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第26話 決着。横顔。

 赤と白の薔薇の花弁が火の粉とともに舞い、黒煙と激しい炎に包まれ燃え上がるマンドラゴラを背にして佐藤は立っていた。

 埃と土に塗れたジャケットを脱ぎ捨て、シャツのボタンを外し、緩める。


 レデオンは傍にマンドラゴラを呼び出し、防御陣形で隙の無い構えを取って、冷たい目それを見ていた。

 宮之守は体を低くし、連接棍を斜めに構えて、防御にも攻撃にも備えた姿勢をとりなが隙を伺っている。迂闊に飛び込めば触手にからめとられる危険がある。


「ふう……暑いな、ここは」佐藤はぼやいて、肩を回し、その場で小さく跳ねた。「覚悟しろよ」身を屈め、地面を蹴って突撃を開始する。

 花弁を散らせながら、距離を詰めるべく疾走する。宮之守も合わせて駆けた。

 レデオンは左手をくるりと回す。地面より触手が這い出て、鞭となって狂暴にうねって打ち付ける。佐藤は体を捻り、躱し、切断する。


 宮之守が接近し、連接棍を横に薙ぐが、マンドラゴラが間に割り込み、体で受け止めた。

「下がれ。女」

 地面から無数の槍が突出し、宮之守はバク転してこれを回避、後退した。切れた黒髪が数本、はらりと散る。

 バク転からの着地地点、宮之守の周囲からマンドラゴラが這い出て彼女を取り囲む。

 レデオンは後退する場所を予想し、罠として配置していた。マンドラゴラのその体には魔力が滾り、これまでの個体とは違う強さを持っていることを宮之守は見抜く。


「ほんと、鬱陶しい」

 付け爪、黒爪は左手の残り五枚。大技を出すには相手の手の内が読めない現状では得策ではないだろう。

 それでも宮之守は不敵な笑みを浮かべ、連接棍を振るった。どんな状況でも笑みを絶やさぬこと。相手に心理を読ませぬこと。強く振舞い、戦う。

 遠心力を活かした打撃を受け、マンドラゴラの破片が舞い散った。


 レデオンの視線が僅かに逸れた隙に佐藤は急接近を果たす。剣の間合いだ。聖剣を振り下ろしたがレデオンは横に避け、剣が地面を穿つ。

「分断とか! 面倒なことをする!」

 剣を下から上へ振り上げる。太い触手が伸び、剣が止まる。

「二対一。そんなの、アハハ! 素直に応じると? だって、面倒でしょ?」

「はは! 確かにな!」

 レデオンは距離を詰められることを嫌い、離れようと動いた。手を横に薙ぎ、四方から触手が伸びる。


 佐藤は回転し薙ぎ払う。

「捕まえようってか! 二度と食らうかよ!」

 迫りくる触手の合間を文字通り抜け、斬り抜けて突きを放つ。レデオンは顔を逸らし剣の腹を掌で打って軌道をずらす。花冠から花弁がこぼれて落ち、聖剣にレデオンの顔が映りこんだ。


 佐藤は腕に、足に力を巡らせ、魔力と血液が熱く滾る。聖剣が強く光輝き閃光を放った。

「くっ!!」

 目を潰されてレデオンはよろけ、でたらめに腕を振るった。地面から無数の根の槍が飛び出す。佐藤は狙いの定まっていない攻撃に当たるようなへまはしない。逆に根を踏みつけて利用し高く飛び上がる。

 レデオンの視界が回復する。

 元より閃光で長時間動きを制限できるなど佐藤は考えていない。ほんの数瞬でいい。僅かな間隙をつければよい。頭から腹へ、両断するため剣を構えた。


「おらぁぁぁぁ!!」

「上か!」

 佐藤の声を聞いてレデオンは木の壁を作り出し、佐藤の剣は弾かれた。

「甘かったね」

 壁から無数の槍が突出して佐藤を狙う。木でできた盾と槍のファランクスが完成していた。


 佐藤を狙う心臓への一突きを弾き、頭を逸らし、体を捻って攻撃を防ぐ。

 槍が波状攻撃となって襲い来る。無数の槍にうち一つを佐藤は打ち漏らし、左腕を貫く。レデオンは木の大盾越しに、その手ごたえを得る。感覚共有から佐藤の肉の熱と血を味わった。

