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肝試し
タカば
ホラー怪談
2024年08月01日
公開日
3,504文字
完結
軽い気持ちで向かった肝試し。
そこで起きたことは……。

第1話

 これは、二年前に体験したことです。

 まだ大学生だった私は、悪友の瀬川と一緒にアパートで酒を飲んでいました。

 時間も深夜になり、だらだらとヒマをもてあましていると瀬川が「肝試しに行こう」と言い出しました。

「肝試しってどうすんだよ」

「町はずれの雑木林の中に廃屋が一軒あっただろ。あそこ、何かいわくがあるらしくってさ、出るらしい」

「あんなところ、民家なんてあったっけ?」

「あるんだって。まあ、今はだれも住んでないから荒れ放題らしいけどな」

 酒が入っていて気が大きくなっていたのでしょう。私たちは廃屋に行ってみることにしました。

 廃屋は、住宅地から少し離れた雑木林の中にありました。誰も住んでいないからでしょう、道路から廃屋までの細い私道には草がぼうぼうに生えていました。獣道のようなそこを、懐中電灯片手に私と瀬川は進んでいきます。

 下には砂利がひいてあるのか、歩くたびにざっ、ざっ、と大きな音がしていました。

 しばらく歩くと、急に頭の上を覆っていた木の枝が途切れました。奥を見るとそこに家が一軒、草に取り囲まれるようにして建っています。

「な、いかにも出そうだろ?」

 懐中電灯で外壁を照らして瀬川が言いました。建物を観察して、私も思わず息をのみました。

 割れた窓、黒くすすけた外壁、さびてぼろぼろになった雨どい。全体的なつくりは、ごくごく普通の一戸建てでしたが、身近なデザインなだけに、その荒れた様相はかえってより不気味に感じました。

 がさがさと草をかき分けて瀬川は玄関へと進みました。ドアノブに手をかけると、あっさりドアは開きます。

「……もう、人は住んでないんだよな?」

 他人の家に上がりこむことに、私が抵抗を覚えていることが伝わっていたのでしょう。そう言うと瀬川はくつくつと笑いました。

「大丈夫だって。ほら、見てみろよ」

 瀬川のライトが玄関脇の電気メーターを照らしました。メーターの針は完全に止まっています。

「電気もないし、草も生え放題だし、ここ何か月かは確実に人なんか入ってきてねえよ。ほら、行くぞ」

 瀬川に腕を引かれて、私はしぶしぶ家の中へと足を踏み入れました。

 中に入って、まず最初に気になったのは家具の多さでした。

 誰かが住んでいて引っ越したのであれば、家財はまとめて持っていくはずです。しかし、家の中には本棚やクローゼット、ダイニングテーブルなどがすべて残っていました。流しには食器も置いてあります。

「誰も……いないよな?」

「いないって。見ればわかるだろ?」

「それは……そうなんだけどな」

 食器も、家具もそこらじゅう埃だらけでした。誰も手を触れなくなって随分経つことはわかります。それなのに、置かれた小物があまりに生々しくて、まだ住んでいた人間の息遣いを感じるのです。

