目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第39話 宗主レニュは突然歌う

 小松は一人ラボにこもってサンプルを解析していた。

 試験官に入った少量の白い血液を分析器にかけ、薔薇園で採取した細胞と肉片を解析して得たデータを比較するためだ。


 一通りの試験を追え、ゴム手袋を外しラボを出る。

 廊下少しばかり進んだところには休憩室があり、小松は壁に手を滑らせながらするりと中へ入り流れるようにケトルへ水を入れ、スイッチを押す。湯が沸く様子を見ながらスマホを取り出して宮之守へ通話をかけた。


「室長、結果がでました。DNAは百パーセント一致。薔薇園で戦ったレデオンと先日のパレードに現れたレデオンはやっぱり同一人物っすね」

『そう……。体を両断されても復活できるのは奴の生得的なものか、それとも魔法?』


 小松はコーヒーを淹れながら軽快に答えた。

「たぶん魔法っすね。薔薇園で採取した血液も肉片も、先日に採取した細胞も死んだ細胞でした。あの状態から復活するなんて科学じゃ説明できないっすよ。ましてや生首で喋るなんて。そっちの分野はエリナさんの方が詳しいと思うっすけど。僕に分かるのはそんなとこです。そだ、試作品なんですけどさっき唐田さんにも見てもらってとりあえず渡してあるっす。また何か分かったら連絡しまっす」


 宮之守はスマホの通話を切ってポケットにしまい込んで窓の外を眺めた。

 ここはホテルの十階だ。眼下には海が広がり、湾を挟んでビル群が見える。


 エレベーター前に設けられた待合の広間で、静かなクラシック音楽が聞こえ、足元に敷き詰められたカーペットはベージュ色。ふわりと体重を受け止めて心地よく沈み込む。壁に等間隔に並ぶ間接照明が柔らかな光を空間に投げかけ高級感を演出していた。


 埋立地に作られたばかりのこのホテルにいる宿泊客に一般人の宿泊は現在は許可されていない。本格的にオープンするのはまだ少し先のことだ。

 このホテルの一フロアはある一組の客の為だけに全てが貸し切りになっている。宮之守はその唯一の宿泊客に用があった。エルフ達である。

 振り返ると待合のソファーの一つに、いつの間にかエリナが腕を組んで座っていた。


「いつからいたの? エリナって時々、忍者みたいに忍び寄るからドキッとするのよね」

 エリナは一瞬だけ、宮之守を見て目を瞑った。

「スマホが鳴ったところから」

 宮之守は眉毛を上げ、呆れた表情をしたがいつものことだと納得し向かいの椅子に深く座った。


「小松君はレデオンの異様な再生能力は魔法だっていうけどエリナはどう?」

「当然、魔法だろうな」

 エリナは目を開いた。ほんの僅かだが瞳が虹色に輝いている。

「あれは人の理を逸脱した外法。不愉快極まりない。しかしあのようなもの、なかなかあるものではない」


「エリナから見ても異様なものとはね」

「あたりまえだ。多少の再生能力や頑丈さは魔法によって得られる。だが限度がある。あれは限界を越えている。なにかしら代償があるかもしれん。どこかしらに歪をもたらすとして、もしかすればあの残虐さはそこからかもしれんな」

「理を外れた魔法のせいで精神はとっくに壊れているかもってこと?」

「ただの推測だ。あてにするな」

「そういえば佐藤さんは? 一緒に来るものと思っていたけど」

「少し海を見たいと言っていた。一人でな。時間までには連絡がくる」

「そう……」

「それと唐田だが、部下の何人かがやられた。そっちの手続きや整理を進めると言っていた」

「うん、聞いてる。でもエリナからも教えてくれてありがとね」

 封鎖部隊の何人かがやられた。遺体の損壊が激しいため、判別がつかず行方不明扱いになっている者もいる。


 宮之守が気がかりなことはもう一つあった。

 彼女が駆けつけた時、佐藤の顔は酷く疲れ切っていた。その顔は歴戦の戦士とは程遠いものだった。


 歴戦の戦士とは宮之守の評価だ。実際、その腕は確かで、相手の急所を的確に突く剣技と、どんな困難にも立ち向かう精神性は高いと考えていた。しかしそれは不安定な土台の上に辛うじてあるだけなのかもしれないとも考え始めていた。

