「若菜、ついたよ」
浩二に声をかけられて、若菜は顔をあげた。同時に二人が乗っていたタクシーが減速する。車は一軒の家の前で停車した。
「さ、どうぞ」
料金の支払いをすませると、二人は車から降りる。若菜は荷物を持ち直すと、目の前の家を見上げた。
旧家というにはこぢんまりとしており、普通の一戸建てというには古めかしい。田舎町の古民家といった風情の建物だ。
門柱の脇には『青柳』と浩二の姓が黒々と書かれている。
「ここが俺の育った家。見た目は古そうだけど、中はリフォームしてあるから快適だよ」
浩二の説明を聞きながら、若菜は硬い表情で頷いた。
今日、若菜は恋人の生まれた家に招かれていた。この家の中では彼の家族が若菜を待っているという。
いわゆる、結婚前の顔合わせというものだ。
若菜は緊張をほぐそうと大きく深呼吸する。
結婚するからには家族のつきあいになる。彼のご両親にまず認めてもらわなければ。
「大丈夫だって。俺の家族はおおらかだからさ」
そう言って浩二がほほえむ。若菜もなんとか笑顔を作って頷いた。
「じゃ、行くよ」
浩二がインターフォンを押すと、ピンポンと音が鳴った。すぐ後にばたばたと何人かの足音がして玄関が開く。
「はい……おかえり」
そこには品のよい老夫婦が立っていた。少し遅れて若菜と同世代くらいの女性が姿を現す。
「父さん、母さんただいま。彼女が前から言っていた江角若菜さん」
「はじめまして」
玄関先で恋人の浩二に紹介されて、若菜は深く頭を下げた。
「……二年前からつきあってて……その、彼女と結婚したいと思ってる」
「そうか」
父親が重々しく答える。おそるおそる顔をあげると、彼らはほっとしたような表情をうかべていた。
「初めまして、若菜さん。私が浩二の父親の弘明だ。こちらが妻の美佐枝。それから……」
父親が振り向くと、後ろで立っていた女性がにこっと若菜に笑いかけた。
「浩二の姉の一美です。まあまあ玄関先でも何だし、上げってくださいな! とっておきのお菓子用意してるんですよ!」
「これ、一美」
父親の言うべき言葉を奪った姉を母親がたしなめる。しかし彼女は気にしていないようだ。
「いいじゃないの、ねえ」
一美の勢いに押されるようにして二人は家に上がった。