佐藤は初めて自分の剣技を呪った。
生きるため、身を守るために身につけた剣の技。二度の両親との別れを忘れようとひたすらに鍛錬を続けた技だ。鋭く、素早く。合わせて自分の中の魔法の才能が目覚めていった。
いつしか技術は王国に知れ渡り、魔法の才能と合わせ勇者と選ばれた。望んだ地位ではなかったが、戦うためだけでなく守るための剣として認めれたことは誇らしくあった。
佐藤は心血を注いで磨き上げた技術で守るべき人々を殺した。
屈辱と怒りが入り混じって、剣筋が鈍り、もはや一撃で楽にしてやれることすらできないほどに動揺していた。
レデオンは手を叩きながら笑っている様は見世物を楽しむ子どものようで隙だらけに見えた。
一件、油断しているようにも見えたが立ち回りは抜かりないもので、常に少し離れた安全な位置に陣取って戦況を俯瞰していた。
「見ているかい。レニュ。親愛なる我が故郷の宗主。これが僕からのお祝いだよ。遅れてしまってすまない」
剣を振りたくない心を押しつぶし強引に動かした。
助ける術がない。仕方がない。誰よりも魔法に長けたエリナが言いうのだ。たとえ嘘だったとしても今は信じよう。
佐藤は自分に言い聞かせた続けた。
無実の民へ振るわねばならない剣の重みと筋肉と骨を伝って腕を駆けあがる罪悪感と胸を締めつけられ、容赦なく心まで沁み込んでこようとも剣を振るう。
胸の奥が痛い。無数の小さな氷の針が刺さったかのようだ。
熱く燃えるような怒りと、冷たく暗い罪の意識が絡みついてる。もはやこの手に持っている剣は果たして聖剣といえるのだろうか。佐藤は自問した。
操られた最後の女の体から剣を引き抜く。女は佐藤の胸を掴みながら、ずるずると地面にくずおれた。口から細い息が漏れ、顔からは急速に生気が失われいき、悲しみと恐怖と涙にぬれた表情が残った。
佐藤とエリナの進んできた後には人々の亡骸が幾つも横たわっていた。剣はその血で濡れている。
佐藤の手は震えて剣へと伝わり、地面に触れてカタカタと音立てて嗚咽した。
怒り、悲しみ、恨み。無力感。それらが深く絡まって混ざり、敵意として佐藤の顔に浮かび上がっていた。
敵意以外に自分の内に渦巻く混沌とした感情を表出させるしか方法がなかった。敵意に自分の心を塗りつぶさねば罪の重さに潰れてしまう。
平和のためと言って殺すことを正当化できるほどに、エリナほどに割り切れる性格ではない。
レデオンの顔からは既に愉快そうな笑みは消えていたが、佐藤はその瞳の奥にある邪悪さが少しも消えていないことを見ていた。
「少し、派手にやりすぎたかな」
吐き捨てて言い放つレデオンの言葉に佐藤は踏み込みそうになるも、自分を抑えて留まった。どうしても聞きたいことがあったからだ。
「レデオン……」
続く言葉が出てこない。喉に栓をされたように詰まっている。
レデオンは頬を掻き、佐藤の続きの言葉を待ったが、しかし、なかなか出てこない。ついにしびれを切らし、少しばかり苛正しげに言った。
「何も無いなら行くけど。とりあえず一番の用事は済んだからね。いいかな? 君達を僕の中に加えるにはもう少し工夫がいりそうだ。……それに今日は疲れた」
佐藤は剣の柄を握りなおして強く力をいれ、空いた手で喉をさすって声を絞り出した。
「何故こんなことをした?」
やっとの思いで出したこえは皺枯れ、微かに震えていた。一字一句吐くごとに佐藤の目には手にかけた人々の顔が浮かんだ。
殺したのはおまえだ。おまえだ。
殺した人々がレデオンの背後に立ってそう言っているうに見えた。
半ば後ろを向きかけていたレデオンは振り返って、屈託のない笑顔で答えた。
「だって今日は宗主の。いや、レニュの華々しい舞台の日じゃないか。家族としてお祝いしなきゃいけないって思ってさ」
佐藤は目を伏せた。
敵を目の前にして視線をそらすのは命を捨てるに等しいが、眼前に浮かぶ人々の顔を見ていられなかった。