 佐藤は全てを語りたがらない。知っているのは断片的なものだ。


 エリナのスマホが振るえた。

 画面には佐藤と表示されていたがエリナは通話に出るでもなくその場に魔法陣を展開させると、佐藤がのそのそと出てきた。その手にはいつも持っているはずの聖剣はなかった。


「音川は?」

 佐藤の顔に疲労感はない。

 彼自身、一般人から比べれば驚異的な回復能力を有しているが。宮之守は佐藤の顔を確認し、ささやかかだが安堵を覚えた。剣を持っていないことも違和感はあれど、面会することを思えば当然のことだ。


「まみちゃんは別室でエルフ語の翻訳作業中」

「魔法で通訳できるのに?」

「魔法が使えなきゃ話せないじゃないですか。それじゃ意味ないですからね。そろそろ時間だし行きましょうか」

 佐藤は静かに、だが硬い口調で問いかけた。

「エルフにレデオンの事を聞くんだよな」

「そのつもりです。必ず。まぁ、それだけじゃなくてこれからの警護計画についても話さないといけないので佐藤さんはとりあえずいてくれればいいですから」


 レデオンはエルフと何かしら関係がある。それは異世界生物侵入対策室全体の考えだ。

 薔薇園でレデオンが着ていた服とエルフ達の着ていた服は同じ色、同じ柄の祭服であった。さらに宗主レニュの耳飾りは同一のデザインであった。


 加えてレデオンは宗主に向けて話しかけている。『祝い』『親愛なる』という言葉をわざわざ用いて、協力者にそのためだけに時間を作ってもらったような口ぶりでもあった。


 謎の協力者、灰色の女。

 レデオンの傍に現れた人物であったが、レデオン同様にその足跡は途絶えたままだ。


「エルフ達に失礼のないようにね」

 佐藤から返事が返ってこないことに宮之守は尾根を寄せてあえてゆっくりと言い直した。

「失礼のないようにね」

「……わかってるよ」

「なら良し」


 佐藤たちは廊下の奥へと進み、一つの部屋の前で止まった。

 扉の傍にはガードマンがおり、宮之守は身分証を掲示した。ガードマンは三人をそれぞれ見て、エリナ見ると片方の眉を吊り上げた。

「情報通り、見た目は本当に子どもなんですね」

 エリナは腕を組んだままガードマンを不服そうに顔を見上げた。

「問題か?」

「いえ……」

 ガードマンは胸のマイク顔をよせ、傍にいても聞こえないほどの声量で中の同僚に呼びかけた。一拍おいてドアが開く。


「どうぞ」

「ふん」

 エリナはガードマンの横を通るさいに、さりげなく転送魔法を使ってゴミをポケットに滑りこませた。佐藤だけはそのことに気がづいた。


 三人は高級感あふれるスイートルームを奥へ進むと、窓際に立つ二人のエルフの姿があった。

 宗主レニュとその側近の一人のアレイだ。

 異世界の国の一つ、ツーナスを治めるエルフというだけあって、その佇まいは気品と風格、そして自信に溢れていた。


 二人とも中性的な顔立ちをしており、彼女あるいは彼とどちらで表現すべきか迷ってしまうほどだ。二人は窓の外を興味深そうに眺めている。好奇心に溢れ、あれやこれやと話していたようだ。しかしどこか地面を歩く人々を見るときの目は好奇心とは違う目をしていた。


 レニュは対策室に気が付き、振り返って爽やかな笑顔で彼らを迎えた。

 耳にぶら下った特徴的な耳飾りが一緒に揺れる。肩に落ちる赤い透かした光が踊るように揺れた。

 佐藤は耳飾りを注意深く見て、やはりレデオンが片方の耳に下げていたものと同じであることを確信した。


「お時間を作ってくださりありがとうございます。お会いできて光栄です。宗主レニュ様」

 宮之守が挨拶すると宗主は唐突に歌いだし、宮之守と佐藤はあっけにとられた。エリナは表情を変えず黙っている。

 宗主の澄んだ声のリズムからは葉の擦れる音と風の音が想起され生命力溢れる森が歌っているようだった。


 側近の一人、アレイがレニュにそっと耳打ちした。

「宗主様。言語が切り替わっておりません」

 レニュは目を丸くして驚き、呵々と笑った。

「……ごほん。どうだ? 言葉は通じておるか?」

「はい、大丈夫です。切り替わっております」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?