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第36話 聖剣

 水風船の割れるような破裂音。

 SP達が止めていた人々が達が次々に体の内側より爆ぜて、凶悪な植物となっていく。


 周囲の人々はどこに逃げれば良いのかもわからず戸惑い。次の瞬間には隣にいた友人や家族が、禍々しい木となって死んでいった。

 歩道も車道も、止まって動けなくなった車も、全てが赤く染め上げられていた。


 顔に着いた臓物を必死に拭う人。貫かれながらなお息にがあり、虚ろな目で凄惨な光景を眺める人。

 理不尽な死が無秩序に肥大してあたりに撒き散らされていく。人々はなすすべもなく、怯えるしかなかった。次は自分かもしれない。とめどない恐怖心に突き動かされて走り回った。


 人が死んでいく。レデオンによって操られ、自由を奪われた人々が叫びを上げながら死んでいく。


 歪んだ木々が並ぶ様をレデオンは負満げに見ていた。

「逃げちゃったか。挑発にのってくると思ったのに。またあの女のせいで。これじゃぁ来た意味がないじゃないか」

 この光景を一番に見てほしかったエルフ達は早々に撤退した。レデオンはそれが不満だった。


 レデオンは気だるげに傍のガードレールに寄りかかる。

 一度、死んだ体を復活させ再生するにはそれなりの魔力を消費する。倦怠感がじわじわと表面化してきていた。


「レデオン!」

 佐藤の叫び声にレデオンが笑みを浮かべた。

 佐藤は操られた人々に手加減してなんとか耐えていた。鞘に入れたままの聖剣で押しのけ、防ぎ、爆発を避けた。

 助けを求める手を払いのけことは心苦しく、罪悪感にいにさいなまれながら人々を押し返し続けるほかなかった。

 佐藤のさらに後方にいるエリナも人々への対処に手を焼いていた。小刻みに転送魔法を駆使し翻弄することで手一杯の状況だった。

「君らには手加減しているよ。死なれたら困るからね。君らの力は僕がもらう。仲間になろう?」


「ふざけたことを! ただの民間人を武器として使うか! 誇りはないのか!」

 佐藤の怒りもレデオンは飄々としており届かない。

「誇り? ないよ。少なくともそこにいる人に対してはないね」レデオンは笑った。「ていうか、君の目の前で起こっていることが何よりも証拠だろう。吹き飛んでるんだからさぁ!」


 佐藤は背後から組みつかれ、続けざまに人々に四方から詰められて取り押さえられてしまった。

 人々は謝り、嘆き、そして助けてと懇願して、佐藤の体と心に人々の悲痛な思いが重しとなって積みあがった。


「魔法を解除しろ! この人達になんの罪がある?」

「罪……?」

 レデオンはわざとらしく首を傾げて言った。

「あるじゃないか罪なら充分に。君を押さえつけている人々の罪。罪状は魔法が使えないこと。それこそが何よりの大罪! 何もない空の器で蓋がされたままの虚しい器! そこへ僕が種を入れた! 人生の最後にその種が開く。ぱん!」

 佐藤の傍で人が破裂し、木となった。

「……こうして罪が解消される」


 それを見た操られた女の一人が悲鳴を上げた。

「嫌だ! 木になんてなりたくない! 死にたくなんてない!」

 レデオンが舌打ちすると女は口か血を吐いて糸の切れた人形のように硬い地面に倒れた。

「心臓を握りつぶした」

 レデオンは冷たく言い放った。

「うるさいのは嫌いさ。最後に魔法の媒介として死ぬなら栄誉ある死だけど。残念ながら彼女はそうならなかった」

 佐藤の全身の血が熱くなる。自分の体を燃やし尽くすかのよう劫火だが、心の芯のは暗く冷たく、鋭利な殺意が氷のようにしんとしている。


「一応、解除する方法ならあるよ」

「もったいぶってんじゃねぇ! 戦いたいなら俺がいれば充分だろう!」

 レデオンはガードレールに寄りかかったまま、赤い髪を弄りながら言った。

「殺せばいいんだよ。君のその自慢の剣で。彼らを殺せ。喉を掻き斬り、心臓を貫き、頭を砕け。仕込んだ魔法の種は死体であれば反応しない。それ以外に解除する方法はないよ。この僕でさえも」

