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第18話 魔法生物と侵入者

「その魔法生物ってなんなんだ? 俺だけ置いてきぼりなんだが説明してくれよ」

 モニターに映る奇怪な生物を目の当たりにして出た結論に対し、佐藤は説明を求めた。異世界で魔物を退治した知識と経験はあっても、日本に侵入してくる異世界生物についてはまた別だ。

 エリナは椅子の背もたれに体を預けたまま尊大な態度で佐藤を見た。


「我の言葉が信用ならんというのか」

「はぁ? そうは言ってねぇだろうが。もっと補足してほしいんだよこっちは。前線に立つのは俺なんだぜ」

 佐藤は顔をしかめ、明らかに不快感を表した。ザラタンの戦いを通して互いに距離が縮まったようだがすぐに衝突してしまう仲なのは相変わらずだ。

「前線に立つ、というなら我も同じだが」

「情報共有って考え方はねぇのか、てめぇには」

「はーい! ストップー! 喧嘩はやめようねー」

 宮之守が手を叩いて二人を制止した。


「今回はこの室長めが説明してあげるから」

 宮之守はどこからか取り出した眼鏡をかけ、指示棒を取り出す。

「まず魔力の流れは水の流れとよく似ている。これ基本中の基本ね」眼鏡に手をあて位置を正した。「同じ流量ならば出口が大きければ圧力は低く。狭ければ圧力は高くなる。裂け目から溢れる魔力の流量っていうのはまちまちなんだけどー、大体の場合は結構な魔力量なわけ。それこそ、この前の魔力干渉を起こすこともあるくらいに」

『つまり、今回の裂け目から溢れている魔力は、絞ったホースから出る水みたいに凄い勢いになっていることっすね』

「ピンポーン、正解! 小松君に一点」

「……知ってるくせに答えたがりなんだから」

 小松が小さくガッツポーズをした様子がモニターには映っており、音川は冷めた目でそれを見ていた。


「魔力は魔法、魔術として用法容量を守っていれば私達の力になるわけなんだけど、すごい勢いで流れる場所の魔力って生物にとっては有害となることもあるんです。つまりはあの裂け目を通って来れる生き物はいないってこと。ザラタンみたいな強大な生き物なら別だけど穴が小さいからそれも無理。つまりこっち世界の生き物が変異した可能性が高いってこと」

「ちょっと待て、今の地球にはあんなのが他にもいるって言わないよな」

「いない……とは言い切れないですね。少なくとも私とエリナの知る限りは日本にいませんが、他の国なんかは既に入ってきている可能性もあるかもですね。各国の動きを見る感じまだなさそうですが」

「こんな生き物がいたらそれこそニュースやSNSで話題になっていてもいいと思いますから他の国も上手くやっているのかもしれませんね」

 音川がドローンを操作しながら言った。

「そうねぇ。前回の大蟹を件を除けば……」

 宮之守は咎めるような厳しい目つきを佐藤に向ける。

「悪かったって……」


 音川は摘まみを捻ってカメラの焦点を調整し、頭部の花に注目し目を細めた。

「それにしても大きな花。変異した植物であっても繁殖したりとかするんでしょうか? あとなんで人の形をしているのでしょう……ちょっと不気味というか」

 宮之守は伊達眼鏡に飽きたのか外し、クルクルと手元で回し始めた。指示棒はどこかに放り投げていた。

「良い質問だね。現状、繁殖能力の有無は分からないけど、あると考えたほうがいいだろうね。頭のあれがただの花飾ならいんだけど。それと何故、人の形かってとこ……確かに気になるけどここからじゃなんともね」


「んで、どうすんだ大将さんよ」

 宮之守はしばし沈黙し、真剣な目つきで指を三本立てた。

「そうね。優先順位を設定しよう。第一目標、裂け目を閉じる。これ以上、植物が変異するのを阻止しないといけないですから。第二目標、対象の調査。いつも通り危険なら排除。第三目標、これは可能ならだけど何体か捕獲したい。もちろん安全第一にね」


 宮之守は音川に命じ、モニターに地図を表示させた。無数の緑色のワイヤーが画面に走り、山と川、周辺の地形が立体的に形成され、俯瞰した映像が映し出される。

「エリナ、裂け目の場所は把握できてる?」

「ここだ」

 エリナは山頂を指さした。

「現地状況は?」

「裂け目の周囲に動体ありません」

「よし。作戦開始と共にエリナと佐藤さんは山頂へ移動。すぐに裂け目を閉じて。完了後は調査活動へ移行。捕獲対象の選定はまみちゃんと小松君に任せるから指示に従うように……」

