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異世界生物退治は元勇者にお任せあれ!
雅 清
現代ファンタジー都市ファンタジー
2024年08月01日
公開日
65,133文字
連載中
 一六歳で病死した佐藤啓介は異世界に転生し勇者となって魔族を打ち滅ぼした。それから時が経ち、引退した佐藤は酒におぼれる毎日を送っていた。酒を飲んでは道のど真ん中で目覚めるのはいつものこと。しかし二日酔いで気分最悪な状態で目が覚めるとそこは日本だった! 日本は異世界からの脅威にさらされ、秘密裏にそれに対応する組織が活躍しており、佐藤はその組織にスカウトされることになる。上司はなんだか普通じゃなさそうだし、同僚には甘党の女神? 本当はめんどうだけど、現代日本じゃ酒臭いただの無職……。仕方なく佐藤は新たな仲間と共に新しい生活を始めるのだった。

第1話 クソかったるい目覚め

 頭痛。吐き気。疲労感。佐藤啓介、四六歳は「またか」と呟いた。

  いつものことをこりもせず繰り返す朝。眩しい日差しに顔をしかめ、昨日も飲みすぎたことを思い出す。


 小石が背中に食い込んでいる。それに体のあちこちも痛い。これまたいつものように酒が悪さをしたのだ。転んで、それから帰宅途中のどこかの道端で大の字になっている。眩しさに眼は開けられないが容赦なく照り付ける日差しにそうも言っていられない。


 なにやら周りは騒がしい様子だ。きんきんと耳奥に刺さるようで手で耳を覆いたくなるが、倦怠感が勝り、腕をあげるのもかったるい。


 起きなくてはいけない。ここはいつもの街のどこかだとして、佐藤には目を開けずともおおよその見当はついていた。行きつけの酒場と、街はずれの自宅の直線状のどこかだ。うっすらと焼きたてのパンの香ばしい匂いがする。


「ああ……、アニーにどやされるな」

 アニーとは町のパン屋の娘のことだ。毎度、店の前で泥酔しているので呆れられている。しかしどういうことか今日はいつもと少し匂いが違う気がする。二日酔いのせいで鼻がバカになったのか。そろそろ、裏の共用井戸から組み上げた冷たい水をバケツになみなみと注いだアニーが叱り声と共にを浴びせてくる気配もない。


 佐藤はようやく半身を起こすことにした。面倒だがずっとここに寝ているわけにもいかない。

「めんどくせぇ」


 佐藤は極度のめんどくさがりだ。こうして毎日、毎日、酒場で酔って、通りで寝てしまうほどに怠惰で、どうしようもなく怠け者。これでも昔は勇者であった。

 一六歳で病死から異世界に転生し、異世界で生まれ変わった。その際に発現した魔法の才能から勇者としての道を進むことになる。


 怠惰ではあるが。そうしないと生き残れない、と考えたからだ。その世界は魔物の脅威に脅かされていた。拾われた孤児院で開花した魔法の才能の噂はいつしか王国へと伝わり、気が付くと王国軍へと徴用されていた。

 それからの二十年ほど戦いを続け、世界を脅かしていた魔物を見事討伐した。功績をたたえられた佐藤は膨大な報酬を得て、そのままその街に家を買い。あとはこのような自堕落な生活をそのまま続けてきた。


 働かず、怠け者でめんどくさがり。貯えを食いつぶすだけの日々。事あるごとに「めんどくせぇ」とこぼし、酒におぼれる毎日。かつて、一緒に戦った仲間はもう愛想をつかしてどこかに行ってしまった。もとより魔物討伐が終わるまでの間柄。さして思い入れもない。そう思うようにした。


 孤独感に後悔。酒は手っ取り早くそれらを埋めてくれる手段だった。酔って忘れてしまえばいい。アルコールを飲み、かつての武勇伝を酒臭い息と一緒に吐き出すのもそれなりに楽しい。聞いている人などとうにいないわけだが。

 そのなかでも毎日の鍛錬だけは続けていた。過去の栄光が脂肪に覆われてしまうのではないかと恐れたからだ。


 佐藤は頭をガシガシとかきむしり。ふらつく足に力をいれ立ち上がろうとするも今度はうつ伏せに倒れてしまった。

「ああもう、痛てぇ……早いとこ移動しねぇと」


 ふと気が付く。頬に触れる地面の感触が違うことに。佐藤はここでようやく目を開けた。

「あんだぁこれ?」

 自分の暮らしている範囲にこのように一切の隙間なく敷き詰められた石畳があっただろうか。少しの凹凸もなく馬車の通った後も無い。継ぎ目のない濃い灰色のまっ平らな地面がある。


「これは……」

 佐藤は地面を撫でた。

 まわりの騒がしさも城下町のそれとは違う。チカチカとする目を擦っているとようやくあたりの光景が目に入り、佐藤は飛び起きた。周りから戸惑いと驚きの声がわっとあがる。


「どこだよここは、おい」 

 気が付けば佐藤は野次馬に囲まれていた。異国だ。異国の服装だ。しかし見覚えがある。


 物珍し気にとりまく人々は皆一応に小さな板を構えて、佐藤を見ている。小さな板はカシャカシャと音を立てていた。

 野次馬の向こうに何かを見た。地面を走る金属の箱はなんだ。灰色の石のような木はなんだ。太陽の光を反射する巨大で四角い墓標のような城なぞ見たことがない。いや、違う。俺は知っている。この光景を知っている!


 佐藤の頭と体がかっと熱くなる。まるで血が煮えたっているようだった。

「あれは車だ! あれは電柱だ。城じゃない。あれはビルだ! ……その手に持っている物はなんだ!?」

「おい! 何を!?」


 佐藤は自分を取り巻く野次馬の一人にものすごい形相で近づき、男の手から小さな板をひったくった。

「これはなんだ!? 機械か?」

「お、おい。何して……泥棒! 俺のスマホかえせよ!」

「すまほ?」


 佐藤は自分の高い背丈と鍛えられた肉体を駆使して奪い取られまいとした。板には自分の姿が描かれている。こんな短時間で俺の姿を?

 佐藤は男に顔を叩かれ、怯んだところで『すまほ』なるものを奪い返された。自分の手から離れる一瞬、ちらりと小さく文字の羅列が見えた。『七月一日 一二時二五分』と。


「なぁ教えてくれ! 今は何年だ? なぁここは日本なのか?」

 佐藤は男の両肩をがっしと掴んで必死の形相で訪ねた。男は怯み、怯えた様子で言った。

「だ、誰か!」

「教えてくれ、ここは日本か!?」

「そこの君! その人を離しなさい」


 佐藤と男の間に別の男が割り込んで言った。周囲の人と明らかに違う服装。憲兵? 違う、この服装は警察だ。

「帰ってきたのか!? 俺は!? なぁ、日本に帰ってきたのか!?」

「何を言っているんだ君は? それにそれは何だ! 武器か!?」

「俺は帰ってきたのか! 今になって!! 今更になって!!」

 佐藤は大声をあげた。

 一六歳で病死から転生し四六歳になるまで異世界に暮らして、今更戻ったところで何もありはしない。夢で会ってくれと佐藤は叫び、そこでぷっつりと意識が途絶え、固いアスファルトの地面に情けなく崩れるように倒れこんだ。

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