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第9話 実はそうなんです!(ドヤ!)

「おはようございます。よく似合っていますね」

  退院の日。佐藤は病院のエントランスで宮之守と合流した。佐藤は支給された黒いスーツと白いシャツに袖を通していた。剣は布で撒いて一目で剣と分からないようにし、空いた片方の手にはネクタイが握られている。ボサボサだった髪は短く爽やかな印象に整えられ、髭も剃られていた。

「どうにも落ち着かないな。スーツとか初めてだからよ。あぁ、あとあれ。ワクチン。色々あるし、間隔開けないといけないとかで定期的に来いだとよ」

 佐藤は手もったネクタイを振り回し、面倒だ、と付け足した。


「そうですか」

宮之守はそう言いながらグルグルと佐藤の周りを歩いた。佐藤は怪訝な表情をした。

「なんだ。なんか変か」

「いえ。よく似合っていますね」

宮之守は微笑んだ。

「さっきも聞いたよ」


 佐藤は玄関のガラス向こうを見た。天気は降水確率0%の快晴の予報だ。入院中に支給されたスマホを慣れない手つきで使ってようやく得た情報通りの光景だ。まだ朝だというのに照り付ける日差しは真夏のものにしか思えない。どうやら宮之守の言う通り、日本の夏はやばいらしいと認識を改めざるを得ないようだ。スーツを着て外に出たらその日のうちに再入院してしまうのではないかと佐藤は思った。


 外から来たはずの宮之守は涼し気な表情で微笑んでいる。もしかすると魔法だったりするのだろうか。いやいや、そんなことに魔法を使うだろうか。佐藤は浮かんできた疑問を打ち消した。

「着なきゃダメ?」

佐藤はジャケットを早くも脱ぎたそうに身じろぎした。

「ものは試し。とりあえずそのまま外に出てください」

「絶対暑いだろ。めんどくさい」

宮之守は小首をかしげる。無言の圧が佐藤にのしかかる。

「分かったよ……。また拘束されんのも嫌だからな」

「そんなことしませんって」

 外へ出るとまさに太陽の日差しが肌を刺すような暑さだが。不思議とスーツの内部は快適だった。

「あんまり、暑くねぇな」

「そうでしょう。実はとある異世界から提供された魔法がこのスーツには施されているんです。夏は涼しく、冬は暖かくなるように。他には……車で話しましょうか」


 佐藤は思い出した。初めてあった日の事。汗を滝のように流す傍で涼しい顔をしていた宮之守のことだ。

「あんときおまえ、暑いのは得意ってこれのお陰だったのかよ。嘘ついてたのか」

「嘘はついてませんよ。暑いのは得意な方ですし、寒いのが苦手なのも本当です。詳細な事実を伝えなかっただけで」

「あっそう」

佐藤はため息を吐いた。



 二人は車に乗り込む。目的地は佐藤の新しい職場だ。

「そういやなんで車で移動なんだ。エリナに転送してもらえばよくないか」

自称女神のエリナは転送魔法の使い手だ。なのにどうして移動は車なのか。

「エリナは普段は単独行動なんです。北は北海道。南は沖縄まで。彼女ほど素早く移動できて、敏感に裂け目の出現を感知できる存在はいませんから。一応各地に魔力感知に秀でた人材を配置して監視してはいますけど、彼女と比べると雲泥の差なんですよね」

「そのぶん甘やかしているってわけか」

佐藤はエリナがアイスを食べている姿とゲームをしている姿を思い出した。

「半分はそうです。もう半分は彼女がとんでもなく飽き性だからです。五百年生きてきたから娯楽に飢えているのでしょうね。同じところにいさせると、飽きた。出かけてくる。って勝手に動いちゃうので。色々な場所をパトロールしてもらうのが一番いいんです」

「はっは、なるほどね。勝手に出ていく様が目に浮かぶようだ。……なんつった?」

佐藤は笑っていたが不意に我に返った。

「とんでもなく飽き性」

「そのあと」

「五百年生きてる」

「それ。マジ?」

「本人が言っているので」

「女神っていうのも? マジで信じているわけ?」

「私は信じています」

 佐藤はそれ以上は聞かなかった。宮之守が信じているというなら。詰めたところでそれ以外に自分が納得できる答えが得られるとは思わなかったからだ。しばし沈黙が流れ、最初に口を開いたのは宮之守だった。


「さっきのスーツの話の続きなんですけど」

「あ? ああ」

佐藤は欠伸を抑えて返事をした。

「私の部署はかなり実験的なところでもあるんです。というのも現代に異世界からの侵入者に対応できる力はありません。裂け目から出現する異世界の生物についても同様です。ちなみに私達は縮めて異界生物。または異界人と呼んでいます」

「あんまり縮まってねぇな」

 佐藤はこらえきれず大きく欠伸をした。宮之守は構わず続ける。

「私の部署の役割の一つは情報収集。とにかくいろいろ集めるんです。異界生物の生態や。魔術の知識。物。なんでも。他の部署で専門的にやっているとこもありますけどね。もう一つは魔術と科学の融合。異界生物に有効な武器や技術を開発することです。その開発の過程で生まれたのがこの特殊なビジネススーツ。元々、防弾防刃仕様でしたが、あら不思議。魔術でいつでも快適温度な服のできあがりってね」


佐藤は笑った。

「はっ。くだらないことやってんな」

「一見するとそうかもしれませんね。でも物は試しってことです。この世界の製品に魔術が使えなかったら元も子もないですからね。まだ魔術に関してこの国はヨチヨチ歩きの赤ん坊。試せることはなんでも試してみる段階なんです」

 佐藤は外を眺めた。ビルに取りつけられた大型のディスプレイ。いたるところに設置された街灯。誰もが情報端末を持ち。好きな時に好きなように情報を手に入れ、また発信することができる。佐藤のいた世界にはここまでの技術力は無かった。

「魔法みたいな科学があってこれ以上どうするってんだよ」

目の前を走る車には『自動運転試験運用中』と書かれていた。

「来る将来への備え、でしょうか。さっきも言ったようにこの世界の科学は異世界に対して無力なんです。このまえ戦ったリザードマンに銃火器を使用しても怯ませるくらいしかできません。だから今の段階から備えておく必要があるんです」

 佐藤は封鎖部隊の事を思い出した。ビルを囲って一般人が立ち入れないようにしていた部隊だ。専門的な知識を身に着けていると言っていたが確かに武装している姿はどこにもなかった。あの場で武装していないのは武装したところで意味が無いから。せいぜい一か所に一時的に封じ込めることしかできないからだ。


「つまり殺し方も知っておく必要があるから、俺の力が必要だと」

「……そうです」

再び沈黙が流れた。今度は佐藤の方から会話を切り出した。

「ところでなんだけどよぉ」

「はい」

「もしかして宮之守のいるとこって政府関係かなんか?」

「そうですけど。言ってませんでしたっけ」

「言ってない。おれの記憶が確かなら。二日酔いではあったが……」

 宮之守がニヤリと笑う。

「そうなんです。すごいでしょ。上は防衛省。実験的な組織なんであんまり口出しはして来ませんし。好きにやらせてもらってます」

 思ったよりめんどうなところじゃないか。佐藤は愚痴をこぼして。目的地に着いたら起こしてくれと言って目を閉じた。

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