「僕の攻撃が当たる瞬間、避けようとしてたよね。空間を自在に移動するからこその自信だったのかな。その魔法すごく良いね! ボクのものなると思うと楽しいなぁ」
レデオンは一方的に話し続ける。返事は要らない。すべては自分のものだからだ。
「小僧が、好き勝手……言っている」
エリナが声を振りしぼって、息も絶え絶えに怒りを込めて言った。
腹には大穴が空き、ドロリとした黒い液体が漏れ続けている。外気に曝された穴の内側からは黒い煙が立ち上っていた。
「もしかするとだけど普通の生き物じゃないよねぇ、それさぁ」
レデオンは顎に手を添え、膝を抱えるように屈んだ。無邪気に目を丸くさせてエリナの傷口を覗き込む。指を宙でくるりと回すと地面から根の触手が伸び、ゆっくりと傷口を無遠慮に弄った。エリナの顔が苦痛に歪む。
「臓器は人とは違うけど痛みは人並みに感じるようだね。それともこれがここの世界の普通なのかな……?」
エリナが震える手をレデオンに向ける。鈴の音があたりに響き、転送魔法の環が生じる。
レデオンはその手を踏みつけ、転送魔法の環が消失がした。
「……発動させるわけないだろう。舐めすぎじゃない?」
少年の様な無邪気さは消え失せ、冷たく冷酷で狂暴な目を向ける。
「転送魔法は使えないけど妨害くらいはできるんだよ。あの穴をだてに何度も通ってないからさ」
「クソ野郎が……!」
根の隙間からその光景を佐藤は痛みを堪え、歯を食いしばる。
レデオンはエリナの銀髪を無造作に掴んで持ち上げた。その光景に佐藤の脳裏あるものが呼び起された。
エリナとの始めて行動を共にしたとき、エリナの瞳を通じて世界の渦を知ったときに見た、どこともわからぬ異世界の光景のことだ。
自分の傍を駆け抜けていった子どもと、それを追う兵士。
暴力、悲鳴、怒号。悲しみと恐怖に染まった子どもの目。憎しみこもった目。
幼く細いその首筋に刃が当てられても、鈍化した時間の中で何もできないもどかしさ、悔しさ。無力感。あのあとのどうなったかはわからない。子どもは誰かに助けれたのかもしれない。しかし現実はフィクションのようにヒーローが現れることなどないことは分かっている。そうだ。あの子どもはきっと死んでしまったのだろう。
佐藤は自分のいた異世界のことを思い出していた。魔物の溢れる世界がどんなものであったかなど忘れようとしてできるものではない。暴力と恐怖を。勇者とはそれを止めるための存在でなければならない。
たとえ国に都合よく祭り上げられたお飾りの存在であってもその存在意義はある。あの世界での役割は終わった。だとしても、この世界での勇者としての役割がないことにはならない。
佐藤は自分でも怠惰で面倒臭がりだと思っている。だとしても元勇者だ。正義を信じる。勇者とは正義を信じる者。
佐藤は剣に魔力を流し込んだ。投げ飛ばされる直前の僅かな時間で佐藤は地面に刺さった剣を取り戻していた。剣は、聖剣はいつも共に戦ってきた。また勇者の剣として、ただの武器としてでなく。力を振るってもうらおう。
レデオンはエリナの手を踏みつけたまま冷たく言葉を吐き出す。
「人じゃないなら多少は乱暴にあつかっても……」
レデオンの足元の影が不意に前方へと伸びていく。眩い光の輝きがレデオンの後方より彼を照らしていた。
レデオンは光の方へと体を向け、眩しさに手をかざした。マンドラゴラの太い根の腕の間から光が漏れている。
「なんだよその光」
レデオンは乱暴にエリナの髪を離した。エリナは力なくうつ伏せになってそのまま倒れた。
「佐藤の、光……?」
エリナは苦痛に顔を歪めながらも、自然と呟いていた。
「その状態で動けるの? 眩しいから止めてほしんだけど」
レデオンが佐藤の方へと近寄る。
「止めてほしけれりゃなぁ……自分でやってみろ」
佐藤は根の隙間からレデオンを睨みつけている。体は押さえつけられ動かないがそれでいい。まずはエリナから引き離すことだ。もっと前に。もっと、もっと!
