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第33話 エルフ達

 異世界リーイェルフからの民、エルフ達はにこやかに手を振って歓声に応えた。

 ツーナスという国の伝統ある祭服に身を包み、海からの風に吹き流された金の長髪は夕日の水面のように美しく輝き、髪の間から覗かせるとがった耳はひときわ人々の視線を惹きつけた。


 首相と並んでカメラに映る姿を見ても多くの人にとっては今だに夢のような、現実味のない光景だった。

 SNSにはリアルタイムに合成されたフェイクを疑う声や良くできたジョークだと言う意見が流れていく。


 現実に起きている事であっても画面一つ、写真一つ挟んだだけで、遠い世界のことだ。

 巨大な裂け目の出現以降、異世界の存在が知られてはいても多くの人にとってはこれがファーストコンタクトであり虚構だ。


 リーイェルフという世界の名も、ツーナスという国名もこうして画面の向こうにあるうちはまだファンタジーの域を出ない。まだしばらくは現実感は伴わないだろう。

 国交と貿易が進み、店先でエルフ由来の商品を手に取って初めて少しずつ現実は更新されていく。いずれは双方の世界に人々が行き来するだろうが、それはまだ当分先のことだ。


 異世界帰りの佐藤にとっては目まぐるしい変化だ。

 ついこの間まで異世界の酒場で酒につぶれていた自分が地球にもどってからは日本の為に剣を振るっていた。それが今やこうして異世界からやってくる異邦人を迎えるなど想像もできなかったことだ。


 来訪者のリストに載っている重要人物の名は三名だ。

 宗主レニュ・ミーアス・ジュ・デ。部下にあたるアレイ・シンジニー・シュリウ。そしてイン・ギリン・マウが付き従い。背後には六名の護衛を伴っている。

 レニュというエルフ。佐藤の傷を癒したまさにその人物であった。お忍びで来日していた時のようなキャップは被っていないが顔立ちから間近でみた佐藤には判別できた。他二名はについてもあの場にいたエルフで間違いない。


 佐藤は困惑していた。

 護衛という立場上、表情には出さないものの、それは隣にいる宮之守と音川も同じであり、対策室の全員が共有している感覚でもあった。


 スクランブル交差点での戦いでは彼らが加勢に加わったことで戦況を変えるに至った。

 優れた魔法の使い手であって、友好的な姿勢は信頼に値する。はずであった、この瞬間までは。

「あの服、どういうことだ?」

 佐藤は小さく呟いた。

 佐藤の脳裏に浮かび上がる疑念。エルフは友好的な存在かどうかという思いに疑問を抱かずにはいられなかった。


 エルフの服装は質素に思わせつつも、爽やかで神聖さを漂わせる。長い袖に隠された手と、わずかに見える足先はミステリアスさを醸し出している。

 白い上着に刺繍で描かれた金の花は太陽光で煌めき。幅の広い袴のようにゆったりとした装いは黒い生地で作られ、白い糸で縫われた葉の刺繍が鮮やかに浮かび上がっている。


「あいつと同じじゃないか」

 レデオン。エルフ達の着ている祭服は山中で遭遇し戦った異世界人とまったく同じものだったのだ。

「ええ。あの耳飾りまで同じなんて」

 宮之守のいう耳飾りとはエルフ達の中央に立つ人物の右耳につけられたものだ。

 レニュ・ミーアス・ジュ・デ。宗主という最高位の肩書を持ち、今回の最重要人物とされる彼女の右耳にある赤い耳飾り、零れ落ちる水滴のような形のあれはレデオンがつけていた物とまったく同じであった。

 違う点を上げるとすればレデオンのように宗主レニュは花冠を被っていないことだ。


 佐藤はインカムに指を当ててエリナに呼びかけた、確かめたいことがあった。

「エリナ。おまえにはあの六人の護衛はどうみえる?」

 佐藤はインカムに指を当ててエリナに小声で呼びかけた。

 エルフ達に付き従う護衛達は眼深く被ったフードで顔は見えない。腕は袖で隠し、静々とした手足の運び方、体の重心の移動。動作の一つ一つに生物らしい揺らぎがなく、一見すれば連綿と続いてきた儀式と伝統、鍛錬の成果による洗練された動作と見ることができよう。


 規則的すぎる。佐藤はそう感じていた。異世界の人間であっても生物である以上、絶えず体は無意識に緊張と弛緩を繰り返すはずだが、六人の護衛からは感じられない。人ではなしえない雰囲気を醸し出している。剣を構え多くの戦士とまみえてきた佐藤の長年の経験による感覚が違和感を覚えさせていた。


『ふむ、具体的に言え』

 エリナは離れた海岸線の道路に止められた作戦指揮車の中から会場の様子をアイスクリームを食べながらうかがっていた。車両はこの後のパレードの車列に合流するのにちょうどよい位置にある。


 普段の白を基調とした服から黒い制服に着替え、肩まで伸びた髪をお団子にしてまとめていた。

 エリナはその容姿だけで嫌でも目立ってしまう。先日の事件以降、拡散された動画にはエリナを映したものも少なくない。エリナがいることによって余計な注目を向けるようなことは必要ないとの判断で待機を車内で待機することとなっていた。


「なんかこう……あんだろ。変なとこがよ。人っぽくないっていうか」

『生物であるかどうかであれば答えは否』

 エリナはモニターに映るエルフとその護衛を交互に見て結論を述べた。

『おおかた人形であろうな。流れる魔力の特徴が先日のあれと同じだ』

「デカい人形か」

『そうだ。頭部より流入した魔力が胴体、手足の末端へ向かって流れている様子。その魔力の出所と供給源はあのエルフ達だ。一人で二体操っているな。器用なことだ。命令を受けて半自動で動く人形、といったところだ』

 レデオンは多くのマンドラゴラを同時に幾つも操っていた。数こそ違うが共通する要素の一つと言えた。


「大きさが違うが同じ物か?」

『さてな』エリナはスナック菓子の袋を裂きながら続けた。『エルフは魔術に長けると聞く。大きさも操れるのかもしれんが、この位置からでは判別できん。いずれにしろ頭を潰せば止められるだろうな』

「そういうとこまでレデオンと同じかよ」


 レデオンの操るマンドラゴラは頭部の花より魔力を受けて動いていた。奴らは頭を破壊されるとその回復能力が阻害されることも分かっている。

 佐藤とエリナの会話を聞いている音川達それぞれにも疑念が蓄積されていった。

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