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第46話 合流 捜索 少々の喧嘩

 侵入者はゆっくりと階段を上がって来るようだ。

 音川の心臓は胸の奥で跳ね上がって飛び出しそうなほどに大きな音をたている。

 音川は懐からリボルバーを取り出し、緊張で震えながら慣れない手つきでシリンダーをスライドさせ、弾が入っていることを確認し、押し込んで元の位置に戻した。


 インはドアに近寄って耳をそばだてながら、音川の狼狽える様子を見て小声で言った。

「どんな物か知りませんがしまいなさい。ここは私が」

「わ、私だって戦え……ます!」

 気丈に振舞う様にインはふっと小さく笑い、手を下げさせた。侵入者はもうすぐそばまで来ている。


 ドアがゆっくりと開いた。

 ドアノブに手をかける腕が見えた瞬間、インはドアを勢いよく引っ張って同時に相手の腕を掴んで床に引き倒した。


「ぐあ!」

 あまりの早業に侵入者どころか一部始終見ていたはずの音川さへも何が起きたか分からない。


 インは侵入者を後ろ手に拘束し、喉元に透明な短剣を突きつける。淡く、薄く緑に輝く美しい刃だった。


「何者か! 名を名乗れ!」

 厳しい口調で侵入者を責める。

「離してくれ。敵じゃない」

 拘束されているのにやけに落ち着いた口調。音川はその声に聞き覚えがあり、ランタンを持って近づいた。


「唐田さん!?」

「知り合いですか?」

 音川は何度もうなづき、インは短剣をしまって拘束を解いてやった。


 唐田は立ち上がって埃を払うと、短く刈りあげられた高校球児のような頭を撫で、厳しい目つきで二人を見た。


「どうしてこんなところに?」

 音川が質問すると唐田はふうっと息を吐きだした。

「それはこちらのセリフです。ホテルに戻らずにこんなところまで……。まさか、愛の逃避行などとは言いませんよね」


 インが唐田の言葉にとげとげしい口調で返した。

「そのようなものではありません」

「失礼。あなたに言ったのではなく、こちらの女性に対して言いました」

「同じことです」

「理由を聞かせて頂きたい。翻訳作業にはホテルから遠く離れたこの空き家に来る必要はないように思えますが」


 音川は、「私の」と言ったところで唐田の厳しい目つきに思わず目を逸らした。

「私の個人的なことに巻き込んでしまいました……」



 音川が床に座ってこれまでのいきさつを説明する間、唐田は壁に寄りかかって腕を組んでいた。

 インは唐田の硬く、厳しい態度にいささか不快な思いを感じていたが黙っていることにした。


 エルフは根本的に興味の湧く人を除いて魔力の無い人間を見下している。

 インにとって唐田もその対象で、音川が例外だっただけに過ぎない。宗主レニュの意向に従いこの世界に赴いたが、柔らかで端正な顔で内心は全く別の事を考えている。魔力無しが腕を組んで立っている。それだけで心中穏やかでないのだ。


 唐田はため息を吐き出した。

「護衛も付けず、二人だけで動いたのはそういうことでしたか」


 唐田はパレードの襲撃の事後処理の合間を縫ってホテルへ戻るところ、二人の乗る車を見かけると不審に思い、追跡していたのだ。


「室長は知っているのですか?」

「ええ、あなたがホテルとは別の方向へエルフを連れ出していることを私が見つけたときに報告しました」

「私……その、今は戻りたくありません。我儘はわかっていますけど」

「そうでしょうね。ですので室長はここには護衛としてお二人の下へ私を向かわせました」


 インは鼻で笑った。

 魔力無しが護衛など笑わせる。


「護衛? 室長はなんて?」

「伝言があります」

 唐田は宮之守の伝言のとおり“まみちゃん”と言おうとして急に恥ずかしくなり咳払いして言い直した。


「……音川さんの事だからきっと友人の事を何か掴んだんだと思う。上司としては止めたいけど、個人としては背中を押したい。だから行っておいで。ただ対策室としての対面もある。危なくなったら唐田さんの指示にはよく従う事。だそうです」

