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第40話 宗主と不死について

 レニュは喉をさすりながら言った。

「どうにもこの国の言葉は慣れんな。油断しているとすぐこうなる。苦しい発音もあるだろうが見逃してくれ」

 レニュのは豪快な笑い声を上げた。

 お忍びで現れた時と比べて雰囲気はいくらか違うが、耳を隠す必要もなく慣れ親しんだ服のためか伸び伸びとしていた。


 伸び伸びとしすぎている。佐藤はそう思った。

 人が大勢死んだあと、どうしてこうも笑えるのか。レニュの国の民でなくとも、哀悼の意をたとえ表面上であったとしても表すべきでないのか。佐藤は危うく出かかった言葉を飲み込んで、硬く口を結んだ。


「完璧ですよ。宗主様」

 宮之守は微笑みで返した。

 宗主はエルフの国のトップに立つ者をいう。もちろん日本語での宗主という意味合いとは全てが一致しているわけではないが。

 レニュからはわんぱく、あるいはお転婆という印象が言葉が似合う。見た目だけでいえばかなり若く見え、同時に弾むような声でありながらも確かな威厳さがあり、宗主としての経験の長さが垣間見えた。


 レニュがソファーに座るのを待って、宮之守も腰を降ろした。

「交差点での一件での加勢は助かりました。先日でも、警護される立場でありながら戦う姿勢を見せて頂いたこと、それだけで嬉しく思っています」

「そなた達の戦いぶり実に見事であった。劣勢でも立ち向かう姿勢はそれだけで評価に値する」




 宮之守は今後のスケジュールについてすり合わせていった。

 友好の祭りは一か月後となっている。それまでの間は異世界生物侵入対策室のメンバーが警護を行なう手筈となっていた。


「儀式は中止するか?」

「しません」

 宮之守はすぐさま決断的に返答した。

「祭りは、儀式はこのまま行ないます。ここで中止になっては敵に屈したようなもの。それは両国にとって良くない評価となります。中止すれば敵の士気を上げ、こちらは意思をくじかれたと思われます。敵にも、他の国々へも我々は強い国だと見せなければなりません」

「うむ。やはり、そうでなくてはな」


 いくつかの相談や確認事項を終えるとレニュの方が先に話を持ち出した。

「聞きたいことはそれだけではないのだろう?」

 レニュは背もたれに体を深く預けた。宮之守は改めて姿勢を正した。

「では、レデオンについてなにかご存じかと。教えていただけますでしょうか」


 佐藤は後ろに組んだ手を強く握った。

 あの場ですぐにエルフが加勢に加わって、宮之守が彼らを下げることもしていなければメンバーが分断されることもなく、犠牲者の数は違っていたかもしれない。この手で幾人も殺さずにすんだかもしれない。だが加わってどうする? あの魔法を解く術はもとからなかったというのに。


 湧いて出た疑問や後悔を佐藤は自ら打ち消した。過去を悔やんだとして変える方法はないが、だとしても可能性を考えずにはいられなかった。


 レニュはひじ掛けに腕を乗せ頬杖をついた。

「レデオン。こうして異国の地でその名を聞くことになろうとはの」

「彼は何者なのです? 先日の一件では宗主の座を狙っているような事も言っていた事も確認していますが」

 レニュが静かに腕を組むと纏っている雰囲気が変わったように思えた。

「そうさな。まずどこから話すか」

 レニュは、しばし黙り、重い腰をあげるように口を開いた。


「奴の名はレデオン・アーデレイ・ジュ。ジュは正当な宗主の血統を指す言葉であり。そしてわしはレニュ・ミーアス・ジュ・デ。“デ”とはこの国の言葉で現すなら“次の”という意味だ。奴はわしの腹違いの兄であった。ここまで言えば本来この席に座るのは奴だったことはわかるな? だが奴は生まれながらに魔力を扱えぬ体であった。宗主の座に相応しくない男というわけだ。それ故に貴族としてはぞんざいな扱いを受けて育った。我らの世界は魔力こそ全て、魔法を扱えない者はそれだけで価値のない存在だ。あそこまで育てられたのは貴族という立場故捨てるに捨てられなかった。宗主の血統でありながら魔力無しだなどと世間に知られたくはなかったからだ。かといって殺すこともできぬ。古き仕来りによって命は保証されていた」


