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第3話 楽しい職場の予感

 警護にあたっていた二人の警察官は病院を後にする二人を怪訝な表情で見送った。スーツを来たスタイルの良い女性と、その後ろを中世の庶民を思わせる服装をしたボサボサ頭で髭が伸び放題の男がついていく。おまけにかなりアルコール臭い。怪しい。


「なぁ、さっきの女の人。だれか知ってたか?」

 警察官の一人が言った。

「いや、知らないな。一つ分かるのは俺たちとは違う。上の方にいる人ってことだな」

「じゃぁ、さっきの男もか」

「それはどうだろう。知らないけど。まぁなんとなくあんまり関わりたくはない感じだな」



 佐藤は宮之守の運転する車の助手席に座らせられ、助手席から都内の景色を眺めていた。カーラジオからは軽快な音楽が流れていた。

 空が狭い。人が多い。もちろん佐藤のいた世界でも人は沢山いた。城下町であり、他国との交流も盛んではあったがここまでではない。どこをみても人がいるのは落ち着かない。


 片側二車線の道路。信号機。隣を走るトラック。佐藤にとって現代の日本は何もかもが懐かしくもあり、新鮮でもあり、まるで外国に来たかのような落ち着かない気持でもあった。転生してからの四五年という月日はまるでそう――。

「浦島太郎みたい? ですか」

「勝手に代弁すんな」

「だって、いかにもそんな雰囲気じゃないですか。その心境を本にしたら売れるかもですよ」

「なるほど、その手があったか」

「まぁ、私が許可しないですけど」

「まったく、良い上司に恵まれたもんだな」

佐藤は鼻で笑った。

「いやぁ、照れますねぇ」

「褒めてねぇよ」


 車内から道行く人々を眺めていると、ふとあることに佐藤は気が付いた。歩いている人も座っている人も。皆、何かを見ている。そういえば日本に戻って来てから会ったあの男も同じものを持っていたことを思い出す。

「なぁ、あの妙な板を皆が真剣に見てるが。あれはなんだ?」

「え? あ、あれはスマートフォンって言って……携帯電話は知ってます?」

「それくらい分かる」


 バカにするな。と、言いたいところだが。何も知らないことに変わりはない。愚痴を言いたい気持ちを抑えて、宮之守の言葉を素直に聞くことにした。

「今はその携帯電話で通話だけでなく。映画や音楽を楽しんだり、ニュースを見たり、調べものしたり、お買い物できたり。とにかくいろんなことが出来ます」

「嘘だろ。あんな薄っぺらい板にそんな機能が? はっ! まるで魔法だな」


 宮之守は信号で車が止まった隙に、懐から黒いスマホを取り出して佐藤に手渡した。

「正式に作用が決まったらそれと同じものを佐藤さんにもお渡しします。連絡手段として必要ですからね」

「これがスマホねぇ。ただの妙な板切れにしか見えない。おれの言っていた異世界ってのは実は海の下の竜宮城だったのかも知んねぇな。……どうやって使うんだ?」


「私の指紋を認証させないと動きません。顔認証にすることもできるんですけど、毎回顔を向けるのが面倒なんですよね」

「よく分かんねぇけど貰えるなら有難く使わせてもらうとするよ」


 それでと、佐藤は話題を変えた。上司と打ち解けるために世間話もいいが一番気になるのはこれからのことだ。つまりは正式な採用について。

「その正式な採用には何がいるんだっけ? 血判とか?」

 宮之守は噴き出した。

「血判! あはは、佐藤さんがいいならそれもありかも」

「あ? あー……こっちはそういうのないんか。ずっと異世界にいったもんでよ」

「ごめんなさい。つい面白くて」

 よほど面白かったのか宮之守の目には涙さへ浮かんでいた。


「必要なのは相応しい実力があるか否か。それだけです」

「つまり戦えるかどうかって?」

「そう。脅威と戦い。無事、帰還する。シンプルでしょ」

「無事帰還するっつてもよ。そりゃぁ相手次第じゃねぇの」

「あれー? もしかして自信無い?」

 宮之守はワザとらしく挑戦的な笑みをした。


「バカにするな。そうは言ってねぇ。早いとこ片づけようぜ」

「それが今はちょうど……」

 カーラジオを遮って着信音が車のスピーカーから鳴り響く。宮之守のスマホと車のスピーカーが連携されたために鳴りだしたわけだが、それを知る由もない佐藤は盛大に驚いた。

 宮之守はその様子にまたも盛大に吹き出し、少し落ち着いたところでハンドルの通話ボタンを操作した。


「はーい。宮之守ですー」

「あ、室長! 音川です!」

 車のスピーカーから若い女の声が響いた。

「おー。まみちゃん、どしたのー?」

「これ、今、電話してる?」

 わけも分からず通話に挟まってしまったのは佐藤だった。


「あ、まみちゃん。ちょっと待って」

宮之守は小声で佐藤に言った。

「そ、これ通話中なんです。少し待っててくださいね」

「あぁ。悪い」

 佐藤は目を丸くしていた。

「いいよ、まみちゃん」

「裂け目の出現です。エリナさんが裂け目を検知したそうです」

 その瞬間、宮之守の顔がそれまでのものと変わった。どこか無邪気さのあるものから、冷静で鋭く、不敵さを内包したものへと。


「わかった。場所は?」

「そっちのナビに出します」

 カーナビが一人でに動き出し、現在地と目的地を映し出した。

「場所はこのビルです。オフィスや地下の飲食店街のある十階建ての建物で。裂け目の詳細な位置はまだこれから絞るとこですが。裂け目の規模はおそらくC級くらいってとこかと」


 宮之守は車のハンドルを豪快に回し、反対車線へと車を飛び出させた。驚いたタクシーの運転手が盛大にクラクションを鳴らし、窓から顔を出して大声を上げた。通行人はその様子にぎょっとして、スマホを構えた。

「おい! あんた何してんだ!」


 驚く佐藤に構わず宮之守は音川へ指示を行う。

「飲食店が入ってるって言ったね。ガス漏れってことで周辺の封鎖と避難指示をお願いします」

一般道を猛スピードで走る車内で佐藤は天井の取っ手にしがみついて震えあがっていた。佐藤は屈強な男である。いまでこそ引退し、怠惰な生活を送ってきたが度胸もある。それでも宮之守の車の運転は恐ろしかった。異世界帰りとなればなおのことだ。


「了解です。室長の方はどうします? エリナさんに現場まで転送してもらいますか?」

「エリナには封鎖部隊の展開に注力してほしいから。大丈夫。ほら彼女、力は本物だけど器用なほうじゃないから」

「あ、室長、これスピーカーで会話してで……」

「それは我が不器用だと言いたいのか?」


 会話に割って入ったのは別の女の声だった。それもやけに幼い感じだ。

「おっと……ほらエリナには正確に転送魔法を使ってほしいから私の方は気にかけなくていいよーってことで」

「気遣いは不要。我は不器用ではないからな。それを今から証明してやる。宮之守を車ごと直接……」

「アイスをダブルでどう?」

幼い声は沈黙した。宮之守の続く言葉を待っているようだ。


「言う通りに部隊の展開をしてくれたらトッピングも自由にしていいですよ」

「……トリプルだ。それもコーンにのせてな」

「はい。じゃよろしくねー」

 宮之守はハンドルのボタンを押して通話を終えた。佐藤はいろいろ聞きたいと思いつつ、それどころではなかった。なにせ運転席に座る女の荒い運転で無事に目的地に辿り着けるか不安で仕方がなかったからだ。

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