「クズ野郎が! 外道が!」


 レデオンは言葉を返さず、ゆっくりと歩き始めた。

 佐藤の言葉などもはや聞いていない。佐藤を殺すことを考えている。彼にとっての仲間になるとはそう言う事なのだ。殺して力を奪う。

 地面から木の根の槍を呼び出して掴みとった。この槍で対象の心臓を一突きにすれば、侵入した根がその者の力を奪い自分のものにできる。


 レデオンの目は佐藤に向けられていながら見ていなかった。

 思考は既にその先の事へ向けられている。佐藤の力を奪い、次はエリナの力を取り込み、さらに先のことへ思いを馳せていた。

 レニュの事を考えていた。

 彼女の座っている席こそが自分に相応しいものであり、そのためには強さが必要だ。有無を言わさぬ圧倒的な力こそが、宗主の席に座るには必要だ。


 佐藤は藻掻いたが、折り重なった人々はさらに佐藤を押さえつけた。

 レデオンが槍が突く寸前。操られた人々は男も女も口から熱い血液を漏らして倒れ、レデオンは異変を察知して寸でのところで手を止めた。


 佐藤は体を押さえつける力が無くなったことを瞬時に感じ取ると、人々を跳ねのけて飛び出し、聖剣を抜き放ってレデオンの心臓を一突きにした。

 佐藤はレデオンと顔を突き合わせ、怒りをぶつけた。

「殺したのか! お前が!」

 佐藤を抑え込んでいた人々は死んだ。理由など知りたくもなかった。


 レデオンは口から白い血を溢し、心臓を貫かれた激痛があるにもかかわらず、掠れた声でニヤリと笑いながら言った。

「今のは……僕じゃ、ない!」

 レデオンは佐藤の背後へ視線を移した。おまえも見てみろと、悪意で濁った眼を細めた。

「君だろう? 銀の君……彼らを殺したのは」

 佐藤は銀の君という言葉に思わず背後を見てしまった。

 目の前に敵がいるにも関わず、目を向けずはいられなかった。そこには虹色に目を輝かせたエリナが立っていた。


「おまえが?」

「そいつのいう通りだ。他に方法がない事は我も感じ取っていた」

 エリナは目の前から姿を消し、瞬時に佐藤の背後に立つと襟首を掴んで背後に投げ飛ばした。直後、レデオンは人を操って駆けよらせ自分もろとも爆散させた。


 レデオンは自分の作り出した木に貫かれ、血塗れの真っ赤な顔で声を裏返らせて笑った。

「恐れ入ったよ! それしか方法がないと言っても躊躇なくできるその判断力!」

 木がうごめかせ、レデオンは体から鋭利な枝を引き抜いて地面にぐらりと降り立った。


 佐藤は目を見開き声を震わせた。

「おまえ! 女神だろうが!? その魔力でなんとかできるだろ!」

「できない。できなから殺した」

 レデオンが土中より木の根の槍を無数に出現させた。まるで地面の下に巨大な何かがいるように、路面を破壊しながら突き進み迫って来る。

 エリナは佐藤を転送魔法でさらに後方に下がらせた。

「そこで見ていろ。戦いに躊躇する者はこの場には不用だ」


 佐藤はすぐさま立ち上がってエリナに加勢に向かおうとして、腕が震えていることに気が付いた。


 怒りだ。


 自分の感情を飲み込むほどの爆発的な大きさを持った怒りが体中を駆け巡っている。

 エリナの判断は間違っていない。しかし、それを正しいと佐藤は言いたくなかった。エリナは合理的に決断した。より多くの命を助けるためには操られた人々を切り捨てでもレデオンを倒さねばならないと考えたのだ。佐藤も頭では理解できているが、受け入れ実際に実行することは別だ。


 心は拒否している。

 手に持っている聖剣は人に仇名す存在を討つためのものであって、人を斬るためのものでは断じてない。勇者とは人を守るための存在だ。聖剣の光はそのためのものではないのか?