「夜逃げでもしたのかな。おい、二階も行ってみようぜ」

「待てよ、瀬川!」

 私の声など気にかけず、瀬川は二階へと上がって行きました。慌てて追いかけると、彼は上がってすぐ右手にある部屋を覗き込んでいました。

「瀬川、何見てんだ?」

「子供部屋。ほら、見てみろよ」

 瀬川の懐中電灯が部屋の奥を照らしました。そこには子供のものらしい学習机とベッドが並んでいます。壁にはクレヨンで描かれた絵が何枚も貼ってありました。

「こういうところで、子供の絵とか見ると不気味だよな。ホラー映画とかだと、こういうのに交じってスプラッタな絵とかあるんだけど」

「なくていいよ、そんな絵」

「まあこれだけでも十分怖いけど……ん?」

 面白がって笑っていた瀬川が突然黙りました。

「瀬川?」

「しっ……ちょっと黙ってくれ」

 そう言うと、瀬川は階下に向かって耳をすませます。何かありえない音でも聞いたのかと、私も顔をこわばらせました。

 ですが、静寂を破ったのは場違いな甘ったるい声でした。

「もぉ~ケンちゃんったら、危ないよぉ~」

「バーカ、危ないことなんてねえよ」

 いちゃいちゃとじゃれあうカップルの声。どうやら、彼らも肝試しのためにこの家にやってきたようでした。

 カップルは(主に女性が)甲高い声ではしゃぎあいながら中に入ってきます。

 私と瀬川は顔を見合わせました。

「どうする? 瀬川」

「そうだな、まあこのまま普通に声かけてもいいけど……」

 言いながら、瀬川はにやりと笑いました。懐中電灯の電源を切ってしまいます。ついでに手を伸ばして私の懐中電灯の電源も。

「何するんだよ」

「あいつら、俺たちが先に入ってきてることに気が付いてないみたいだ。ちょっと脅かしてやろうぜ」

 瀬川はくすくす笑います。

 肝試しに来た廃屋の中で、思わぬいたずらをされる。されたほうはたまったものではないでしょうが、するほうとしてはとても面白そうでした。

 男二人のさみしい組み合わせの私たちに対して、仲のよさそうなカップルに若干嫉妬もしていました。

「子供部屋に隠れて、二人が上がってきたらおどかそう」

「いいな、それ」

 私たちはなるべく音をたてないように気を付けて、子供部屋に隠れました。下からはカップルが騒ぐ声が響いてきています。しばらくして、彼らは一階の探検をあらかた終えたようでした。

「二階見に行こうぜ」

「えー、まじ?!」

「ここまで来たら上もだって」

 不満そうな女性をなだめると、彼らは階段へと向かってきました。

 ぎし、ぎし、と彼らが階段を上る音が一歩ずつ登ってきます。

「上に登り切ったら出るぞ」

「ああ」

 ぎし、ぎし、ぎし。

 ゆっくりと上がってきた足音が、二階の廊下へとさしかかります。

 その瞬間、私たちは子供部屋から飛び出しました。

「ウボァーーーァァァ!」

 変な声を出しながら、カップルのいる方向へとむかっていきます。

 次の瞬間、カップルの悲鳴が響くはずでした。

「ァァァーー……って、あれ?」

「……え?」

 私たちを迎えたのは静寂でした。

 カップルがいるはずの二階の廊下。そこには何もなく、ただ月の光が差し込んでいるだけです。

「え、え?」

 きょろきょろと辺りを見回しますが、カップルの姿はありません。

「落ちた、か?」

 彼らが驚いて階段から落ちたのなら大変です。私は慌てて懐中電灯で一階を照らしました。しかしそこにも人影はありません。

「あ……あれ?」

 私たちに驚いて逃げたにしても妙です。あの一瞬で一階の廊下まで越えて玄関まで行けるわけがありませんから。

「なんだよ……これ」

 瀬川が階段を懐中電灯で照らしながら、呆然と呟きました。

「どうした?」

「……階段の埃、おかしくないか?」

「埃?」

 私も瀬川が見ている場所を覗き込みます。そこにはさっき上がってきた私たちの足跡がついていました。

「俺たちの足跡だろ? 何が変なんだ?」

「さっきのカップルの足跡がないんだよ! 俺たち二人だけって、ありえないだろ!」

「あ……!」

 確かに、埃の上についた足跡が少なすぎます。

 カップルは階段を上がってこなかったのでしょうか。いいえ、そんなことはありません。子供部屋に隠れていた間、私たちはカップルが階段を上る音を確かに聞いていました。よくよく見てみると、一階の廊下にも私たちの足跡しかありませんでした。

「じゃあ今聞こえた声と足音は何だったんだよ……」

「何って……」

 私たちは顔を見合わせました。

 お互い、なんとなく答えはわかっていました。ですが、怖くてなかなかそれを認めることができません。

「……出よう」

 結論は出さずに、瀬川がそう言いました。私に異論はありません。階段を降りようとしたその時。

 ぎしり。

 私たちの背後で足音がしました。

 先ほどのカップルとよく似た音です。

「……!」

 そのとき、思わず振り向いたことを私は今でも後悔しています。

 私たちの後ろに人影が二つ出現していました。

 男性と、女性。何年か前の流行りの恰好をしたカップルです。

 彼らは二人とも、首が奇妙な方向にねじ曲がっていました。女の顔はへこんで歪み、男の口元はだらしなく緩んでぽたぽたと赤い血がたれています。

 どう見ても生きている人間ではありません。

「おい、どうし……」

 私の尋常でない様子に気が付いた瀬川が、振り向きました。彼も私と同じように硬直します。

 女の赤い唇が、にいっと笑みを刻みました。

 ぎしり、と音とたてて男が一歩、前に進みます。

 その手が私に触れようとした直前、瀬川が私を引きずって走り出しました。

「逃げるぞ!」

「うわああああああああああ!」

 私と瀬川は、一目散にその家から飛び出しました。

 どこをどうやって帰ったのか。その後から翌朝までの記憶ははっきりしません。気が付いたら近所のファミレスで、二人でがたがた震えながらコーヒーを飲んでいました。

 後からわかったのですが、あの家の「いわく」とは「肝試しに入ったカップルが、階段で足を滑らせて死んだ」というものだったそうです。

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