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第15話 決着とその後について


「聖剣。返してもらうぞ!」

 巨大な鋏の暴風のような横薙ぎを佐藤は跳躍して避け、腕に飛び乗って駆けあがる。

 佐藤は金槌に魔力を込め、ザラタンの黒い目に向かって投げつけた。ザラタンは小さな鋏で弾く、その小さな一瞬の内に佐藤は姿をくらませた。ザラタンの体を蹴ってさらに跳躍し、背に受けた日光で自分姿を隠していた。背中に着地し、剣を掴み、一気に引き抜く! ザラタンの片目がその拍子に切断され、地面を転がった。

 ザラタンは頭上の佐藤に鋏を振り回し、佐藤は剣で振り払う。ザラタンの鋏がまたもや剣を掴むと佐藤ごと投げ飛ばした。

 佐藤は投げ飛ばされながら猫のように空中で体を捻って体制を整え、真横の状態のまま街路灯へ着地した! 佐藤は笑う。体が動くこと、戦うこと。命のやり取りをする高揚感に包まれていた。


 脚を曲げ、押し込められたバネの様に力を貯めて、弾丸のように跳躍した。

 剣を横に構え、狙うは厄介な腕だ。しかしザラタンは愚直な突撃を許すほど甘くはない。直進してくる佐藤の動きを見据え、大鋏を横に薙いだ。

 佐藤はとっさに剣を構えなおし防御姿勢を取る。剣と鋏が火花を散らして交差し、佐藤は弾かれて廃材の山へと突っ込んだ。衝突の寸前に受け身を取るも無傷ではなかった。

「……やべ。調子のりすぎた」


 体に痛みが走りながらもその顔に不敵な笑みを浮かべ、視線はザラタンを捉え続ける。

 佐藤は浮かれていた。異世界で完成した自分の技量は老いと共に失われていくものと。だがどうだ。それまでの鎧を超える現代の防弾防刃スーツに特製の靴。今までの鎧だったならこんな怪我では済まなかっただろうし、このように跳んで跳ねて戦うこともできなかったはずだ。科学と魔法の融合がこの体で行われていることに佐藤は興奮し、愚直となっていた。


「続きといこうや。蟹野郎」

 立ち上がろうとして、止まった。ザラタンが追い打ちを掛けてこない。

「……まさか」

 ザラタンは傍の街路灯を根元から切断した。不気味なほど黒い目が裂け目を閉じようとているエリナを見据えていた。

 ザラタンはこの地を新たな縄張りとしようと決めていた。すなわち繁殖のための場所でもある。そのためには時空の裂け目は同種を呼び込むためには不可欠。ザラタンはエリナが何をしようとしているか本能的に理解し、阻止に動き出した。

 ザラタンは街路灯を掲げ、エリナに向かって投げた! 佐藤の思考が時間を凝縮させ、鈍化させる。

 街路灯はエリナの体を貫くだろうか? 女神は頑丈だが車に挟まれた時、はたして無傷であっただろうか? 体をよろけさせ、自分に背負わせたのは動きが鈍っていたからだ。考えている時ではない。やることは一つ。佐藤はザラタンとエリナの間に入り、街路灯の直撃を逸らすべく跳躍した。ただ一直線に。間に合う事のみを考えた跳躍だ。


 佐藤は魔力と脚力によってエリナとザラタンとの間に身を投げて割り込む。『ああ、これは終わったんじゃないだろうか』高速で思考し鈍化した時間の中で佐藤は自分の死を覚悟した。この一手はおそらく防げる。だがそれまでだ。ザラタンの次の一手がどのようなものであっても防ぐことも回避することもかなわないだろう。ただ間に入って、エリナの盾になることのみを考えた体の動きでは体制を立て直して反撃に転じるのは難しい。槍のように飛来する街路灯を剣で逸らせるても、立ち上がっている構えなおす時間も受け身を取る時間もない。次に控えている一撃が自分への止めとなるだおる。振り下ろすか、挟んで切断するか。とにかく、それで終わりだ。


