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第七話 幕開き 四方の神の長

 縁と結びに斬銀、そして天空原はとある街に来ていた。

 天空原が地獄谷を守る為に戦った傭兵の会社がここにあるからだ。

 今、目の前には少々さびれたビルが建っている。

 会社名は『傭兵派遣会社四方門』と書かれている。


「おう天空原、そんな緊張しなくてもいいぞ」

「いやしますよ、自分が――」

「ああ、これから会いに行く奴は死んで無いぞ?」

「え? でも確かにあの時」

「あの時は人の姿だったからな」

「別の姿があると?」

「お前が殺したと思っている正体は黄龍こうりゅうだ、元だがな」

「黄龍!?」


 黄龍とは東西南北を守る神々の長である、簡単に言えば物凄い神様という事だ。


「ほえ~四方を守る神様の長じゃん」

「お、俺は……と、とんでもない事をしたのでは」

「いや、話した感じ感心していたぞ?」

「えぇ……なんでですか?」

「ほぼ暴走状態であり、そして油断していたとはいえ……黄龍を殺したんだ」

「え? 死んだんですか? いや……そんなはずは……だって黄龍でしょ?」

「ま、完全には死んでなかったってこった」

「いやそれ死んいないのでは?」

「そうだよな……それが普通の反応だよな」


 命は一つ当たり前の発想だが、縁や結びクラスになると死んでも死なないのが当たり前。

 天空原の当たり前の言葉に、斬銀は今更ながら一般的な考えを改めて認識するのだった。


「ま、そんな緊張するな? むしろ好意的だからよ」

「は、はい……」

「入るぜー」


 斬銀を先頭にずかずかとビルへ入って行く。

 そして特にノックもせずに社長室と書かれた扉を斬銀は開いた。

 社長の椅子には優しそうなおじいちゃんが座っている。


「おお! やっと来おったか!」

「連れて来たぜ、黄龍のじい様よ」

「待て待て斬銀、何度も言うがワシャもう黄龍の座は譲った」

「ああ……そいやずっと黄龍のじい様って呼んでたな」

「無自覚か、まあよい……ワシの名はコウ・リューンだ」

「……明らかに黄龍からとった偽名じゃねーか」

「バカ者! 孫が考えてくれたすんばらしい名前だ!」

「ああ……それは悪かった」

「さてさて、斬銀と遊んでいる場合ではないな」


 コウは椅子から立ち上がり、天空原へと近寄っていく。

 天空原にしてみれば一方的に殺した相手、例え死んでなくとも。

 いや、彼の頭は今何もかんがえられないだろう。

 四方を守る神の長、元とはいえ黄龍を怒らせた――

 色々と考えているが、コウはニコニコと笑っている。


「ほほう、お前さん……前に見た時より力の制御と目的がしっかりとしているの」

「あ、あの――」

「若人よ、謝るな」


 コウはニコニコとしながらも、強い目で天空原を見た。

 天空原はその目をそらせなかった、ワシは許す、そう言っている様に見えたからだ。


「謝るは己の行動を否定する事、若人は誰を守る為に拳を振るったのだろう?」

「……はい」

「なら謝るな、自分の拳に誇りを持て」

「……」

「そう簡単には割り切れんか、悩むというのも若人の特権じゃな」

「でも……」


 天空原が感じているのは、自分がやった事に対して怒られていない事に対してのモヤモヤだ。

 あの時は制御出来ていない、つまりは本能のまま地獄谷を守っていた。

 ここに来る時に縁達から、相手方も被害者の可能性があると聞かされている。

 つまりは目の前のコウも、何かに巻き込まれた可能性という事。

 天空原の考えはまとまるはずがない、何故なら悪い事をしたら怒られたいからだ。


「ふむふむ、納得いかんか?」

「はい」

「ではワシの所でバイトせぬか?」

「……え?」


 予想外の言葉に気の抜けた声を出した天空原に、コウは言葉を続けた。


「老いと油断していたとはいえワシを殺すほどの腕前、遊ばせておくのは勿体無い」

「え? あの――」

「玄武のばあさんや!」


 ドアが開いて、亀の甲羅のガラの着物を着たおばあちゃんが入ってきた。

 物腰柔らかな笑顔をしていて、縁達を見て軽く一礼する。


「はいはい、ちゃんとかめ子と呼んでくださいな」

「おお、すまんすまん……この若人にワシらの仕事内容を教えてくれ」

「わかりました……あらまあ貴女、界牙流?」

「そうです、四代目ですが……知ってるんですか?」

「初代に防御の技を教えた事があってね」