 唐田は伝え終えると、再びため息をついて「まったく……」と愚痴を溢した。


「そしてインさん。宗主様から伝言です」

「なんです?」

「勝手に離れるからにはそれなりの理由があると見える。良い報告があることを期待している。と」

 インは目をつぶった。

「……御意」


 音川は膝を抱え、顔をうずめると肺から一気に息を吐き出し、吸い込んで。顔上げた。力強い赤い瞳にランタンの光が移りこんだ。


「今からいいですか?」

「もういちど記憶を手繰るので?」

 インが問いかけた。


 音川は立ち上がった。

「ナハタは穴があると言っていました。時空の裂け目です。それを探します」

「ダメです」

 唐田が硬い口調で言ったが、音川が肩を落とす姿を見て、咳払いした。

「今は休むことです。明るい方が見落としも少ない」

「え……? あ! はい!」




「時空の裂け目……ですか。昨日はああいいましたが、見えないものを探すとなると昼でも難しいですね」

 唐田のボヤキにインはチラリとみて、小さくため息を漏らした。

「考えがあるわけではなかったのですね」

「自分はあいにく魔法の才能には恵まれていないものでして」

 その言葉にインの唐田を見る瞳の奥に宿る不快感の色がより強まった。


「おおよその方角は分かります。ナハタは森の方からいつも見ていたと言っていましたし、私もナハタの足音、気配には気が付いていました。えーと……つまり、このくらいの範囲かな、って」

 音川は裏の森に向けて両腕を八の字に広げて見せ、男二人は音川の左右にそれぞれ立って覗き込む。


「意外と狭いですね」

 同時に同じ言葉を出し、インと唐田は眉間に皺を寄せて互いを見た。音川にはその様子がおかしく、小さく笑った。

「なんだか二人とも息ピッタリ」

「不本意ですが」

「自分は気にしません」

 インはムッとした顔をし、唐田は深い眉間の皺を揉んでほぐした。


 音川とインは捜索を開始した。

 音川は椅子に座って足音を聞く、インは目星を付けた範囲を静かに歩き、足音の響き具合が似た場所を探る。音川の聴覚が頼りだ。


「魔力を感じ取れるのが私だけだから仕方がないが、あの男は何をしているのか……」

 インは腐葉土の積もった地面を歩きながら呟いた。


 唐田は一度車に戻って荷物を取ってくるといってもう五分は経っている。

 すぐそばの車から戻るのにそれほどかかるものか? もしや音川を置いて戻ったのではないか?


 インは唐田を信用していない。

 もとよりエルフは魔力を扱えない人間は異世界出身かどうかに関わらず信用していない。エルフの基本的な考えでありレニュはその中で異端なのだ。


 レニュが異世界からの来訪者を快く迎えた時、インはすました顔の奥で内心はその来訪者を蔑んでいた。

 レニュのエルフの世界に新しい風を入れたいという思いに従いついてきただけで自分から行きたいと考えたことはなかった。


 音川の教えてくれた科学。それ自体は興味深い。様々な発明も大変に興味深く、上手く使えばツーナスをより発展させられるだろうが、やはり長居したくないというのが本音だった。


 しかし同時に好奇心は否応なしにそそられる。インは新しいものが好きだ。新しい文化、物、音楽。それを作っているのは魔力無しの人々。インの心は揺れていた。


「すみません。遅くなりました」

「どうしたんですか、その……アーマー?」

「小松さんが新開発した……というか市販のアシストスーツを改造したものです。室長や佐藤さんが着るスーツの発展形ですね」


 唐田は音川とインの前に灰色のアシストスーツを着て現れた。

 腕や肩、胸。背中、太腿、脛。人体の筋肉に沿うように覆う筋肉状の繊維素材が束ねて配置され、一見するとゴムに見えたが伸縮性のある強靭な素材で作られている。

 肘や膝、そして腹部などの急所には硬いプレートが追加されている。


「まだ試作品です」

「アシストスーツって力仕事を楽にするための物ですよね」

「ええ。空気圧式人工筋肉のモーターを使わない簡易的なのを改造したそうです。大きな人形とマンドラゴラから着想を得て作ったもので、時空の裂け目から溢れる魔力を取り込んで動力とします。濃い魔力下での作戦もこれ自体が防護服の役割を果たすはずです」


「そんなもの役に立つのでしょうか。疑わしいですね」

 説明を聞き終えたインが懐疑的な視線を向ける。

「それについては自分もまだなんとも。実際に使ってみればわかるでしょう」

「佐藤さんはもう使ったんですか?」

「俺には合わない。だそうです。ああ、でもこのアームプレートは寄こせって言ってましたね」

 唐田は左腕を覆うアームプレートを軽く叩いた。

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