音川とインは感覚を頼りに。唐田はスーツの動力が得られるところを探す。スーツが起動すればその傍に裂け目があるということだ。
「微弱ではありますがこのあたりに魔力が漂っていますね」
「スーツも起動してます。反応は弱いですが」
インと唐田がほぼ同時に同じ場所に立って互いを見る。
「その妙な服が無いと見つけられないとは情けない人種なのですね」
「今の発言は公になさらない方がいいでしょう。きっと非難の的になります」
インは鼻を鳴らし、気にしてどうすると言いたげな表情だった。
「でも、何もなさそうですね。インさんは何か見えます?」
「いえ、見えないですね。穴……か」
あたりには腐葉土しか見えず、ブーンという音もインの耳には聞こえてこない。インは腐葉土に足を踏み出し、あたりを探ってみた。
「どわ!?」
突然、インの姿が消えた。地面には人が通れるほどの穴が空いており、重ねられた枝と落ち葉によって隠れていたのだ。
「大丈夫ですか!」
「問題ありません」
イン目を凝らしてあたりを見回した。入口よりも中はずっと広く、奥まで続いているようだった。空気は湿ってかび臭い。
目の前にロープが垂れさがり、唐田がするすると降りてくる。車から装備を取って来たらしく、黒いバッグを背負っていた。
「お怪我は?」
唐田は着地するとライトを付け、インを照らす。
「この程度で怪我をするほど弱くないので」
インは眩しさに目を細め、鬱陶しそうに手をかざした。
「わた、私も……キャ!」
慣れない手つきで何とか降りようとして音川は手を滑らせたが、イン素早くがそれを支える。
「ど、どうも……」
音川は照れくさそうに笑い、インは微笑み、静かに降ろした。
「何とも絵になる光景ですね。天井から降り注ぐ光がとくにそう見えます」
二人のやり取りを見た唐田の素直な感想だった。
「からかっているので?」
「自分は正直な感想を言ったまでです」
「暗いですね」
音川は懐中電灯で奥を照らしたが先までは見通せなかった。
「少しだけ時間を」
インはその場に屈むと手を地面に触れ、口を小さく動かした。すると手に触れた場所が淡く光りだし、光は周囲に伝搬していって、あたりはずいぶんと明るくなった。
柔らかな光が土を毛細現象のように伝っていく幻想的な光景に音川は思わず感嘆の声を漏らした。
「根っこが……光ってる」
インは音川の様子を見て得意げだ。
「エルフに伝わる魔法の中で単純であり、最も古い魔法の一つです。灯りがない時はこうして周囲の植物に魔力を送って光を得るのです」
三人は奥へと進んだ。
先頭に唐田、その後ろに不服そうなインが続き、音川が後を追う。
降り立った場所は車一台程の広さがあったが、奥へと進む通路は狭く、幅は大人一人程しかない。
「こんなところレデオンに襲われたひとたまりもない。やはり引き返すべきかと」
「怖くなりましたか?」
「無策でも進むことを良しとする、それを勇敢だというなら、私は臆病者を選びます」
「奴は襲ってこないですよ。奴のことは理解しているつもりです。宗主様に及ばずとも、少なくとも君たちよりは。奴の目には強い魔力を持っている者と宗主の座しか見えていないのです。ここに奴のお眼鏡に適う人物がいれば別でしたが」
インの最後の言葉には自嘲も混ざっていた。
電子音が洞穴の中に響く。唐田の着用しているアシストスーツの魔力が最大充填された通知だった。
「スーツは正常稼働中……。一気に充填されたということは裂け目が近いのかもしれません」
「そんなこと、私には言わなくてもわかりますよ」
「それはそうでしょう。魔力を感知できるのですから。気が付いたら口で言っていただけると助かります。自分と音川さんはわかりませんので。エルフには情報共有という概念はもしかしてないのでしょうか」
音川はそのやり取りを黙って聞き、ぐるりと目を回した。
一行は広い空間へと辿り着いた。
それまであった上下左右から迫るような土の圧迫感から解放され、音川はほっと胸を撫でおろす。
「このままずっと狭いところだと思ったら、もう、どうしようかと……」
洞穴の高さは百六十センチと少しほどで音川の背丈よりは高いが男二人は身を屈めており窮屈そうだ。
「根が壁や柱の役割をしているようですが、いつ崩れるかもわからない。正直、長居はしたくないですね」
唐田がいうとインがワザとらしく鼻を鳴らした。
「この根には魔法が施されているから簡単には崩れませんよ。エルフのものとは違いますが保証しましょう。むしろ、空気の心配をしたほうがいいかと」
「心配ありません。風の流れがありますし測定値にも常に目を光らせています。どこかに空気を取り入れる穴があるようです」
「情報共有が大事だと言ったのはそちらではなかったですか?」
「すみません。抜けておりました。てっきりもう知っていることかと」
二人は互いに視線をぶつけあう様子に音川は呆れて息を吐き、二人の間に割り込んで引き離した。
「もう! 喧嘩しない!」
あたりに目を凝らすと何かが置かれていることに気が付いた。音川は屈んでそれらに手を触れてみた。
「皿に、これは籠で……中には枯れた草。違う……薬草だ」
視線を上げると、壁には茶色い陶器がずらりと並んでおり、そのどれにも薬草が詰め込まれていた。
蓋をあけ、手で仰ぐと懐かしい匂いがした。ナハタの使っていた場所で間違いないことを音川は確信する。
「寝どこはあるが、火を使った形跡がない。物置を兼ねた休憩所、そんなところでしょう」
唐田は棚を指でなぞると指の後がくっきりと残った。
「今は使われていないようですが」
インが二人に声をかけた。
「さらに奥があるようです。裂け目はきっとこっちでしょう」
草で編まれた楕円の扉を開けるとより広い空間があった。
ブーンという独特の音が壁に反響して響く音が聞こえたが、音川と唐田には聞こえていなかった。
音川は進み出て手をかざすが何も感触はない。インを振り返って問いかける。
「ここに裂け目があるのですか?」
「そこからちょうど一メートルほど前のところに」
音川は深呼吸を二回繰り返すと「良し!」と言って飛び込んでしまった。
「あ!」
唐田は己の迂闊さを恥じた。
音川がここまで友人を思って突き進んできたこと、断片的に聞いていたがその行動力を思えば当然の行動で予測できたはずだと。
続いてインが何の迷いもなく飛び込んしまう。唐田を一瞥するでもなくその姿は忽然と消えてしまった。
裂け目が歪んで波紋が周囲に広がったが唐田にはその様子を観測できない。目の前の事実は二人が裂け目の向こうに消えたことだけ。
「ああもう! まったく!!」
唐田はバッグを担ぎなおし、頬を叩いて覚悟を決めると裂け目へと飛び込んだ。