ワゴン車の中はまさ特撮番組で見たような移動作戦基地といった様子だった。モニターが四つ。ボタンの多いマウス。何故か七色に輝くキーボード。ドローンを操作するために設置された操縦桿。ガンラックも備えつけられ、ショットガンを始めとした銃器が並んでいる。
佐藤と宮之守が乗り込むと赤い眼鏡をかけた黒いスーツを来た若い女性が彼らを出迎えた。宮之守とは対照的に長い髪を後ろでまとめている。
「いつでも突入できます」
「ありがと」
「あの、そちらの方が言っていた新人さんですか?」
音川は少し警戒した様子で佐藤を見た。道端で酔って倒れている男をメンバーに入れると聞いた時。音川は宮之守の冗談だと思った。ここ数日、連続して発生していた時空の裂け目の対応で頭がおかしくなってしまったのかもと。実際に連れてこられた男は大柄で筋骨隆々だが髪はボサボサで、髭は伸び放題。本当に大丈夫なのだろうか、と不安に感じていた。
「そう。紹介するね。こちらは佐藤啓介さん。異世界から此方の世界に帰ってきた人。現場調査員として働いてもらいます。で、佐藤さん。こちらは
音川真実は頭を下げた。ちらりと赤い眼鏡の隙間から見えた瞳は赤い色をしているようにみえたが、顔を上げると黒い色をしていた。
「よろしくお願いします。音川真実です。情報解析に収集。異世界語の翻訳を担当してます。あとは通信でサポートも行います」
「つまりオペ子」
「オペ……まぁいいや。よろしく」
佐藤は握手のために手を差し出す。握手をするその一瞬。ほんの少しだが音川が顔をしかめたような気がしたが、無理やり気にしないことにした。
「で、奥にいるのがさっきお話ししたエリナ」
助手席からエリナは顔を出さず、手だけを出して見せ、ひらひらと動かした。一応、挨拶をしているらしかった。エリナは今、スマホのゲームに忙しかった。
「エリナさん。ちゃんと挨拶しないと」
音川はエリナを窘めた。それでもエリナは顔を出さない。
「あいつは汚れておるからから断る。こうして手で返事するだけ有難いと思うことだ。お前はあいつが臭くないのか?」
「えっと、それは……あはは……」
それは臭いという肯定ではないか。佐藤は胸を抑えた。
「おれは既に致命傷を負っている気がする。何故だかわらかないし、気のせいと思いたいし、帰りたい気分だ」
帰る場所がない事を思い出して、さらに胸を強く抑えた。宮之守はそれを無視して続ける。
「裂け目の場所を教えて」
「ここです」音川は椅子に座り、モニターに表示されたフロア図の一点を指さした。「地下二階の飲食店街。南西側です」赤い光点がゆっくりと明滅していた。
「生物が侵入してきていますが、今のところは設置した忌避音波装置で上には来ていません」
「音に慣れる前になんとかしないとね」
「なぁ。その裂け目ってなんなのか聞いてないんだが教えてくれるか」
「言ってませんでしたっけ」
「いや、全く」
「まみちゃん。説明お願い」
時空の裂け目とは宮之守たちが住む世界と異世界との間に繋がってしまった穴のことだ。この裂け目は通行可能なトンネルのようなもので、ここを通じて異世界からの生物が侵入してきてしまうのだ。
「つまり俺がこっちに来れたのはその時空の裂け目のお陰ってことか」
「そうです。佐藤さんが通った裂け目はすぐに閉じてしまったようです。やって来るのが友好的な生き物だけならいいのですが、実際は敵対的なのがほとんどで。私達は裂け目ごとに脅威度を判定して対処しています。今回はC級にあたりますね。時空の裂け目そのものは数時間で消失すると思われますが、すでに侵入してしまった生物についてはそうもいきません」
「まみちゃん。その生物ってモニターに出せる?」
「これです」
モニターにドローン越しの映像が映し出された。
「この映像ってどうやって撮ってるんだ?」
「ドローンです。えっと、ラジコンみたいなのをイメージしてもらえれば」
映像には中華料理店の厨房が映っている。そこに巨大な二足歩行をするトカゲような姿をした生物の姿があった。餌を探しているのだろうか。鼻をひくひくとさせながら厨房を徘徊している。傍らには散乱した食材が転がっていた。厨房の奥に映る個体の手には肉らしきものが握られていた。
「この生物。いかにも人を食べますって見た目をしています」
「避難誘導と隔離が遅れてたら、あの手に握りられてたのは人だったかもね」
宮之守は腕を組んでこれを見ていた。音川は宮之守の言った様子を想像してしまったのだろう。顔をひきつらせた。
「俺の世界でも似たようなものを見たことがある。リザードマンってやつで人を襲い、喰らう。武器をもって戦うくらいの知能のある奴だが……。こいつらはそれほど面倒じゃなさそうだ。手ぶらとは不用心だな」
