掴みかかってきたマンドラゴラの攻撃を躱し、腹部を剣の柄で殴りつける。側面から殴りかかってきた個体には腕を掴んで勢いを利用して転倒させ、頭部の花を踏み砕く。魔力を込めた頑丈な鞘と組み手を合わせた打撃主体の動きだ。
「うざったいな!」
愚痴をこぼし、じれったい思いで佐藤は戦いを続けていた。
斬撃は大して効果があるように思えず、殴打での戦いに切り替えたが、かと言ってこの方法も有効とは思えない。
挟みこまれ、佐藤は背後から組みつかれて羽交い絞めにされる。
佐藤は怯まず、正面から襲い掛かって来たマンドラゴラの胴に両足で蹴りをお見舞いし、反動を利用してあえて背後へ倒れこむ。倒れた衝撃で根の腕が緩んだ隙にすかさず起き上がり、マンドラゴラの腕を掴んで振り回し、密集した群れの中に乱暴に投げ込んだ。
数体がボウリングのピンのように巻き込まれて倒れる。
「はっはー! ストライク!」
『まだ来てます! 周りのもどんどん起き上がっています!』
音川が呼びかけ、注意を促す。
一瞬も休む暇などあたえない。口のない顔でそう言っているかのようだ。マンドラゴラが次々と波のように押し寄せて来ている。
戦闘の高揚感は次第に疲労に上書きされていく。佐藤は息を切らして肩を上下に揺らした。
「くっそ、マジできりがねぇな……まだ閉じねぇのか!」
振り返らず、背後のエリナに向けて言う。
「もう少し」
常に無表情を貫くエリナの顔にさへ焦りが浮かんでいた。それほどまでに今回の裂け目は勝手が違うということだ。何かが抵抗している。もしくは閉じにくいように操作、あるいは細工されているような不可解な感覚にエリナは眉間に皺を寄せる。
「不愉快だ。非常に」
マンドラゴラがエリナに掴みかかろうとし、佐藤は阻止するために体当たりして間に割り込み、突きの連打を叩きこんで地面に倒す。
蹲って怯える西島の元へはマンドラゴラは這いずって近寄って来ていた。
「ゾンビめ! あっちへ行け!」
裏返った声を上げながらマンドラゴラの何度も顔面を蹴って、少しでも遠ざけたようと足をバタつかせた。見かねた佐藤はそのマンドラゴラの頭を踏み砕いた。
インカムに指を当てて佐藤は叫ぶ。
「宮之守! 援護に来れねぇのか!?」
返事はなく、ノイズが僅かばかり響くのみ。
「クソ!」
積み重なった腐葉土の不安定な足場によって疲労はさらに蓄積されていく。
佐藤の姿勢が崩れた。マンドラゴラが密かに這いよって足首を掴んでいたのだ。エリナを援護しつつ、マンドラゴラへ対応し、怯える一般人も守らなければならない状況に愚痴をこぼす暇すらない。
足を掴むマンドラゴラは佐藤に頭を踏み砕かられても、構わず手を緩めない。
根の腕を切断するしかない。佐藤はやむなく剣を抜こうとしたが別のマンドラゴラによってその腕を押さえつけられた。斬撃が有効でないと判断し打撃での応戦に切り替えていたのがあだとなっていた。触手が伸びて絡まり拘束されていく。
正面に立つマンドラゴラの腕が激しくうねり別の形へと変貌していく。根がより合わさって一つの棘が……槍が形成された。
着用しているスーツもシャツも防弾防刃仕様ではあるがどこまで耐えられるか? 高い防御性能を誇るが万能ではない。
時間はない。迷う余地なし! 佐藤は覚悟を決める。
「打ってこい!」
佐藤はスーツと全身に行き渡っている魔力をより強く意識した。
マンドラゴラが佐藤の腹へ槍を突き刺す! 槍が、止まった!
マンドラゴラの何もない花だけの顔がぬっと近づいて、佐藤の顔を覗き込む。その瞬間に佐藤は何者かの意志を感じ取ったがすぐに意識の隅に追いやる。邪念を払い、今は戦いに集中するのだ。
「いいぜ……根競べといこうじゃないか」
佐藤は睨みつけにやりと笑う。しかしこの拘束を解くには状況が悪すぎる。時間も手も足りない。
マンドラゴラが槍を構えなおしたその時、声が聞こえた。
「私の部下に! さぁわんなぁぁぁぁ!!」
黒い影が佐藤の眼前を横切り、佐藤にとりついてたマンドラゴラが吹き飛ばされた。影は腐葉土の上を横滑りしながら何かを突き立てて、地面を抉りながら止まった。
黒いパンツスーツにショートカットの黒髪。漆黒の棒を持って口元には不敵な笑みをたたえていた。目元にかかった髪を指でどけ、鋭い眼光で獲物を見据える。
「おっそいんだよ!」
「遅いぞ、宮之守」
佐藤とエリナが揃って抗議の声を上げた。
「ごめんて。意外と頂上まで距離あるもんだからさー。急いで来たんですよ?」
宮之守の黒い付け爪のうち二枚が白く変色していた。佐藤と同様に脚力を強化する靴を使用したことと、戦闘用の棒を魔法で作り出すことに魔力を使用したためだ。
宮之守は棒を地面から引き抜き、先端を足で蹴って跳ね上げ、掴んで構える。棒術。それが宮之守の戦い方の一つだった。
「君、大丈夫?」
「あ……はい……」
