荒野原と妹と一緒に知り合いのスナックに行くとなんと荒野原の母、詩織と遭遇してしまったのだ。
詩織は今、娘の彼氏に酔っぱらった醜態をみせられないとお手洗いでお色直し中。
「……俺何か言われるんだろうか」
神妙な面持ちでお酒を飲んでいる長谷川。
「それは大丈夫、私が成人した時に『あんたも大人になったんだから、余程の事じゃなきゃ口出しはしない』って言われてる」
荒野原は微笑みかけながら長谷川の肩を軽く叩いた。
「いやでも……」
長谷川は自分に自信が無い顔をしている。
カウンターに居たルルが木の札のような物を持って店の外へ行き、直ぐに店内へと帰ってきた。
「長谷川君、自分の存在をマイナスにしないで」
「んだぞ兄貴、不安なのは解るがちょっとでいいから自分に自信持て」
あゆさは軽くべしべしと兄の背中を叩く。
「……そうだな」
「お待たせいたしました」
詩織がお手洗いから帰ってきたようだ。
先ほどとは違い年相応の美しさと高貴な雰囲気を漂わせている。
「長谷川さんですね? 娘からお話は聞いています、母の詩織です」
詩織は深々と頭を下げた。
それを見た長谷川は直ぐに立ち上がった!
「は、初めまして、長谷川羽島と言います」
長谷川も深々と詩織に向かって頭を下げた。
「一点だけお願いがあります」
「な、なんでしょうか?」
長谷川は緊張した顔をしていて、詩織は微笑んでいた。
「娘を悲しませないでください、母としての願いです」
「わかりました」
「よろしくお願いしますね」
詩織は深々と頭を下げた後、自分が座っていた椅子に座り長谷川も自分の席に座る。
「よし、真面目な母親おわり~ルルちゃんおかわり~」
空のコップを掲げる詩織、先ほどの威厳はもう無い。
「んも~しまらないわね~」
ルルは溜め息しつつおかわりをささっと作る。
「あ、そうだ兎君」
お酒を受け取り長谷川を見る詩織。
「なんでしょうか?」
「浮気とかその他取り返しのつかない事で娘悲しませたら……」
詩織は足を組み体を長谷川に向けた。
「我身に変えて絶滅するからな?」
ドスの効いた声とトライアングルビーダーを持ってそうな黒い笑顔と雰囲気を出していた。
その声と雰囲気からは本気だと感じさせる。
「……いや、その前に確実に荒野原さんに鉄拳くらってますね、いや鉄拳じゃすまねーな」
詩織の脅しともとれる言葉を長谷川は臆する事無く普通に答えた。
「お~流石兎君、彼氏だけの事はあるな! 娘の事を解ってる」
詩織はサムズアップをした!
「てか兄貴が浮気なんてねーわ、数十年妹やってる私が保障する」
「お、それを言ったら娘も同じだ、母としては少しくらい男の影があってもよかった」
詩織はわざとらしくハンカチで涙を拭いている。
「はっ! 寄ってくる男共が下心見え見えでイライラすんだよ、綺麗だの胸大きいだのグチグチクソうぜぇ……ぶっ潰すぞ」
荒野原は人を殺しそうな目をしてそう言った。
「兄貴を選んだ理由は?」
「レアスナタガチ勢だったのと一緒に居て楽しいからだよあゆさちゃん」
「兄貴、中学生から青春無駄にしてよかったな」
「無駄? 結果的に最初で最後のこれ以上居ない女性と出会える基盤を作れたなら無駄ではないだろ?」
歯を光らせるようなすまし顔をし、お酒片手にそう言った。
「むふふふ」
嬉しさからか長谷川に少し寄り添った荒野原。
「ああ……娘のタイプだわ、サラッとくさいセリフを本心で言えるの」
「妹から見たら姉貴は兄貴のタイプドストライクなんだよね」
「ほう、妹兎ちゃんそれは詳し……あれ? キャラクター兎だったよね? あの場所に居たよね?」
あの場所とは縁が愛を叫んだ場所の事だ。
「キャラクターは兎でしてよ? お義理母様」
あゆさは絆の喋り方をした。
「……お義理母様!」
詩織は子供のように目をキラキラさせる。
「ちょっと隣に来ない? 流石に兎君の隣は娘に悪いし」
「よっしゃ」
あゆさは立ち上がり詩織の隣に移動し、コースターとお酒はルルが移動させた。
「ふふふ」
ルルは子を思う母のように笑っていた。
「ん~? ルルちゃん楽しそうだな! 何かあったのか?」
「ふふ、昔ゲーム内で羽島君が詩織に言った事が本当になったなと思ってね」
「ん!? あたし兎君にあってたの!?」
詩織は目を見開いて長谷川を見る。
「ってもかなり昔よ? 羽島君は確か妹を守る戦いのロール中だったかしら」
「て事は俺が中学終わりか高校生の時か」
「兄貴、その時からフラグ立てておくとかすげーわ」
あゆさはビックリを通り越して呆れていた。
「ロール確認すれば出てくるだろうけど……荒野原さんに何と言ったか覚えてない」
「おうおう兎君、娘と同じ苗字なんだからどっちに言ってるかわからんぞ」
「私が名字で呼ばれたい」
「あらあらお姉様、名前呼びじゃなくていいのかしら?」
絆口調で煽るような言い方をするあゆさだが。
「私の名字って長谷川君と結婚するまでしか呼ばれないと思うから」
「おおう、サラッと言いよった、ご馳走様」
「ふふーん、なら私が詩織か……お義理母様でいいわよ!」
詩織は期待の眼差しで長谷川を見る。
「詩織さんで」
「即答!?」
不満そうな顔しながらカウンターを軽くペチペチと叩いた詩織。
「まあ、それはいいや、ルルちゃんはあたしと兎君の絡み覚えてるの?」
「断片的だけどね」
「おお! なら覚えてる範囲で聞かせてーな」
4人の視線がルルに集中する。
「ゲーム内でも私は水商売のお店をしているんだけども、その当時は治安の悪い場所で商売をしているって設定だったわ」
「確か俺は用心棒、スタッフでそこに居たんだったか」
「そうそう、で悪い奴らがやってきて羽島君のキャラクターと詩織のキャラクターが共闘してそいつらを撃退したと」
「あー!」
詩織は大声をあげて手を叩いた!
