目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第35話 風船の音

 エリナの報告では民間人が車道に飛び出してきたという事だった。

 数メートル先を白バイに跨った警官が扇動しているはずだが、道路は大きく弓なりにカーブし、沿道の人垣が遮って様子を伺うことはできない。

 車列のスピードがゆっくりとなった。


「警備を振り払って入ろうとしている。見えるか?」

 佐藤は場所を変え様子を伺った。

「見えた。SPと警官が既に対応中だが……」


 佐藤はふと右に意識を向けた。

 何者かがガードレールを乗り越え、車道へと侵入を試みていた。そばにいた別のSPが素早く動く、入り込もうとする男の胸に手をかざして侵入を阻んだ。

「止まって。歩道に戻ってください」

「体が! 体がいうことを聞かないんです!」


 男の顔は鬼気迫って、声は震えていた。

「いいから戻って」

「戻りたくても体が動いてしまうんですよ!」

 SPの制止を振り切ろうと男は藻掻いた。

「手伝った方がいいか?」

 佐藤の質問に宮之守はきっぱりと答えた。

「今は護衛対象から離れないで」


 宮之守の指示に佐藤は踏みとどまる。

 何か伝えるべき違和感があると思ったものの、それを言語化するに足る情報が不足していた。

 エルフは車上から静かに人々を見ていた。傍にいる首相はあたりを伺い、SPが傍に駆け寄った。


「止まって! 止まりなさい!!」

 落ち着いた声であったSP達が大声を出し始めた。

 何事かと見ると、他の場所からも数人が人の合間を縫って次々と侵入してきていた。一人、また一人と増えていく。

 その表情は皆困惑していおり、口々に体の自由が聞かないことを訴えている。


 ただの野次馬などではない。

 漂う違和感にその場の全員が気が付き始めた。

 宮之守は落ち着きのある、かつ危機感のこもった声でエルフの乗る車の運転手に呼びかけた。

「車列を急がせて。ここは危ない」

「動けたら動いてますよ」

 宮之守は後方を確認し、小松に車をターンして下がらせる指示を出した。

「今後ろを開けるように指示しました。警官も合わせて動いてます」


 そのとき共通無線に音声が流れた。

『先頭の警官が負傷。不審者が暴れている模様』

 ほぼ同時にパレードの車列が動きを止め、騒ぎに群衆がどよめいた。

 カーブの先から人々が現れた。道路を塞いでこちはへ進んできている。

「デモ隊? プラカードも無しに」

 宮之守の呟きを佐藤はすぐさま否定した。

「違う。デモ隊なんかじゃない」


 佐藤は集団の先頭に立つ人物の不吉な笑顔を見た。

 フードを被っているがそれが何者か佐藤にはすぐに分かった。間近で剣を打ちこみ、斬り倒したはずの顔を忘れるわけがなかった。

「なんで生きていやがる……」

 先頭に立った何者かはフードをどけ、特徴的な赤い髪が曝された。

「……レデオン」


 山中の戦いにて佐藤の振り下ろした聖剣はレデオンの肩口から入り、確かに胴を縦に切断した。

 戦いの記憶と聖剣の柄を握る感触。目の前に立つレデオンの顔は当時の確かな手ごたえを呼び起すに充分な刺激であったが、悠然と立つ姿に記憶が不確になったような嫌な感覚があった。


 レデオンも佐藤に気が付き、微笑み。目を細めて車の上に立つエルフ達に無邪気に笑いかけ、わざとらしいまでに声を張り上げた。

「久しぶりじゃないか! 僕がいなくなった後はどうしていたかな? 寂しくなかったかい?」

 エルフの長、宗主レニュはレデオンの言葉に不快感をあらわにした。

 宮之守が安全のため移動するよう呼びかけるが返事はない。


 佐藤は聖剣に巻かれた布を素早く解いて刀身を抜き放った。

 どうして生きているか。何故この場に現れたか。それは分からない。だが、いずれにしてもレデオンは危険だ。

 走り出そうとした佐藤の服を何者かが掴んで抑えた。SPの制止を振り切った侵入者の一人が佐藤に掴みかかってきた。

「何をしてる! 離せ!」

「ごめんなさい! ごめんなさい! 体が勝手に動いて!」

 佐藤の服を掴む男は困惑し涙ながらに言った。


 レデオンは両手をあげ、それからうやうやしく頭を下げた。

「親愛なる宗主へ祝いの花を―」

「今すぐ解散しなさい!」

 レデオンの言葉を遮ぎってSPが駆け寄った。

「ちっ! 邪魔だな」

 レデオンは吐き捨て、そして指を鳴らした。

 横から走ってきた女が泣きながらSPに掴みかかった。

「魔法を使えないクズが。……順序がかわってしまったじゃないか」


 女の体が突然、内側から裂けて爆ぜ、SPに無数の突起物突き刺さった。


 体の内側から無数の木の槍が飛び出し、すぐそばのSPもろともズタズタに貫いてしまった。

 木は急速に成長して強固な根をアスファルトに食い込ませ、女の爆ぜた跡には肉片と骨が絡みつく人一人程の大きさの歪な木が生えていた。枝の先には二人の頭部がぶら下っている。