西島は突然現れた名も知らぬ美女に見惚れていた。黒いス―ツに黒い棒を持ち、カンフー映画のヒロインのように凛と立ち。不敵な笑みでこちらを見下ろしている。
宮之守は後ろから接近してきたマンドラゴラへ連続した短打を打ち込み、身を屈めて蹴り上げ、流れるような体捌きで右回し蹴りを喰らわせる。
棒を地面に突き立て跳躍し、引き抜いて空中から振り下ろす。大槌さながらの衝撃にマンドラゴラが轢かれたカエルのように地面に倒された。
宮之守は姿勢を低くし棒を振るうと、棒の表面に等間隔に亀裂が走り、別れ、不自然なまでにしなって伸びた。縄のように地面を這ってマンドラゴラの足を捉えて縛り上げた。
宮之守の持つ武器は六つに分離して伸び、鞭のようにしなり、短く分割された棒同士は黒い魔力の鎖によって繋ぎ合わされた、自在に伸縮する連接根だ。彼女の持つ武器のもう一つの姿。込められた魔力と遠心力を利用した殴打によって相手を打倒し、ときに対象を拘束することもできる。
宮之守は食いしばり、連接棍を引っ張りマンドラゴラ達を後ろ倒しにさせた。魔力の鎖が収縮し、ガチガチと音を鳴らしながら接続され、再び棒状になる。
「すごい……」
西島はさっきまでの恐怖を忘れ、宮之守、そして佐藤の戦いにいつしか夢中になっていた。左右に陣取って、殴り、蹴り飛ばし、斬り伏せる。
西島は動画配信者であったが衝撃的で迫力のある光景にスマホを構えることもせず、ただ見入っていた。
「くく、妙な武器使ってんなぁ!」
佐藤はマンドラゴラを殴り飛しながら、なじみのない武器に好奇心をそそられていた。
「ふふ、いいでしょうこれ! ……エリナ、進行具合はどう?」
「まだだ。普段の裂け目と何かが違う」
「エリナが苦戦するほどなんて」
宮之守は漆黒の連接棍をしならせてマンドラゴラの頭を払って砕き、転倒させた。数体がそれに躓いて転倒するも、乗り越えて接近してくる。
「本当にきりがないですね」
宮之守はマンドラゴラの群れに向けて、左手を右方向へ横に払うと不可視の衝撃波が発生しマンドラゴラ達を吹き飛ばした。
西島は口をあんぐりと開け、呆然としていた。あまりに非日常の空間にもはや声も出ない。
佐藤はマンドラゴラを左手に持った鞘で殴りつけ、右手の聖剣で頭を切り落とした。
頭のない動体のみでも攻撃の手を緩めることもなく、斬った傍から再生を始めていることに苛立ちが湧いてくる。
「だぁもう! どうすんだよ大将。このままじゃじり貧だぞ」
「私の衝撃波くらいじゃなんともならない……か」
魔法で吹き飛ばしたマンドラゴラ達が揃ってゆっくりと立ち上がっていく。宮之守はマンドラゴラに殴打を浴びせながら視線をエリナと時空の裂け目へ向けた。
こちら側の世界への魔力の流入は最初と比べればかなり減ってきている。あと一押しで塞ぎ切れるはずだが、その一押しがなかなか進まないのはエリナの表情からも察することができる。
まるであちら側から裂け目が閉じられないように何かが抵抗しているような、人為的な違和感。普段の裂け目とは何かが違うのは明らかだ。
エリナほどの技量はないにしても宮之守も裂け目を閉じることができる。加勢すればすぐにでもできるだろうがマンドラゴラへの対応で手一杯だ。動きは鈍重で単調であっても数が多さ、そのものが脅威だ。佐藤だけに任せて専念できるような状況ではない。
宮之守はうつ伏せに倒れるマンドラゴラへ連接棍で突き刺し、衝撃波を送り込んで胴を破砕した。赤い花弁が舞い散る。
視線を上げると此方へと迫る群れが、マンドラゴラ達の姿があった。この山にどれほどの数が潜んでいるのか予想もつかない。木々の作り出した暗がりの奥には今だ赤い花がゆらゆらと揺れながら向かって来ている。
じりじりと三人を囲む包囲網が狭まっていく様に、さっきまで戦いに魅了されていた西島すらも焦り始めた。
「も、もうだめだぁ……」
『まだ数が増えています。このままでは!』
音川の声を聞き、宮之守は戦況を俯瞰し、迷いを振り払うように連接棍を回転させ、地面に突き立てた。
「伏せて!」佐藤は瞬時に伏せ、エリナが西島の頭を抑えて地面に伏せさせた。「黒爪! 三枚解放!!」突き立てた連接棍から禍々しい煙が勢いよく噴出し、次いで黒い衝撃波が放たれた。
周囲を飲み込む黒い風が木々もろともマンドラゴラが一斉を吹き飛ばす。砕かれた魔法生物の体が破片となって宙を舞った。
「すげぇな!? そんなことできんのか!」
佐藤は降りかかった腐葉土や木の破片を振り払いながら立ち上がる。
「久々に見たな。宮之守の攻撃魔法」
「何!? 何がおきたんです!?」
西島は突然の衝撃に目を回し、エリナはしゃがんで頭を抱えていたが、足元に転がってきたマンドラゴラの破片が尚も蠢いていのを見て顔をしかめた。
「やっぱりダメか」
宮之守は唇を噛み締め決断した。
「……撤退!」
宮之守が叫ぶと同時にエリナは魔法陣を展開させ、瞬時に四人は魔法陣に飲み込まれて山頂を後にした。