「この血はまた、銀の君とは違う……」

 濃い魔力の流れる血にレデオンの目は輝き、内から湧きだす好奇心と嗜虐心に酔った。

「戦士の君もなかなかいいじゃないか。……気に入ったよ」

 佐藤は槍を切断し、引き抜いて投げ捨てる。


「気色悪いな」

 佐藤は吐き捨てるように言った。

「銀の君と戦士の君。二人で僕のとこにこない? 来るよね?」

 レデオンが木の壁に穴を作り出しそこから顔を覗かせた。無邪気に顔を傾げ、耳飾りが揺れる。

「あぁ? 何言ってんだお前?」

「君たちみたいな強い魔力を持っている人達に一度に出会えるなんて僕はなんて運が良いのかなぁ。興奮するなぁ、もっといろいろな魔法を使えるようになるなんて、ワクワクするなぁ」

「お前、何言ってるかわかんねぇし。一人でペラペラ喋ってんじゃねぇぞ!」

 佐藤は穴に目掛けて剣を刺した。

「ざぁんねん」

 穴は閉じ、剣を捉える。


「クソが!」

「戦闘センスはなかなかだけど、すこし抜けてるよね。君さぁ。怒りやすくて御しやすい」

「うっせぇぞ片耳が!」

 レデオンは下を向き、鋭く、唸るような声を出した。

「また、それを言うんだ……」

 佐藤は剣を引き抜こうとするが、がっちりと掴まれ動かない。

 根が地中より無数の触手が飛び出し、武器の形へ変化していく。剣、斧、槍、大槌が形成されていた。

「いいよ! 君も銀の君も、ついでにあの黒い女も! 手足切り落として僕の物にする!!」

 木の根の武器が一斉に襲い掛かる。


「離れて!!」

 叫び後に反応して、佐藤は剣から手を放し、後方へと素早く飛びのいた。

「黒爪! 四枚使用!!」

 レデオンの姿を禍々しい黒い霧が覆い隠し、直後、黒い爆炎となって燃え上がった!