 その時、宮之守のスマホが振るえた。画面には封鎖部隊、唐田隊長と表示されている。

「はい、宮之守。……えー!! 一般人が規制線を突破!?」

 宮之守の驚きの叫びにその場の全員の視線が注がれた。


 通話の相手は封鎖部隊の隊長だ。封鎖部隊は裂け目が観測された場合に真っ先に送り込まれ、一帯を封鎖する役目を担っている。

「どこに行ったかわかる? ……うん。そう」

 会話の相手が何を言っているかまでは分からないが断片的に拾える内容を繋げれば、その一般人はバイクに乗り封鎖部隊の静止を振り切ったらしい。向かう先は裂け目があるとされる場所であり、バックパックを背負っていたとのことだ。


 宮之守は拳を口に当てて声を漏らす。

「情報が漏れた……? バックパックの中身って、ううん。カメラなんかなくてもスマホでこと足りてしまうから動画配信者なんてことも……。唐田さん、そっちの部隊の何人かを捜索に出して」

 宮之守は指を二回鳴らし、エリナと佐藤を指さしスマホから顔を離してこう告げた。

「二人も今から捜索に向かって。規制線突破して入っちゃった人がいるの」

「面倒臭い」

「右に同じく」

 佐藤とエリナは同時に声を発し、宮之守は憤慨する。

「こう言う時だけすぐに意気投合しない!」


 宮之守は二人を指揮車から蹴りだすようにして追い出し、二人はしぶしぶ指示に従うことにした。宮之守はスマホを耳に当て、一言、二言会話して通話を終え、傍の椅子にどかりと座って天を仰いだ。

「もう、今は大事な時だってのに! 余計な情報をばら撒かれて変なことになると困るってばぁ。いったいどこから漏れたんだか……」

「例のエルフとの会談……? でしたっけ?」

 音川は不安そうに椅子を反転させて宮之守の方を見た。

「異世界の情報は今はなるべく良いものだけを流しておきたいのだけど化物の存在が明るみになると困る」

「私も空から探してみます」

「ううん。まみちゃんはそのまま魔法生物の監視を継続。小松君にも遠隔でドローンの操縦させて手伝わせて」

 宮之守は腕と足を組んで座りなおした。




 エリナは乗り捨てられた黄緑色に塗装されたバイクを見下ろし、それから視線を頂上へと続く細い山道へと移した。

 鬱蒼と草木が生い茂る狭い道だ。傍に立てかけられた道案内板は傾いており、風雨と年月によって汚れている。新しく整備された道路があるのだ。草木が生い茂り、蜘蛛の巣だらけの獣道と化した道をわざわざ使う理由はない。例の一般人はあえてここを通って行ったようだ。破かれた蜘蛛の巣が夏の風に揺れている。


 エリナは振り返る。そこには鈍い銀色に輝く盾とボディアーマーを身に着けた数人の封鎖部隊の隊員が並んでいた。

 一人が前に出た。唐田宏典、部隊を束ねる隊長その人だ。

「それが侵入した人物のバイクで間違いありません。迷彩柄の服装をしていたので隠れているのかと」

「聞いたか佐藤。迷彩柄だ」

 インカムの向こうに呼びかける。

『おい、勘弁してくれよ。森の中で葉っぱ探せってか。そんなん着るなんて明らかになんか企んでんだろ』

 佐藤は先に山道へと進み、草木で埋もれた山道を鞘に入れたままの剣で払いながら歩いていた。顔や手に蜘蛛の巣がしつこく絡まり非常に鬱陶しい。


「というわけだ宮之守。遭難者の捜索のようにはいかないぞ。見つかりたいと思っているなら話は別だがそんな奴ではないだろう」

『二人はそのままそこから裂け目を目指しつつ捜索して』

「魔法生物に遭遇したら?」

『交戦せず、裂け目に向かう事。優先すべきは裂け目を閉じること。捜索はあくまでもついで。悔しいけど、あまり時間はとれない』


「宮之守室長よろしいですか?」

 封鎖部隊隊長の唐田は落ち着いた声で話始めた。

「一帯は封鎖しているので突破こそされましたが、バイクも抑えているので逃げることは不可能でしょう。ですが問題はその魔法生物。通常の武器で対応できずとも何かしら武器は支給してほしいところです。この場で言う事ではないでしょうが。もう一度耳に入れておきたく、あえてお伝えします。佐藤さんやエリナさんのように直接ではないにせよ我々も前線に立つ身です」

『それについては前にも話した通りまだなの。もう少し待ってください』

「ですがそれはいつに……」

『私も唐田さん達のことはよく分かっています。だからもう少し待ってとしか。この会話はこれまで』

 宮之守は会話を切り上げ、エリナに佐藤のもとへ合流するように指示した。

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