 佐藤は一歩踏み出した。柄を手に食い込むほどの力で握りなおした。

 エリナが戦っている。戦いに加わらなければ。

 足が重い。腕が重い。息が荒くなっていく。


 かつて異世界でリザードマンと戦ったとき、奴らは捕まえた兵士や攫った人々の手足を切り落として背負い、即席の兵糧とした。おぞましいく、身の毛のよだつ光景だった。

 一つの戦いのあと佐藤は一人一人、その心臓をついて周った。止めをさして楽にしてやるためにだ。

 これはあの時と同じだ。彼らの為だ。レデオンに操られ、死に怯え、爆弾として生を終えるよりはずっといい。他人の命を奪う武器になどさせたくない。これより振るう剣は慈悲の刃なのだ。


 操られた人々は、パレードにいたどれほどの人数が変えられてしまったのか分からないが、路上と歩道に根を広げた赤く濡れた木々の数だけいる。魔法の発動に巻き込まれた人々を加えればさらに増える。


「死にたくない! 助けて! 体が―」

 佐藤は駆け寄ってきた男の喉を剣で素早く突き刺した。

 その瞬間、体は自由を取り戻し、男は自由になった手で首を抑え、血を吐きながら倒れた。


 喉ではダメだ。もっと楽にしてやるするには心臓を。


 女が泣きながら走りこんできたのでその心臓に剣を突き入れ、軽く捻りながら引き抜いた。心臓を破壊される苦痛はどのようなものか想像もつかない。だが、喉を貫かれるよりは短い。きっとそうだ。そうに違いない。佐藤は自分に言い聞かせた。


 レデオンは軍団を指揮する将軍のように堂々と手をあげ、振り下ろした。

 弓なりのカーブの向こうにはまだ操られた人々がいて、歩き出し、ゆっくりとスピードを上げて走り出した。その人たちの悲鳴が近づいてくる。


 佐藤も合わせて走り出した。ここで食い止めなけらばどうなるだろうかを考えた。

 いつだったかエリナに連れられて行ったアイスクリーム店の店員。その人も死ぬかもしれない。墓参りで訪れた老婆がその命をまっとうできずに終わるかもしれない。

 仲間の誰かが死ぬかもしれない。音川か、小松か、それか西島か。一番可能性が高いのは唐田と、それに宮之守か……。佐藤は殺しながら考えた。


 続けざまに心臓を突き刺し、三人殺した。

 意識のあるうちに自分が変質してぼろ雑巾のように、四肢と内臓を散らして死んぬよりはるかに良い。レデオンの残虐な行いの犠牲者をこれ以上増やしてはならない。


 また一人殺した。倒れ込みながら脱力しきった手が佐藤の服の掴み損ねて、滑りながら落ちていった。

 恨みの言葉と命乞いの声を受けながら淡々と殺していった。

 いつの間にかエリナと佐藤は並び立っていた。走りこんでくる人々を男も女も等しく殺した。


 レデオンはよほどその様子が愉快なようだが、抜かりなく常に優位な位置に立って人々を走らせたがそれも終わった。

「在庫がつきそうだ」


 ようやくレデオンの姿が再びはっきりと見えたころには、佐藤の服は赤黒く塗りつぶされて、剣から滴る血が、小さな血だまりを作るほどになっていた。


 若者が佐藤へと走りこんでくる。佐藤よりもずっと若い。

 エリナの瞳の奥で見た世界の渦での子どもの姿と重なったが、佐藤はそれを振り払い、心臓を一突きにした。


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