目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第7話『アイリの卒業と、ディアの求婚』

後日、ディアは城を出て城下町に来ていた。

アイリの付き添いでの外出はよくあるが、ディアが一人で外出する事は珍しい。

黒のスプリングコートを羽織り、帽子を深く被っている。

魔王の側近として顔を知られているディアは、なるべく目立たない服装で出かけた。

今日はディアにとって、重要な目的があったからだ。


商店街の一角に構える魔道具屋に辿り着くと、そこで足を止める。

深呼吸のように大きくフゥっと息を吐くと、店の入り口のドアを開ける。


「いらっしゃいませ〜!あ、ディア先生!?」


ディアを出迎えた店員は、エプロン姿のリィフ。

この魔道具屋はリィフの実家であり、たまに手伝いでリィフが店番をしている。


「わぁ!ディア先生のご来店、めっちゃ嬉しい!ファンクラブ会長として光栄ですぅ!」

「今日はリィフさんが店番なんですね。よろしくお願いします」

「はい!今日は何をお探しですか!?」

「魔石を見せて頂いてもよろしいでしょうか」


ディアは店に並ぶ魔石の原石を1つ1つ手に取って丁寧に見ていく。

研磨されていない原石に輝きはなく、色の違いくらいしか差はないが、それでもディアは真剣に見比べている。

仮にも魔道具屋の店員であるリィフは、魔石を選ぶディアの様子を見て勘付いた。

……が、あえて、それを言わない。

ディアがようやく赤い魔石に決めて手に持つと、リィフの所へと持ってきた。


「この魔石をアクセサリーに加工して頂きたいのですが」

「はい!ご注文承ります!」


ここまでくれば、もう確定だ。

ディアが注文の手続きと会計を済ませると、リィフがニコニコしてディアに伝える。


「赤い宝石、きっと似合いますよ!成功するとええですね!」

「……はい、ありがとうございます」


少しだけ頬を赤くしたディアは、照れを隠すように帽子を深く被った。





……そして、アイリ高校卒業の日の前夜。

ディアは自室の机に座って目を閉じ、意識を集中させている。

ペンダントに加工された小さな赤い宝石を両手で握りしめて、強く念じる。


(……アイリ様)


心の中で愛する人の名を呼びながら、その手に魔力を集中させる。

ディアの両手から放出された魔力は、赤い宝石の中へと送り込まれ吸収されていく。

ディアが目を開けて両手を広げると、魔力で満ちた宝石は先ほどよりも輝きが増して見える。


魔界では婚約や結婚の際に、装飾品に魔力を込めて相手に贈る。


その時、ディアの部屋の扉がノックされる音が聞こえてきた。

ディアは急いでペンダントをケースに入れると、引き出しの中に隠した。

ゆっくりと席を立って歩き、扉を開けると、そこにいたのはパジャマ姿のアイリ。


「ねぇ、ディア……お願い。一緒に寝よう?」


アイリは上目遣いで恥ずかしそうにディアに『添い寝』を申し出る。


「高校生最後の思い出に……なんちゃって……」


ディアは少し驚いた顔をしたが、すぐに微笑んで頷く。


「はい。承知致しました」


ディアにとって、恋愛の封印解除は明日であり、少しのフライングではある。

しかしアイリは、ディアの恋愛の封印解除の日を知らない。


二人でベッドに入ると、アイリはディアに抱きついて密着する。


「あ、アイリ様……」

「ふふ。また魔力の結合が起きちゃうね」


封印解除の前日にディアの理性を破壊しにかかるアイリは、なんとドSなのだろうか。

アイリは幼く見えるが、母親に似てスタイルが良い。そんなに密着したら感触で伝わる。

だが真面目なディアは、なんとしてでも明日までは耐えなければならない。


「そのうち、魔力の結合で子供ができちゃったりして……きゃっ」


とんでもない発言をして、自分で恥ずかしがるアイリであった。

明日も、これからも毎日ずっと、ディアの温もりに包まれて眠りたい……

そんな願望が明日、本当に叶うとは、その時のアイリは夢にも思わなかった。





そして次の日。ついに迎えた、魔界の学校『オラン学園』の卒業式。


季節は春。アイリは無事に、魔界の高校を卒業した。

とは言っても、アイリの見た目は入学時と変わらない。

混血とはいえ、数万年も生きる、寿命の長い悪魔の血筋。

人間と違って、見た目と実年齢は一致しない。


卒業式を終えた後、アイリは昇降口を出て、校庭の真ん中に立つ。


「わぁ……桜吹雪……」


栗色のボブヘアを春の風に靡かせながら、アイリは両手を広げて空を仰いだ。

濃紺のブレザー、胸元に赤いリボン、同色のスカート。

制服姿でここに立つのも、今日で最後だ。

広い校庭の真ん中ではあるが、風に乗った花びらが、ピンク色の雪となって降り注ぐ。

そんなアイリのすぐ隣で、優しい笑顔で彼女を見守るディア。


「アイリ様。ご卒業、おめでとうございます」


ディアの自主的な恋愛の封印が解ける今日、この日に。


「アイリ様がご卒業を迎えられた今日、お伝えしたい事があります」


今までの想い、これからの想い。全ての愛を伝えるために。

スーツの内ポケットに忍ばせた『婚約ペンダント』を捧げると共に。



「これからは、未来の伴侶としてお守りすることをお誓い致します」



愛されるという事が、こんなにも幸せなのだと気付かせて下さった貴方に。

たくさんの愛を下さった貴方に、一生をかけて愛をお返し致します。





生徒と教師の関係、そして恋愛の封印から卒業した、この日から。

『悪魔の王女と、魔獣の側近』の物語が始まる。



—完—

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?