 佐藤はレデオンの言葉を思い出した。

“魔法が使えないこと、それこそが何よりの大罪”

 あれは彼が受けた扱い、エルフの国に根付いた考えから発せられた言葉だったのだ。


「尊い血を引き継ぎながら魔法人形一つ動かせないことでどれほどの扱いを受けたか。故に奴は成人の義を受けていない。……そなたらの世界では理解しがたいかもしれんな。わしらかしてもそなたらの世界は理解しがたい。魔法を扱えぬものが昼を堂々と歩き、国を治めているなど考えられんことだ」

 レニュは宮之守がどう反応したものか複雑な顔をしていることに気が付き、にかりと笑った。


「安心せい。こちらの常識を無理にこの世界にあてはめようとは思わぬ。だが内心は違うことを思っていることを知っておくと良いだろう」

 アレイが何かをレニュに囁こうと近寄ったが、レニュは手をそっと上げてそれを制止した。


「正直にありすぎるなと言いたいのであろう。だがわしは正直でありたい。エルフにとってもこれは新しい風を迎える絶好な機会なのだからな」

 アレイは静かに下がった。


「レデオンの事だが。奴はある時、禁術に手を出した。自らの境遇に耐えられなくなったのだろう。同じ立場であればわしも生まれを呪ったろうな……。奴は聖大樹城の根の深く。封じられた秘所より禁書を持ち出し、自分にかけた。その術のため、先ず自分の片耳を切り落とし、不完全な不死となった。そしての自分を産ませた父と、呪われた運命に産み落とした自らの母。そして当時、たまたま居合わせたわしの母を襲って殺し、三人の血を啜って禁術を完成させ、奴は完全な不死となった。あの赤い髪がその証拠だ。昔はわしと同じ金の髪色をしていたが、今やあれは呪われた血の色。まぁ、奴に流れる血は白く濁っておるがの」


 「不死、ですか」

宮之守は繰り返した。

「左様。喉を裂かれようが、体を両断されようが簡単には死なぬ」

「私達は先日の一件よりも前に、とある場所にてレデオンと戦っています。その時は確かに止めをさしたのですが死体安置所よりいかにしてか抜け出し、再び現れました」

「その時は本調子でなかっただけだろう。奴は時空の裂け目を通ってわしらの世界より他世界へ逃亡したが、有害な濃い魔力の中でもあの体なら可能だろう。だが負荷がかからぬわけではない。思い当たることはないか?」


「時空の裂け目の傍で遭遇しました。あの時は通って来たばかりだった。つまりそういう事なのですね」

「しかし、二度もレデオンと相対して生き残るか。わしの思った以上にそなたらの実力は確かなようだ」


 宮之守は顎に手を添えて考えていた。佐藤はそれを後ろから見て同じこと考えていることを悟った。二人だけではない隣にいるエリナも同じことを考えている。

「どのようにして倒すか。それが知りたいのだろう?」

「はい。ぜひそれを教えていただきたいのです」


 レニュはため息を付いて、手をくるりと回した。

「……現状がその答えだ」

「つまり、倒す方法はない、と」

 レニュは肩をすくめた。

「そうですか……。それとこの女性については何かご存じではありませんか?」

 宮之守がテーブルの上に一枚の写真を置いた。そこにはレデオンと灰色の女が映っている。

「この女性です」

 宮之守は灰色の女を指さした。

「知らぬ」

 レニュはきっぱりと言い切った。

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