「阿保が」


 声がした。後ろではない。前からだ。佐藤の眼前に歪んだ漆黒の穴が出現した。エリナの転送魔法陣だった。街路灯が魔法陣に飲み込まれる。

「そのまま返すぞ」ザラタンの頭上に魔法陣が出現し、穴から街路灯が飛び出してザラタンの大鋏を貫いた。「あと一回。使えると言っただろう」

 跳躍の勢いを殺しきれずに地面に転がって倒れた佐藤に向けてエリナが言った。

「お前が我を庇いさえしなければ腹部を貫けたところ。余計な真似を」

「……そうかよ」

 エリナがすぐ隣に立ち、佐藤に手を差し出した。

「だが……悪い気はしなかったぞ」

 佐藤はその手を突かんで立ち上がる。振り返ると大型の裂け目は消えていた。

「もう少し時間を稼げるか? 裂け目そのものは消えたが、残留した魔力のせいで干渉が完全に消えていない。奴を魔法陣内にとどめ、閉じるまでの時間が欲しい」

「ここまで来たんだ。なんぼでも稼いでやるよ」

 佐藤は走り出し、ザラタンの股下へ再び潜り込む。

 鋏を貫いた街路灯が枷となってザラタンの動きは鈍っており、佐藤自身もまたザラタンの動きに慣れてきていた。槍の様に降り注ぐ脚を避け続け、隙をついて殻と殻の隙間に刃を通す。聖剣が肉を裂き脚を切断した。


 佐藤とザラタンの周囲ではバチバチと青い火花が爆ぜて魔法陣が展開され始めていた。

 エリナの眉間に力が入る。大型の裂け目が残した魔力の影響を振り払うべくエリナは集中し、手を突き出す。視線と手のひらの上にザラタンを重ね、正しく魔力が流れるように円の成形にとりかかる。

 不安定な円は歪みを正さなければ……。糸の一つ一つを解き、紡ぎなおすように焦らず、素早く、確実に。


 佐藤は脚をさらに切断。ザラタンの体がぐらりと傾くがいまだ健在だ。槍の様に降って打ち付ける脚のうち一本が佐藤の胸を掠めた。服が裂け、血が滲む。

「エリナ! まだか!」

 糸状にまとまり始めた魔法陣からは細かく青い火花絶えず弾けて散る。魔法陣が徐々に姿を表し始めていた。か弱く細い糸が、寄り集まり縄となっていく。鈴の音が聞こえ始めた。佐藤がエリナの目をとおして世界の渦を感じた時に聞こえのと同じ澄んだ鈴の音だ。


 佐藤は剣を今だ健在な鋏へ向けて投げた。切先のみに魔力を乗せた投擲によって硬い殻に杭のように穿たれ、亀裂が生じる。佐藤は追撃を入れるべく飛び上がって剣の柄を蹴って押し入れる。筋肉が切断され腕は鋏を支える力を失って重力にとりつかれたようにしなだれた。


チリン。澄んだ鈴の音が一段と大きく響いた。


「佐藤! 離れろ!」

 青白い魔法の糸が収縮し、火花が吸い込まれ一つの形を成した。大型の転送魔法陣が展開されことで黒い亜空間が形成されザラタンの半身を飲み込む。

 エリナは開かれた手のひらの上にザラタンを重ねた。鈴の音が止まった。

「やはり、我の魔法陣はこうでなくては」

 エリナは恍惚とした表情を浮かべ、手を閉じた。

 魔法陣が金属が擦れるような音を発して瞬時に収縮してザラタンの半身を飲み込み、切断した。エリナの背後で切断された半身が亜空間より出現して落下し、衝撃で内臓と体液が飛び散った。

「討伐完了ってことでいいよな」

 佐藤が剣を鞘に収め、肩を回した。

「そうだな」


 二人の間に気まずい沈黙がながれ、まず先に佐藤が口を開いた。

「悪かったな」

「……なんだ急に。まだ魔力酔いがのこっているのか?」

「違うっての。俺はてっきり調子に乗ったただのクソガキかと思ってたが、認める。あんたの転送魔法もその技術も紛れもなく本物だ。だから、これまでの態度を詫びるって言っているんだ」

 エリナが腕を組んで佐藤を見上げる。佐藤はこれ以上言わせるなと言わんばかりにそっぽを向いた。

「そうか」

「そうか……ってもっと言うことあるだろ」

 佐藤は思わず振り向いてしまう。エリナの表情はいつもの無表情だ。エリナは麦わら帽子を深めに被りなおした。

「なに、我も同じようなことを思っていた。お前の力、認めよう」

 佐藤の目線からはその表情はうかがい知れない。ほんのわずかだが柔らかい表情をしていたように思えた。

「そうかよ」

「ではもう一仕事するか」

「あ、なんで?」

 その場に座ろうとして佐藤は途中で動きを止めてエリナを見た。海が沈み始めた夕日によって輝いていた。

「死体の片づけ、そのたもろもろやることがあるだろう」

「あー……ラーメン食ってからにしない?」

「ラーメンか。いいな。そうするとしよう」


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