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第10話 異世界生物侵入対策室

 陽の光を受けてギラギラと輝くビル。佐藤は腕を組んで見上げていた。

「さすが政府の施設。でっかいビルだねぇ。どの世界でも税ってのはデカい建物になっちまう定めなんかね」

 日差しに目を細めながら関心と皮肉の混じったため息を佐藤は吐き出した。

「佐藤さんのお給料もその税からです。税金分は働いて、こっちの民にも尽くしてもらいますよ」

「へいへい。めんどくせぇけどしゃーないね。雇われ勇者はつらいね……て、地下かよ」

 宮之守が歩く先は地下へと続く階段だった。

「いろいろ実験したりすることを考えると都内では地下が都合がいいんですよ」

エレベーターでさらに下り、コンクリートがそのままの灰色の壁の廊下を歩き。味気ない灰色のドアに辿り着いた。異世界生物侵入対策室と書かれた簡素で安っぽい看板が蛍光灯の光を反射する。

「これがこれから働くとこの名前ってわけか」

「そうです。仮名のつもりでしたけど変えるのも面倒なのでそのままにしています」

 扉を開け中へと入る。作戦指揮車をそのまま広くしたような内装で、幾つものモニターと机が並び。鍵のかかったガンラックと、それに何故か七色に光るキーボードもある。


「ここがメインのオフィスで、あっちが資料室。その向こうのガラス張りのとこが私の部屋。トイレはさっきの廊下を右に出て突き当りです。で、佐藤さんの席はエリナの隣で。そうそう、まだ紹介していない人がいて。小松くん、いるー?」

「ここにいまーっス」

 声は奥の方から聞こえた。資料室の扉が開き白衣を来た若い男性が小走りで宮之守のもとへやってきた。

「なんでしょう? 今日は執筆してないでちゃんと仕事してたっすよ」

「うん。それはいつもそうしようね。……じゃなくて! こちら、新しく入った佐藤啓介さん」

佐藤啓介。その名前を聞いた瞬間、小松という青年の目がらんらんと輝きだした。

「やっと会えるんすか! やった! 聞きたいことが山ほど!! で……その人はどちらに?」

「いや、ここに。……って、あれ?」

宮之守が振り返るとそこに佐藤の姿は無かった。

「そういえば室長」

「……え?」

「音川さん。今日は私用で遅れるって言ってたっス」

「あっそう……」




「痛ってぇ……尻が」

 佐藤はまたしても大の字で倒れていた。足元に何か黒い穴が出現して落下した……ということは分かっていたが。

「はぁぁ? どこだよここ……」

 半身を起こして当たりを見回す。切り立った崖に青々と生い茂った木々。その下を流れる川。大小の石で水が弾け、爽やかで程よい湿り気が心地よい風にのって佐藤の頬を濡らした。白く乾いた砂利の敷き詰められた川べりに佐藤はいた。遠くの方には川辺で遊ぶ親子連れの姿が見える。ここはキャンプ場だ。

「やっと来たな」

 背後から声がして驚いて振り返る。逆光で輪郭は掴めないが背は高くないが、しかし尊大な態度で立っていることは分かった。

「エリナか……?」

 麦わら帽子に白いワンピース姿のエリナが立っていた。


「臭いようだったら川にそのまま落としてやろうと思ったが、その必要はないようだな」

「てことはさっきの穴はお前かよ! めんどくさいことしやがって」

 エリナは佐藤の顔の前に手を広げを制止した。

「ちょっと待て。宮之守にメッセ―ジを送る」

 エリナはスマホを弄りだした。佐藤のスマホから着信音が鳴る。緑のイカのアイコンに通知のマークがついている。異世界生物侵入対策室の職員専用の連絡用アプリ、通称イカレン。宮之守が小松と音川に作らせたものだが正式名称は宮之守が後で考えると言ってそのままだったので小松がイカレンと名前を付け、以降そのままになっている。

 佐藤は慣れない手つきでイカレンを起動し、内容に目を通し、目を見開いた。

「お前! 『佐藤をすこし借りる』じゃねぇよ! 俺は物か!」

『わかった。いいよ!』

 猫がサムズアップしたスタンプが続いて表示された。

「宮之守も許可してんじゃねぇ!!」

「聞け。宮之守からバディを組めと言われてな。これも仕事に必要なことだ」

「だとしてもやり方ってもんがあるだろ。事前に転送すると言え」

「細かいことにうるさい男だな」

 佐藤は立ち上がり、服に着いた埃を払った。

「はぁあ。なんとも荒い職場だ」佐藤は伸びをする。「で、仕事ってなんだよ。やるからにはやるよ。めんどくせぇがな」

「ふむ。そうこなくてはな。良い面だ。ついてこい」




「はい! お待ちどうさま。限定ミルクアイスクリーム二つです」

 キャンプ場に併設された日帰り観光客向けのログハウス。ここの蜂蜜のたっぷりかかった特製ミルクアイスは一人一食限定の人気商品だ。

「わー! ありがとう」

 エリナが眩しいほどの笑顔で女性店員からアイスを受け取った。

「はい! お父さんにも」

「あ、どうも」

佐藤もアイスを受け取る。

「すっごくかわいい娘さんですね」

「はは……。ありがとうございます」

「あんなに嬉しそうにしてもらえるとこっちもまた、がんばろうって思えます」

 佐藤が振り返るとエリナは既にテラス席の方へ移動し、アイスを食べ始めていた。麦わら帽子の美少女が雄大な自然を背景にしていると何とも絵になる。が、佐藤と店員とではそもそも見えている光景が違っているわけではあるのだが。

「……はは、それは良かったです」

「また来てくださいね」

「あ、はい」

 慣れない笑顔を張り付かせ、佐藤はエリナのもとへ合流した。


「どういうことだこれは」

佐藤はエリナに顔を近づけ、声をおとして言った。

「看板を見ていないのか。絶品限定アイスだぞ。良かったな。佐藤のぶんもあって」

佐藤は天を仰いだ。

「そうじゃねぇ。これの何が仕事と関係があるんだ! こんなことにわざわざ俺を呼ばなくていいだろ」

エリナはため息を着き、憐れんだ目で佐藤を見た。

「わからないのか」

「何が?」

 エリナは自分を指さした。

「我は可憐で儚げで美しくて可愛い。そんな我が一人でいると目立って仕方がない。親はどこか。迷子なのか。と、非常に鬱陶しい」

「答えになってねぇ」

「大丈夫だ。お前はよく役に立っているぞ」

「答えになってねぇっつってんだろ」

 つまるところ佐藤は偽の親に仕立て上げられたのだ。厄介な質問も、検討違いな心配もこれで躱せるというわけだ。理由を察し、呆れた顔で静止する佐藤の持つアイスが太陽の日差しを受けて溶け始めていた。

「要らないのか? 食わないのなら貰うぞ」

 佐藤の持つアイスクリームの先に小さな魔法陣が出現した。転送先はエリナの口の中なのは自明である。あわてて佐藤はアイスと遠ざけたが先端を削り取られてしまった。

「食うに決まってるだろ!」

「ならさっさと食うことだな」

エリナはおもむろにスマホを取り出して何やら打ち込み始めた。

「星五つ……と。これで良し」

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