「これはお話を詳しく聞かないと、天空原、このお姉さんから色々と教えてもらうよ~」

「えっ!? ちょ!?」

「ふふ、ついてきてくださいな」


 結びに引っ張られる形で、天空原とかめ子は出ていった。

 それと同時にこの場の空気が変わった、本題はこれからだと言わんばかりに。


「さて……縁殿に見てもらいたい物があってな」

「なんでしょう」

「これじゃ」

「ワシらが受けた依頼じゃ、内容は街で悪さをしている猫娘をこらしめてくれ、とな」

「……んん?」


 コウが差し出した依頼書を見る縁、一瞬でその異常性を見破った。

 依頼内容ではない、その依頼書に込められた術である。


「これは暗示がかけられているあとがありますね」

「やはりそうか……ワシも老いたか」

「これは時間をかけて侵食する術ですね、認識を徐々に変えていきます」

「ふむ……つまりは、捕まえる、拘束、束縛……言葉が思いつかんの」

「まあ徐々に強い言葉になるって事だな? 縁」

「そうです」


 つまりこの依頼書の暗示で、コウが地獄谷を仕留める流れになったのだろう。

 斬銀が続けて発現をした、何やら納得しているようだ。


「……縁、あの猫娘……地獄谷だったか?」

「はい」

「アイツも暗示にかかっていた可能性がある」

「どういう事ですか?」

「地獄谷が居街、グリムアルを傭兵仲間に調べてもらったんだがな」

「何かわかりました?」

「最初にグリムアルに来た時は、今のような明るい感じだった様だ」

「……なるほど、確かに荒れてた頃と印象は正反対だ」


 縁達が知っている最初の地獄谷は、人の大切な物を簡単に燃やす様な性格だった。

 それが今では明るく思いやりのある性格だ、まさに洗脳が解けたような変わりようだ。


「おそらく封印されていた神の力を取り戻した時に、その余波で正気に戻ったのかもしれません、本人にその自覚は多分無いでしょう」

「その封印て誰がしたんだ?」

「父親ですね、おそらく地上で過ごしやすくするためでしょう」

「なるほどな、力は持ち過ぎないほうがいい」


 喧嘩で娘が家出したとはいえ、人の世で過ぎたる力を持てば間違いなく災いが起こる。

 それを考えて娘の力を封印したのだろう、これに関しては良い悪いはわからない。

 そして今はそれよりも大切なことがある。 


「で、縁どうする? 地獄谷の事も今回の事もおそらくだが……」

「ええ、十二支が絡んでいる可能性がありますね」

「嘆かわしい、ちょいちょい耳にするが十二支も堕ちたものよ、昔は誰しもが羨んだ座のだがな」

「……まずは何処の十二支か調べます、次にこれ以上何かしてくるのであれば」

「どうするんだ縁?」

「もちろん滅ぼします」


 縁は笑って斬銀を見た、もちろんその笑顔は狂っていた。

 今まで我慢していたモノを発散出来る、自分の基準で合法的に処せる。

 神の考えの縁がそこにいた、だが斬銀にそんな笑顔は通用しない。

 苦笑いされるだけだ。


「はぁ……昔みたいな目に戻ってるぞ?」

「もちろんです、今は神社無いですし」

「……なぁ、昔みたいに暴れないでくれよ?」

「ちゃんと敵は見定めますよ」

「頼んだぜ」

「ワシからも頼む、今回の件……引退したワシらには重荷じゃ」

「んなバカな、本気出した四神ししんと黄龍に勝てるかよ」

「ワシらは引退したんじゃ、そんな奴らが実は! なんてやったらカッコ悪いじゃろ」

「そんなもんかね」

「ああ……『引退』とはそういうものだ」


 一瞬だけ険しい顔になったコウだったが、直ぐに笑顔に戻った。

 彼の引退という考えは、現役ではない者が必要以上に力を使ってはいけない。

 そんな思いがあるのかもしれない、もちろん考え方はそれぞれだろう。


「まあそれはさておき……来たついでにちょいと仕事を頼まれてくれないか?」

「仕事? 俺はいいが縁達は授業あるんじゃねーか?」

「大丈夫ですよ、おそらく天空原君の情操教育に必要でしょう」

「ふっ、流石は現役の神だ、お見通しか? 実は自然災害が起きた地域の復興支援をしていてな? 白虎と朱雀がそこにいるんだが進まんようだ」

「そりゃ大変だな……場所はどこだ? 現場に向かって状況を見た方が早そうだ」

「ですね、おそらく天空原君も同じ説明を受けているでしょう」


 この後縁達は自然災害が発生した地域へと向かうのだった。

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