「ただの光が怖くてできないのか。見た目どりお子様か? 片耳」
片耳という言葉にレデオンは強い不快感をあらわにした。
「人を……あんまりバカにするんじゃないよ」
レデオンの整った顔が歪み、手をゆっくりと上へと上げた。振り下ろせばマンドラゴラは佐藤を完全に押しつぶすだろう。
「そのまま潰れちゃいなよ」
腕を振り下ろす、マンドラゴラの腕が動き出した。
「今だ! やれ!」
佐藤が叫び、間を置かずに空気を震わす音が高所より飛来した。音川の操るドローンだ。
光はレデオンの意識を佐藤に注目させ、爆薬を積んだドローンによる特攻をギリギリまで気取らせないための囮だった。
「機械仕掛けの使い魔! 気がついているよ!」
レデオンは上空のドローンに向けて腕を振り払う動作をした。
地面から根が飛び出し、薙ぎ払って叩き落とす。ドローンはレデオンの数メートル手前で爆発した。
『まだあります!』
音川は二機目のドローンが地表すれすれに飛行させレデオンに向かわせる。
レデオンは根で薙ぎ払う。ドローンは破壊され破片が散らばる。が、これも囮! ピッタリと背後に隠されたドローンがレデオンへ急接近しの傍で爆発し、爆風が彼を襲う!
『やりましたね音川さん!』
背後ではしゃぐ西島の声をインカムが拾っていた。
「くッ!」
『まだまだ!』
三機目のドローンがレデオンにせまるも、根が盾のように地面から生えて阻止する。ドローンは爆散し煙幕が散布され、レデオンの視界を包み込んだ。
レデオンは苛立たし気に煙を振り払って、手を突き出す。周囲を飛び回るドローンは二機。レデオンは狙いを定めた。
「こんの機械ふぜいが!」
レデオンの魔法操作は手や腕の動作と連動している。指を鳴らすため手を構えた。
「僕の魔法が……」
空気を切り裂く凄まじい破裂音をレデオンは聞いた。
指が、鳴らない……?
レデオンは不快な違和感に腕を見て、そこにあるべきものが無くなっていることに気が付いた。右腕の肘から先で消失し、白い血が噴き出している。レデオンは激しい苦痛に顔を歪ませた。
レデオンは指を弾き、周囲にマンドラゴラ四体が地面から呼び寄せた。
煙幕にかすむ視界の端で動く存在を確認し、レデオンはマンドラゴラ達で籠を作って防御姿勢を取らせる。
何かが拘束で回転し、空を切り裂く音を聞きこえた。レデオンはとっさに体を逸らした。すぐ顔の傍を猛烈な勢いで何かが通過し、根を刈り取っていった。マンドラゴラ達の頭が一斉に破砕され、木片となって飛び散る。
「僕の腕を……お前か……!」
煙が晴れ、レデオンは腕を傷つけた存在を見据える。視線の先には挑発的に凛と立つ宮之守がいた。冷たい闘志を滾らせ、黒い連接棍を構えている。
「なかなか尻尾を掴ませない何かがいるのは分かっていたけど、うまく動いたね」
怒りに震える声でレデオンは言った。
足元に転がるレデオンの腕を蹴り飛ばし、宮之守は首をかしげ、不敵に笑いかけた。
「ずいぶんと痛そうですね。……エリナほどではないと思いますけど」
次の瞬間、連接棍はガチガチと音をならし、黒い鎖をぎゃりりと鳴らし、激しくうねった。
鞭のように波打ち、鋭い打撃の演武がレデオンに迫る。レデオンは次々と触手を呼び出して応戦する。細かく砕かれた破片と、撒きあげられた薔薇の花弁が舞う。
素早く、隙の無い攻撃にレデオンは後退を余儀なくされ、ついに捌ききれず、殴打を顔面に受けた。
痛みに耐え、口から垂れる血をレデオンは拭う。
「僕だってねぇ。死なないと言っても痛くないわけじゃないんだよ」
「ごめんなさい。痛くしないようにできるほど器用じゃなくって」
宮之守はワザとらしく、舌をだして挑発する。
「君にも少し興味が湧いたけど、殺すことにするよ」
レデオンは冷静に振舞おうとするも声は感情的に震え、裏返っていた。
そのときレデオンの背後で小爆発がおこった。
爆風が彼の髪を逆立たたせ、共有された感覚によって大型マンドラゴラが炎上していることを知る。
黒煙を全身から吐き出しながら花弁を散らして大型マンドラゴラが崩れて倒れる。音川のドローンによる特攻がマンドラゴラを燃え上がらせていた。
レデオンは振り返らない。宮之守から目を放して対応するのは難しいが、背後から響く声に思わず振り向いてしまった。
「クソガキはお仕置きしねぇとな」
黒煙の向こうから佐藤がその姿を現した。
「あのまま潰れていればいいのに」
「あいにく頑丈なのがとりえなもんで」
佐藤は聖剣の切先をゆっくりとレデオンへ向けた。
「第二ラウンドといこうか」