扉の影から新たなリザードマンが現れた。腕に目いっぱいの様々な武器が抱えられており、仲間たちに配り始めた。
「前言撤回。めんどくせぇ奴らだ」
「佐藤さんにはデビュー戦と採用最終試験としてこれに一人で対処してもらいます」
「は?」
「室長! それはいくらなんでも無茶ですよ!」
音川が立ち上がって抗議した。
「はは! それは面白いな」
「エリナさんまで!」
助手席からエリナが愉快そうな声を出して顔を覗かせた。
「そう? 私の見立てだと佐藤さんって結構強いと思うのですが」
宮之守は首をかしげながら佐藤を見た。この女は煽っている。実力を見せろ。私に証明して見せろと。佐藤はニヤリとしてそれに応えた。
「いいだろう。やってやる。あいつらを倒してくればいいんだな」
「一応は交渉できるか話しかけてみてくださいね。攻撃されたら敵性生物として交戦して良しってことで。あとは現場判断でよろしくお願いします」
「それは好きにやっていいってことだな」
「そうともとれますね」
宮之守は笑顔を崩さないが、その奥の瞳は冷静さそのものだった。佐藤はワゴン車から降り、ビルへと向かった。背中から音川が声をかけた。
「あの! 武器はお持ちなのですか?」
「武器? ああ、これ持ってるから」
佐藤は剣を掲げて見せた。
「宮之守は悪い奴だ」
エリナはスマホを見ながら言った。画面にはゲームが映っていた。
「なーに、エリナ。人聞きが悪いなぁ」
宮之守とエリナは、音川の後ろに置いた椅子に座ってモニターを見ていた。地上走行型のドローンから送られてくる映像には一階からビル内へ進入した佐藤の後姿が映っていた。
「あのトカゲが、初めから敵対的な奴だということを分かって行かせたな。ちょっと強いとはいえ人間だぞ。死んだらどうする」
エリナはゲームを終了させ、ポケットにスマホをしまい込んだ。
「最初は乗り気だったの誰だっけ? それにしても初対面の女子に心配されるなんて佐藤さんはもてるねー」
「ふん。女神が人の子を心配するのは当然だろう。臭いとはいえ目の前で死なれるのは気分が悪い。それはそれとして楽しむがな」
エリナはクーラーボックスからペットボトルを取り出す。蓋をひねると炭酸が漏れ、冷たい水滴が滴った。
「私より強いと思うけどなー。余裕でしょ。ほらこれ見てよ」
宮之守は付け爪をエリナに見せた。片手の付け爪、五枚のうち親指と人差し指の二枚が白い。他の指の付け爪は黒い色をしていた。
「魔法を使ったのか」
「そ、佐藤さんとお話しするときにやむを得ず、ね」
宮之守の付け爪は本来黒い色をいているが、魔術を使用するたびに白く変色する代物だ。左右の手で合計十枚のこの特別製の付け爪は魔法の不得意な者でも魔法を使用できるようにする補助魔法具と呼ばれるものだ。異世界からもたらされた魔術と現代の科学技術をかけ合わせたものだった。
一回の魔法の使用につき、一枚使用し、再び黒くなれば再使用可能となる。再使用には五時間ほど間を開けなければならない。製作者は秘匿され、宮之守以外に知る者はいない。
「ちょっと落ち着いて話をするために拘束したんだけど。彼、それを強引に振りほどこうとしてね。気が付いたら爪二枚分の魔力を使ってた」
宮之守は白くなっ付け爪をさも面白そうに眺めていた。
「これで少しは私も楽できそう」
「室長は現場調査員も兼任してましたからね。いつも大変そーって思ってました」
宮之守は目いっぱい体を伸ばして体をほぐし、日頃からそこかしこに溜まっていた疲れを解放させた。
「ほんとーだよ。もー、分かってくれるのまみちゃんだけ! これで溜まってる書類とか他の仕事もいくらか片づけられそー」
宮之守は背後の椅子に座ると寄りかかって天を仰いだ。このところ頻発する裂け目の出現の対応に追われていたのだ。
「我もついに楽ができるということだな」
「いや、別に」
「何故」
エリナは目を細めて、宮之守の反応に解せないという顔をした。
「エリナの現場調査員兼、部隊や装置の移送の役割はこのままだよ。あ、これからは佐藤さんとバディ組んでもらうからよろしくね。彼にいろいろ教えてあげて」
「え……」エリナは眉間に深い皺をよせた。「断る」
「室長。佐藤さんが現場に到着しました」
「お! じゃぁお手並み拝見っと」
宮之守はのけぞっていた体を起こし、音川の座る椅子の背もたれに手をかけ、食い入るようにモニターを覗き込んだ。
「宮之守。我は承諾していないし、するつもりもないぞ。あんな臭いのと組むのは嫌だ」
「新作ゲーム」
宮之守がぼそりと呟いた。
「分かった。任せろ」
女神エリナは甘いものと娯楽に弱かった。