 一瞬の静寂ののち、誰かが恐怖の叫びを上げてそれを切り裂いた。民衆がパニックを起こし、我先にと逃げ始めた。

「さぁ。もっといこうか!」

 レデオンは指をさらに鳴らした。


 パチン、パチンと指を弾くたびに悲鳴が起こった。

 SPが組み伏せていた人々が突き次に爆ぜて赤い木が出現し、濃灰色のアスファルトが赤く塗りつぶされていく。

 侵入者はレデオンによって自由を奪われた人だった。植え付けられた植物の魔法によって筋肉と神経を操られた肉と木の爆弾と化していた。

 爆発は車道側だけではなく、歩道側でも起きている。群衆の合間から大きな水風船の割れるような音と共に木が出現し、周囲の人を貫いて巻き添えにしてく。


 佐藤に組みついていた男が震え始めた。

 男は自分の置かれた状況を理解して佐藤に絶望の表情をみせ、何かを言い残す間もなく爆ぜた。

 佐藤はなんとか防御姿勢をとり、飛び出した木の枝の槍の攻撃を凌いだ。

 顔にかかった血を拭うとさっきまで目の前にいたはずの男は木となっており、枝の先端にはぽっかりと口を開けた男の首がぶら下っていた。


 裂けた皮膚と肉と骨の間から飛び出した木の枝は鋭く、赤く染まっている。引きづりだされた内臓は太陽の光によってぬめった光を反射している。

 共通無線には狼狽える声と、断末魔が流れていた。

 佐藤は聖剣を構えたが、レデオンの方へ進むことを躊躇した。

 幾人もの人々が進む先に立って行く手を阻んでいるのだ。人の壁が出来上がって、慄き、怯える声がレデオンの指揮の下で重なっている。

「くそったれが!」

 佐藤は声を張り上げた。


 エルフ達は手をあげ、六体のそれぞれの護衛の人形に指示を出した。

 人形たちは忠実に動き、車両に近づく人々をことごとく跳ね飛ばす。

「あー、即席の人形だと魔法人形相手は厳しいよね」

 レデオンは玩具同士の対決を見るような口調で言った。

「狙いを絞るか……」

 操られた人々が一体の人形に一斉に向かっていく。

 人形はあっというまに取り囲まれ、人の体が弾けた。人形は破壊され、血と肉と骨が雨となって降り注ぎ、エルフは不快そうに袖で頭を覆った。


 エルフ達の乗る車の運転手の傍に一人の男がすり抜けて近づいて爆散し、男の体から生じた無数の枝に運転手は体を貫かれて絶命した。

 宮之守はエルフ達に叫ぶ。この場から移動させなくてはならない。首相はすでに移動している。後はエルフだけだが、彼らはここで戦うつもりのようだ。宮之守はそれを止めるよう説得する。

「戦ってはダメです。ここは私達に任せてください!」


 エルフの実力は分かっているがレデオンとの関係性は不明のまま……。だが少なくとも命を狙われていると考えれば近づかせるわけには行かない。

 それにこの様子は全世界にも見られているのだ。緊急事態に直面して賓客を守るどころか賓客から守られるなどという姿を各国に見られるのはマズイ。

 宮之守は不可視の拘束魔法をあたりに張り巡らせて操られた人々の動きを封じた。

「今のうちにお下がりください! あなた方には指一本でも触れさせません!」


 宮之守の拘束魔法を目にして宗主レニュは目を輝かせた。

 彼女の魔法の実力はエルフ達にとってはそれだけで充分な説得の理由なった。

「そなたの心遣いと卓越した魔法に敬意を払い、指示に従う。案内せい」

 レニュは人が無残に死ぬ混乱の最中であっても落ち着き、冷静さに溢れる声で答えた。

「感謝します! エリナ!」

 車の周囲に魔法陣が展開された。エリナが宮之守の傍に立っていた。


「エリナは宗主を安全なところへ」

「分かった。宮之守はどうする」

「私は佐藤さんのところへ……」

 宮之守の言葉をレニュが素早く遮った。

「そなたはわしらと共に来い。そなたに興味が湧いた」

 言葉を詰まらせる宮之守に構わずレニュは続けた。

「でなければ移動しない」

 宮之守は佐藤を見た。

 操られた人々をなんとか抑え込んでいるが、それにも限度ある。

「早く、決断するのだ」

「では安全が確保されたと感じられる場所までお供します。それからこちらに戻ります」

 レニュは宮之守の返答に満足したのか、大様に頷いた。

「エリナ、私ごと送って。あとは任せた」

 エリナはうなづいて転送魔法を発動させた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?