レデオンは佐藤の言葉に構わず、また佐藤の表情をみて興がのったらしい。車道を右に左に歩き出し、身振り手振りを付け加えて話し始めた。人の感情を逆なでするのは彼にとってそれだけ楽しいのだ。
「あいにく僕は家を追い出されちゃった身でさ。この通り、手持ちが少なくてね。花の一つでも送りたいところだけど。どうしたものか……。そこで家族思いの僕は考えた。どうすれば親愛なるレニュに祝いの気持ちを伝えられるか? そしたらちょうどいいのがわんさかいるじゃないか。魔力のない人間なんてどう扱っても構わない。すれ違いざまに少し種を撒いたらこのとおり、見事な木になってくれて―」
「もういい。やるぞ、エリナ」
エリナがレデオンの頭上から襲いかかった。
レデオンはエリナの振り下ろされた右拳を掌で打って逸らした。佐藤が距離をつめ、レデオンの腕を一太刀で切断した。
エリナは空中で体を捻って回し蹴りをレデオンの胴に打ち込み、レデオンの体がくの字に曲がって飛ばされた。
エリナは魔法陣を展開させる。場所はレデオンの飛ばされる先だ。レデオンが魔法陣の中心に入ったところでエリナは魔法陣を閉じた。魔法陣はレデオンの体を上下に切断した。
「アハハハハ! これくらじゃどうってことないって!」
道路の上を無様に転がって、半身を失いながらも平然と身を起こしてレデオンは甲高い笑い声を上げた。
エリナの足元のアスファルトが割れ、根の槍が突き出した。エリナは魔法陣を二つ展開させた。
一つは入り口兼盾として。もう一つは出口兼攻撃の射出口だ。魔法陣を通った槍は入り口を通って出口から射出されレデオンを突き刺した。
佐藤は腕を大きく振りかぶり鞘を投擲した。限界まで魔力を込められた鞘の破壊力はすさまじく、レデオンの肉を裂き、骨を砕いて体を貫き、突き刺さって道路の磔にした。
レデオンは白い血を吐きながら、尚も笑っている。
エリナは尾根を寄せた。
「こいつ、不死身か?」
「二人とも息が合ってて素晴らしいね。僕にやられた経験のお陰かな?」
「黙ってろ!!」
佐藤ががりがりと剣の先でアスファルトを引っ掻きながら振り上げた。
レデオンは根を地面から呼び出して盾にし、斬撃を受け止める。
佐藤は盾を殴りつけ、衝撃で生じた亀裂に剣を突き入れ強引に砕いてこじ開けた。
「アハハ! 怖い顔しているね」
隙間からレデオンはうすら笑いを浮かべた。佐藤は一刻も早くその笑い顔を消し去りたかった。
佐藤は獣のように唸り声をあげ、盾を破壊して剣を振り下ろした。剣はあっけないほどにレデオンの肉を切断し、切り離された首が白い血をまき散らしながらごろり路面を転がった。
主を失い制御を失った木の盾はその場でぐずぐずと崩れていく。
レデオンの表情は歪んだ笑顔のまま引きつって、濁った目には空が映りこんでいた。
佐藤は大きく肩を揺らした。
体の中を流れる魔力の全てに怒りが混ざりこんで、奔流となって理性と感情を揺さぶっている。荒くなった息は熱を帯びている。
「そこまでよ」
冷たく、落ち着いた声。しかし、言いようのない不安。恐れを感じさせる声が聞こえた。
声の主が、黒い手が剣を掴んで抑えている。
黒い手が佐藤の体にそっと触れ、佐藤の体が大きく弾き飛ばされた。
何が起きたのか分からない。激しく揺れ、回転する視界の中で直前に感じた衝撃波と、弾丸を打ち込まれたような痛みを感じた。ガードレールに背中を打ち付けられてようやく動きが止まったところで佐藤は素早く体を起こし、衝撃を受けた地点を見る。
レデオンの頭の傍に誰かが立っている。
魔力の塊。そうとしか形容のしようのない、辛うじて人の形をした影が立っていた。
影は次第に明るさを帯び、灰色になっていく。すらりとした手足、くびれた腰。女性らしい体のラインが浮かび上がっていった。
魔力の塊だったものは灰色のドレスを着た女性の姿を形作った。顔は灰色のベールに隠され伺えない。
ドレスは異質な触れ得ざる雰囲気を纏い、喪服のようであった。まるで全て生命に大して喪に服している。そう表現するのが近いように思えた。