 レデオンは黒い炎の隙間から、手をかざして立っている宮之守を睨みつけた。

「女ぁ! おまえぇぇ!」

 レデオンは燃えながら、憤激し、神経質な癇癪声を上げた。

「私の部下なんで、引き抜かれちゃうと困るんですよね」

 宮之守のその背後では燃えつきたマンドラゴラ達が黒い炎と煙に包まれていた。

 レデオンは全身を黒い炎に包まれながらも激怒し、宮之守を尚も睨みつけている。

「殺す! お前は絶対に殺す! 邪魔する奴なんて、いらない!!」


「やばい上司は宮之守で充分」

 佐藤は身を屈め、空を見た。爆発によって空中に打ち上げられた聖剣が回転し、太陽の光を反射していた。聖剣を掴むために、魔力を滾らせて跳躍した。

 レデオンは激痛に意識を裂かれながらも、佐藤へ向けて触手を伸ばした。宮之守から感じる魔力は弱くなっている。一番の脅威は佐藤だ。


「させない!」

 宮之守が連接棍を伸ばし、触手を打ち払って砕き。そしてレデオンを拘束した。

「どこまでも邪魔を!」

 レデオンは怒りに絶叫する。

 宮之守はわざとらしく微笑んで見せた。


 佐藤は聖剣を掴みとる。

「これで、終わりだ!」

 自由落下から燃えるレデオンに剣を振り下ろした。聖剣が地面を抉って止まり、白い血が、剣を伝って落ちる。

 右肩入った刃は肉と骨を切断し、下腹部を通り抜け、レデオンは左右に切断されて力なく倒れた。

 佐藤は血振るいして剣を収め、長く細く息を吐きだした。


 佐藤はどかりとその場に座り、解けた緊張と疲労による解放感を味わった。

『マンドラゴラの活動が止まりました。山頂付近にいたものが次々に消えていきます』

 音川のマイクは背後ではしゃぐ西島の声を拾い、小松の歓声がインカムのスピーカーに混ざり合う。音川は静かにするよう窘めたがその声もまた安堵に染まっていた。

 勝利に沸く音声を聞きながら佐藤は小さく笑った。意外なほどに今の場所が心地よい空間だと感じ始めていた。


 ふと宮之守の方を見ると落ち着いた表情で、レデオンの死体回収のための手配や、薔薇園の現状復旧に向けて動き始めていた。

 エリナ曰く、宮之守は異世界からの脅威が一般人に知られ、それが悪感情を抱くことにつながってしまうこと、異世界交流に障害となることを懸念しているらしい。彼女は常に先のことを見ているのだろう。


 佐藤は周囲を見回した。今回はだいぶ派手に暴れた。

 ボロボロとなってしまった薔薇達。穴だらけの地面。焦げた木々、爆風のあと。幸い、湿気が多いためか、木々の延焼はごく一部にとどまっていた。

 ここの管理者には何と説明するのだろう。淡々と作業を進めていくなかで宮之守の顔に時折見えるのはなんだろうか。


 少しも勝利に喜ぶでもなく、仕事を進めていくのは不安や焦りを打ち払うためのように見えた。レデオンの死体を見下ろすとき、死体ではなく何か別のものを見ているように佐藤には思えた。そしてその顔にどこか見覚えがあることに気が付く。だが、どこで会ったのかが思い出せない。


「なんですか? 人の顔をそんなに見て」

 佐藤の視線にいつからか気づいていたのだろう、宮之守は目を細め、悪戯な笑みを浮かべた。先ほどまでの冷静な顔を覆い隠すように、それでいてどこかあどけなさのあるいつもの顔だ。その顔に少し安堵する気持ちもあることに佐藤自身は気づいていなかった。


「んあ? いや……なんでもねぇよ。忙しそうだと思った。それだけだ」

「へぇー。なんだか何か言いたそうなぁ。そうでもないような?」

 宮之守のからかうような顔。

 やはり鬱陶しい。さっきのはきっと気のせいだと佐藤は思うことにした。

 結局のところ指示に従い、対象を倒す。自分に求められていることころはそこなのだと。そのくらいの距離でいいんだ。そう、心を取り繕うことにした。


「お前達……我の事を忘れていないか?」

「エリナ!」

 聞きなれた声に、気の抜けた佐藤と宮之守が体と強張らせた。

「おう、エリナ! 無事で良かった! 体はもういいのか?」

「しらじらしい」

 あまりにもわざとらしい態度にエリナは無表情だが、冷たく佐藤を見下ろす。

「ふん。体はこの通り、妨害を受けなければすぐに治る」

 服に空いた大穴から見える肌は傷一つない綺麗な状態であり、エリナが倒れる光景を見ていなければ信じられないほどの回復ぶりだ。

「服が汚れてしまった」

「エリナは頑丈だからね! 私が気遣わなくても大丈夫でしょ?」

「体は頑丈だが……気遣われないのは、別だ」


 宮之守はきょとんとした顔をして、それから微笑んだ。

「すねたね」

「すねる? こいつが?」

 佐藤は目を見開いた。

 エリナが無表情なのはいつものことだし、感情を表に出さないことにも慣れてきた。その割に猫を被る羞恥心もない事も、可愛い顔に似合わず暴力的な一面があることも知っているが……そのエリナがすねる? いや、むしろガキっぽいと見れば当然か?

「すねてなどいない」

「えー? すねてるじゃん」

 宮之守がエリナの頬をつつき、エリナはその手を乱暴に払いのけた。

「裂け目を閉じるぞ」

 エリナは佐藤の襟をむんずと掴んでひっぱり、苦しそうに藻掻く佐藤に構わず魔法陣へと引っ張って消えていった。


 宮之守は二人を見送り、レデオンの死体を見下ろした。縦に切断され焦げた死体からは煙が立ち上っている。

「さてね……。もうちょっと時間あると思ったんだけどな」

 それから裂け目のある頂上へと目を向けた。

「後始末は大変だなぁ……」

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