「もしかして黒いジャージ着てた?」
「はい、その当時なら黒ですね」
「はいはいはいはい! あたしにお酒持ってきた黒いジャージの兎が『お姉さん、そんな顔してどうしました?』とか言ってたわ!」
「……長谷川君? いや、いやこの場合は縁君か」
母の言葉を聞いて荒野原は疑うような目線を長谷川にする。
「まあまあ姉貴、演技なんだから落ち着いて」
「で、お母さんはなんて返したのさ」
「ん? 確か『貴方こそ世界を恨むような顔をしてるけどどうしたの?』って聞き返したわ」
「なるほど、てかお母さんはどんな顔してたんだか」
「その時のあたしのキャラクターは設定的にちょっと心が荒んでたのよ、てかあんたが心配するようなやりとりなんざしてないよ」
詩織は苦笑いしながらつまみを頬張った。
「話を戻すと、ルルちゃんが言ってたように悪い奴らが襲撃してきて兎君と共闘したんだったわ」
酒を一気に流し込む詩織、ルルがすかさず新しいのを作る。
「撃退した後兎君に『そんな音をしていると貴方は壊れるから……素敵な夢を持ちなさい』って言った」
「ほう、で兄貴はなんて返したのさ」
「ああ……思い出してきた……『なら素敵な恋をしますよ』って言ったんだった」
長谷川は少し恥ずかしそうにそう言った。
「ブッフォ!」
荒野原はおしぼりで自分の口を塞いだ。
ルルは新しいおしぼりを荒野原の前へ置く。
「……兄貴らしいというか縁らしいというか」
あゆさは溜め息をしてお酒を飲んだ。
「これはお祝いしなくちゃね」
ルルはカーテンで仕切られた調理場へと向かう、冷蔵庫を開け閉めする音が聞こえた。
「お、いいねぇ……よし! 今日のここの代金は私に任せろ」
詩織は軽く手を挙げた。
「お母さんご馳走様」
「いいんですか?」
「いいんだよ兎君……『素敵な恋』をしているんだろ?」
「はい、ありがとうございます」
「お義理母様、ありがとうございます」
「お義理母様……」
また目をキラキラとさせる詩織。
「これは私からよ」
ルルは白い長方形の箱をカウンターに置く、その中身は高そうなケーキが入っていた。
「おお! ケーキ!」
あゆさは目の色を変えた。
「ルルちゃーん、他のお客来たらどうすんのさー」
「本日貸し切りの札ドアにぶら下げてるから大丈夫よ」
「え!? か、貸し切り!? いつの間に!?」
「細かい事は気にせずに今日はゆっくりしていきなさい、私もお祝いしたいのよ」
「ルルちゃんの出来る女力がやべぇ……どうなってんだよ」
あゆさは乾いた笑いをしていた。
「じゃあ改めまして乾杯しよう! 打ち上げじゃ! 祭りじゃ! 音頭は任せろ!」
詩織は空のコップを掲げた。
「今新しくお酒作り直すわね」
ルルは手早く全員分のお酒を作りコースターへと置き、自分の分を右手に持った。
「よし! 皆コップは持ったな!」
詩織は酒を掲げた!
「娘の結婚祝して乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
皆が皆グラスを合わせて音を鳴らす。
「いや何故に結婚!?」
「細かいな兎君! 今すぐじゃなくとも将来するんだろ?」
「そうなれたらいいですけども……」
長谷川は酒を置いて考え始めた。
「兄貴、ビシッと『はい』って言えばいいんだよ」
「そうだそうだー! 私じゃいやか!」
右手の人差し指で長谷川をツンツンする荒野原。
「いくら酒が入ってるとはいえ生半可にはいと答えちゃ駄目だろ、2人でゆっくり考えていこう」
長谷川は荒野原の目を見てそう言った。
「ふへへへ……」
幸せそうに笑う荒野原だった。
この打ち上げはまだまだ終わらない。