレニュに手渡し、レニュは微笑んで受け取った。


「廊下からレニュの魔力を感じた。だから転送して入れてやった」

「そういう事だ。この娘、実に気が利くな。わしの方は今しがた今日の予定が終わったところでな。アレイは儀式場を見に行くと言って今はおらんので暇を持て余しておった故、丁度よい。それに魔力無しの相手をするのもそれなりに疲れる。やはり、同じ魔法を使える者同士で仲良くしようではないか」

 煎餅を噛むとレニュの顔をしかめた。

「……硬いな、これは」


「魔力感知のほうは衰えてないようで安心だよ」

 佐藤はレニュの手前であるため一応はスーツを正し、エリナはふんと鼻をならした。




「……なるほど、信号が途絶えて行方不明か」

 宮之守からの続報を聞いてもレニュは落ち着いたままであった。

 インと音川の行動はさほど気にしていなかったらしく、行方不明となったことで改めて関心が向いたように宮之守には見えた。


「むしろ安心ではないか? 裂け目がどこに繋がっているかわからないにせよ。レデオンが向こうに手を出す心配は完全に無くなったわけだ」

「そうはいってもその裂け目の先が安全かなんて保証もありません。私としては助けに行きたいと……」

「でも行き先がわからない」

 レニュは宮之守から言葉を引き取って続けた。


「そして警護という大事な任がある。うかつに人員を裂くわけにいかぬよな」

 レニュは、指を組み、足を交差させ座りなおす。


 その仕草も、口調もどこか楽し気であり、不測の事態そのものを余興としてとらえている印象さえあった。

 レニュの優雅な所作と全身から放たれる自信。迷いのない言葉。一国の長として振舞いにたる威厳があるが、佐藤はそこにレデオンの面影を見る。互いに敵対していても二人には同じ父の血がながれているのを感じた。


「もとよりそれほどにそなたらの組織は人員も多くない。ならばあちらは切り捨てるしかないのでは、とも考えているな。……難しく考えすぎなのだ、そなたは。人は自分で思っている以上にやれることが少ない生き物だが、それに目を瞑りがちだ。優秀であったり、人の上に立つ立場であると色々な選択があると錯覚する。だが現実は違う。物事は複雑だが取れる行動は一つしかないことは往々にしてある。とするとやるべき道筋は一つ、儀式を完遂させる、これのみ。となると障害はレデオンのみとなる。レデオンを殺す。そこに注力すればよいのではないかな。もとよりそういう組織なのだろう?」


「それはレデオンがここに残っているという前提の話だろう。アレイも必ず来ると言っているが。異世界を渡って他者から力を奪いまわっている奴が、もっと力を付けにどこかにいかないとも限らない」

 佐藤は遠慮することなく、いつもの雑な口調で言った。レニュは佐藤に不快感を表すでもなく言葉を返す。


「相対してわかったが、今の奴の魔力はわしに匹敵しうる。もうあと一押しというところだろう」

 レニュは佐藤とエリナをそれぞれ見る。


「むしろ一番危ないのはそなたら二人だ。奴はわしの席を奪うための準備として必ずそなたらの前に現れる。より盤石にして、わしの前に立つためにな。別の裂け目を潜ればいつまたここか、ツーナスに繋がる裂け目に巡り合うかもわからない故に、奴はこの機を逃すまいよ」


 レニュは静かに、優雅に立ち上がると、佐藤と宮之守の間を抜けて窓へと歩いた。

「ここは奴をおびき出し、力を合わせて殺してしまおうではないか」

「それができりゃ苦労は……」

 佐藤は途中で言いよどみ、レニュを見て、そしてエリナを見た。エリナは三袋目を開けようとしている。


「あー……もしかして、囮をやれと? 俺ら二人で?」

 レニュはにこりと微笑み、窓辺に腰をかけ、片足をふらふらと揺らし、愛らしい少女のように振る舞う。


「大事な民が死ぬよりはましであろう? わしにとって魔力無しの民の死などどうでもよいが、そうではないのだろう? さっきも言ったがあまり選択肢はないと思うぞ。先の襲撃を悲劇、敗北ととるならそれ相応の覚悟をもって望まねばならん」

 レニュは目をつぶり、全てを悟ったようなすまし顔で返事を待った。


 それが佐藤には無性に腹が立ってしかたがなかった。

 価値観や文化が違うなら、意見の相違はおのずと生まれると分かっていても、死んだ者をどうでもよいと言われて何も感じないわけがない。


 同時に佐藤はレニュの提案に同意もしていた。

 人々が死ぬよりは、自分の命を盾として前に出せるなら、一人の剣を持つ者ならそうすべきだと。

 これはレニュからの挑戦でもある。戦士なら戦えと。


「やるよ。やってやる」

「我も同じ考えだ。奴には二度も腹に穴を開けられたしな」

 エリナが佐藤に並んで腕を組みながら言って、煎餅を佐藤に差し出した。


「と、言っているぞ。宮之守とやら」

 レニュは首を傾げながら宮之守を見る。

「……そうね。やられっぱなしはムカつく。死んだ人だって報われない。まみちゃんとインさんと唐田隊長はそのあと迎えに行く方法を考える。大丈夫、三人を信じて進もう」


 “大丈夫”それは彼女自身への言葉でもあった。宮之守は凛として背を伸ばし、不敵な笑みを見せた。

「一つずつ、やっていきましょう。その過程で灰色の女にも行きつくはず。反撃するとき。そういうことですよね」

 レニュはその笑みに、まっすぐと微笑み返した。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?