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第10話 ご令嬢たちのお茶会

 ご令嬢たちが集まるお茶会が、ただ楽しいものだと思ってはいけない。


 赤フードを外し、令嬢モードとなった私、キリナ・エルバルクはおだやかな午後、他の三人のご令嬢と共に私の家の庭でテーブルを囲んでいた。


 三人の名前は、リン・アルトバルト、アルメダ・ヤーク、エルス・カンガード。


 リンは小さい頃からの友達であり、とても仲が良い。王国では珍しい、さらさらな長い黒髪の持ち主で顔立ちも可愛く、私はとっても好きだ。


 ……反対に、アルメダとエルスは親同士の利益の関係上、表面的に仲良くしなければならないご令嬢たちだった。


 アルメダの実家、ヤーク家は国外との交易を行う巨大貿易商をいとなんでおり、エルスの実家、カンガード家は権威ある民間スキル研究所を運営している。


 私としては、本当は全員で心から仲良くしたいところなのだが、こっそりとスキル『敵意把握』を発動してみると……。


 アルメダは赤く、エルスは薄紅色に染まった。唯一、リンだけは色がつかず、ほっとする。


 ということで、こうやって日常生活でもスキルは有効に活用できる。


 知ることができた情報は、一緒にお茶会をしている相手が自分に敵意を持っているという悲しい事実だけだが。


「キリナさんのお家はいつ訪ねても、とても大きくて、お綺麗で羨ましいわね」


 アルメダの本心がわかってしまうと、どうにも皮肉にしか聞こえない。


 このお茶会は定期的に開催される。


 開催場所は毎回、四人の家の庭を順番に提供することになっていて、今日はたまたま私の家の番だった。


 アルメダは紅茶を優雅に口にすると、上品な仕草で香りを楽しんでいる。


 彼女も容姿は美人と呼んで全く異義のない部類の少女だ。


 ただ、少々嫉妬深い。敵意度が高いのもどちらかというと、私に対してというより、エルバルク家に対してのようだ。


 私の家、エルバルク家は英雄を祖先に持つらしい。そのためかはわからないが、王城との繋がりが貴族の中でも特に強く、国政についての助言などを行うのが主な役割だ。


 そのことがどうも、アルメダは気に入らないらしい。


 もちろん、そこは様々な人間を相手にするご令嬢、表にはそんな素振りを全く見せないのだが、以前、興味本意で『敵意把握』を使ってしまったのが良くなかった。


 スキルの使用も、時と場合を考えた方が良い。



 エルスはスキル研究の権威であるカンガード家のご令嬢だ。

 彼女は元々口数が少ない。淡々としているタイプで、背の低い女の子だった。


 とても可愛らしいのだが、薄紅色の敵意を持っていることには変わりない。


 どうも、エルスは私に敵意があるというよりも、誰に対しても警戒心が強いタイプのようだ。


 あまり敵意の色が濃くない人間はそういうタイプが多い。


 スキル研究というのは、この国で誰もが関心を持っている分野である。


 みんなが頭を悩ますスキル枠の五枠制限がなくなれば、町の暮らしや産業は大きく発展するはずだからだ。


 もちろんエルスの家、カンガード家の優先研究対象の中にはスキル枠の拡張がある。しかし、未だに研究は進んでいないようだ。


 といっても、彼女の家やその管轄下の研究所にはスキルに関する膨大なデータがある。


 それを外部の人間に狙われることが多いため、常に警戒しているのでは、と私は考えていた。


「キリナの家には『スキル枠無限』についての伝承が残っているのよね。今度、もっと詳しく教えてくれない?」


「エルスは研究ばかりですわね。もっと紅茶の匂いを純粋に楽しめば良いですのに」


「わたしは優雅に暮らすだけの貴族とは違って、研究者でもあるから。これは大事なことなの」


「む。その言葉、もしかしてわたくしに喧嘩売ってます?」


 と、私とリンをそっちのけで険悪なムードになるアルメダとエルス。実際のご令嬢のお茶会などこんなものだ。


