「盗賊団に、私たちの研究所が狙われていると疑うようになったのは、研究所で雇っている警備長のスキル『痕跡探知』にて、不審な人物たちの足跡が研究所周辺から大量に発見されたからです」
エルスは淡々と説明してくれるが、いつもより少し元気がないように見えた。不安なのだろう。
私も事前に『痕跡探知Ⅹ』を使って、周辺を調べてみたのだが、確かに怪しい箇所が多かった。
知らない人物が研究所の近くを横切ることは普通にあるだろう。そういう痕跡も低レベルだと混じってしまうが、私のスキルの場合、妙な挙動をしている痕跡のみを抜き出すことができる。
すると、研究所の外壁に長時間立っていた人物がいきなり周辺を何度も行き来したり、物陰に隠れて警備兵の様子をうかがうような動きがあった。
「相手が盗賊団と予測した理由は何かある?」
私は質問を投げかける。
いつものようにちょっと低い声で、だ。
エルスが騎士団長アルレアのように『幻惑防御』を持っているとは思えないが、これは毎回のルーティンのようなものである。
「警備長がそう言ったので。彼は信頼のおける人物ですので、間違いないと思います」
エルスはそう答えた。彼女は当然、私がその警備長を上回る『痕跡探知』を持っていることは知らない。
しかし、私のスキルでは盗賊団だと言える証拠や痕跡は何一つ見つからなかった。
「もしかして、盗賊団のせいにしようとしている……?」
私はエルスに聞こえないよう、とても小さな声で呟いた。だとすると、警備長はグルだ。
そして私ならば、特殊警備として呼ばれた冒険者と犯人を会わせないようにするだろう。
「地下を見させてもらうことはできる?」
「地下、ですか? いえ、警備長の判断で、現在部外者は立ち入り禁止になっているので……」
「なら、そこが犯人たちの侵入経路だね」
「え?」
エルスは目を見開く。何を言われているのか、わからないのだろう。
私の予想はこうだ。
研究所周辺の痕跡は恐らくダミー。『痕跡探知』を持った人間がギルドから派遣されてくることも考えて、あえて痕跡を作っておいたのだろう。
その人物が盗賊団の証拠を見つけられなくても、警備長の方がスキルレベルが高いと主張すれば、どうしようもない。
私のように、スキルが通常あり得ない限界突破をしていない限りは。
そして、そうやってごまかしている間に、重要な施設である地下を襲う。
大体こんな計画だろう。
「それじゃ、仕事を始める」
私は最適なスキルを脳内で探す。
「仕事って、まだ盗賊団は来ていませんが……」
困惑するエルスに私は言った。
「ーーちょっと地面に穴を開けるね」