 城下町の人々の可憐で尊いイメージとはだいぶ乖離しているのが現実である。


「ふ、二人とも! 今はお茶を楽しんでいるんだからやめようよ!」


 そうやって仲裁に入るリン。やはりリンは優しい子だ。


 リンの家は他の家と比べると、一段階、貴族としての格が落ちる。


 だが、城下町の商売の公正さを見極める役目を持っており、城下町の人間とよく接し、リンのお父上もリンも人柄が良いため、一般民からは好かれている。


 その一方で、上流階級のみで交流している貴族からは、一般国民と仲良くしている底辺貴族と蔑まれることもあるのが事実だ。


「リンさん、あなたに止める権利なんてありませんよ。私たちの方がより上級の貴族ーーむぐっ!」


 私はこっそり、魔法スキル『強制沈黙』をアルメダに対して使用した。


 これは本来、敵の魔法職が強力な魔法を使用する際に用いる、詠唱を行えなくするためのものだが、リンへの悪口を防ぐ使い道もある。


「???」


 うまく声が出せなくなって、あわてて目を白黒とさせるアルメダは、そうしていれば可愛くも見える。


 私はすぐに解除してあげた。


「あ、あれ? 今のなんでしたの……?」


 アルメダはリンに対して悪口を言おうとしていたことを忘れてしまったようだ。



 しばらくして定例のお茶会は終了し、アルメダとエルスは帰っていった。


 私はリンと二人で、大きな庭を眺めながら一息つく。


「リン。嫌だったら、別に来なくても大丈夫なのよ? 私がきちんとみんなとの関係は保ってあげるから」


「えへへ。ありがとう。でもそういうわけにはいかないよ。私も一応は貴族の娘、家の利益になるためにできることはしなくちゃ」


 悪口を言われても、リンは気にしない素振りをする。だが、心の中では傷ついているのが、私には手に取るようにわかった。


 これはスキルの効果じゃない。幼馴染みとしての勘だ。


「アルメダとエルス、どっちも根は悪い子じゃないんだけどね」


「うん、私もそう思うよ」


 リンは強く同意するように頷く。


 その優しさがもっとみんなに広く知られればいいのに、と私は思う。


「そう言えば、キリナは聞いた? エルスさんの家のスキル研究所のこと」


「カンガード家のスキル研究所? それがどうかしたの?」


「なんかね、最近、誰かが研究所の周辺を調べている痕跡があるんだって。研究データを盗もうとしている盗賊団の仕業じゃないか、って言われてるの」


「へえ……だから、今日はエルス、余計にピリピリしてたのか」


「え? エルス、ピリピリしてた? いつも通りに見えたけど」


「あ、えっと……何となくそう思っただけよ」


『敵意把握』でわかったなどと言えるわけもないので、そうやってごまかす。


「それにしても盗賊団、ね。あり得ない話じゃないけど……よくそんな話知ってたわね」


 私がそう聞くと、リンは少し誇らしげに胸を張った。


「一般国民の間では話題になってるんだよ! わたしが町を歩いていた時に、知り合いのお店の人が教えてくれたの。貴族の間には、まだ広まってないみたいだけど、時間の問題だと思う」


「一般国民の話題は、やっぱりリンが一番強いかぁ。そういう強み、もっと生かせるといいね」


「うん!」


 そうして、私とリンは別れた。



 翌日、赤フードを被った私が冒険者ギルドを訪れると、受付のお姉さんが飛んできた。


「あ、赤フードさんっ! ちょうどよかった!」


「どうしたの、落ち着いて」


「カンガード家の所有するスキル研究所から、赤フードさんをご指名の依頼です!」


 嫌な予感がした。


「どんな内容?」


 そう聞くと、受付のお姉さんは答える。


「盗賊団から研究所を守る、警備任務だそうです! なんといってもですね、報酬金がすごいんです! 受けてくださいーーー!! ギルドのためにも!!」


 はぁ、と私は息をついて、詳細を聞くことにした。

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