後日、ディアは城を出て城下町に来ていた。
アイリの付き添いでの外出はよくあるが、ディアが一人で外出する事は珍しい。
黒のスプリングコートを羽織り、帽子を深く被っている。
魔王の側近として顔を知られているディアは、なるべく目立たない服装で出かけた。
今日はディアにとって、重要な目的があったからだ。
商店街の一角に構える魔道具屋に辿り着くと、そこで足を止める。
深呼吸のように大きくフゥっと息を吐くと、店の入り口のドアを開ける。
「いらっしゃいませ〜!あ、ディア先生!?」
ディアを出迎えた店員は、エプロン姿のリィフ。
この魔道具屋はリィフの実家であり、たまに手伝いでリィフが店番をしている。
「わぁ!ディア先生のご来店、めっちゃ嬉しい!ファンクラブ会長として光栄ですぅ!」
「今日はリィフさんが店番なんですね。よろしくお願いします」
「はい!今日は何をお探しですか!?」
「魔石を見せて頂いてもよろしいでしょうか」
ディアは店に並ぶ魔石の原石を1つ1つ手に取って丁寧に見ていく。
研磨されていない原石に輝きはなく、色の違いくらいしか差はないが、それでもディアは真剣に見比べている。
仮にも魔道具屋の店員であるリィフは、魔石を選ぶディアの様子を見て勘付いた。
……が、あえて、それを言わない。
ディアがようやく赤い魔石に決めて手に持つと、リィフの所へと持ってきた。
「この魔石をアクセサリーに加工して頂きたいのですが」
「はい!ご注文承ります!」
ここまでくれば、もう確定だ。
ディアが注文の手続きと会計を済ませると、リィフがニコニコしてディアに伝える。
「赤い宝石、きっと似合いますよ!成功するとええですね!」
「……はい、ありがとうございます」
少しだけ頬を赤くしたディアは、照れを隠すように帽子を深く被った。
……そして、アイリ高校卒業の日の前夜。
ディアは自室の机に座って目を閉じ、意識を集中させている。
ペンダントに加工された小さな赤い宝石を両手で握りしめて、強く念じる。
(……アイリ様)
心の中で愛する人の名を呼びながら、その手に魔力を集中させる。
ディアの両手から放出された魔力は、赤い宝石の中へと送り込まれ吸収されていく。
ディアが目を開けて両手を広げると、魔力で満ちた宝石は先ほどよりも輝きが増して見える。
魔界では婚約や結婚の際に、装飾品に魔力を込めて相手に贈る。
その時、ディアの部屋の扉がノックされる音が聞こえてきた。
ディアは急いでペンダントをケースに入れると、引き出しの中に隠した。
ゆっくりと席を立って歩き、扉を開けると、そこにいたのはパジャマ姿のアイリ。
「ねぇ、ディア……お願い。一緒に寝よう?」
アイリは上目遣いで恥ずかしそうにディアに『添い寝』を申し出る。
「高校生最後の思い出に……なんちゃって……」
ディアは少し驚いた顔をしたが、すぐに微笑んで頷く。
「はい。承知致しました」
ディアにとって、恋愛の封印解除は明日であり、少しのフライングではある。
しかしアイリは、ディアの恋愛の封印解除の日を知らない。
二人でベッドに入ると、アイリはディアに抱きついて密着する。
「あ、アイリ様……」
「ふふ。また魔力の結合が起きちゃうね」
封印解除の前日にディアの理性を破壊しにかかるアイリは、なんとドSなのだろうか。
アイリは幼く見えるが、母親に似てスタイルが良い。そんなに密着したら感触で伝わる。
だが真面目なディアは、なんとしてでも明日までは耐えなければならない。
「そのうち、魔力の結合で子供ができちゃったりして……きゃっ」
とんでもない発言をして、自分で恥ずかしがるアイリであった。
明日も、これからも毎日ずっと、ディアの温もりに包まれて眠りたい……
そんな願望が明日、本当に叶うとは、その時のアイリは夢にも思わなかった。
そして次の日。ついに迎えた、魔界の学校『オラン学園』の卒業式。
季節は春。アイリは無事に、魔界の高校を卒業した。
とは言っても、アイリの見た目は入学時と変わらない。
混血とはいえ、数万年も生きる、寿命の長い悪魔の血筋。
人間と違って、見た目と実年齢は一致しない。
卒業式を終えた後、アイリは昇降口を出て、校庭の真ん中に立つ。
「わぁ……桜吹雪……」
栗色のボブヘアを春の風に靡かせながら、アイリは両手を広げて空を仰いだ。
濃紺のブレザー、胸元に赤いリボン、同色のスカート。
制服姿でここに立つのも、今日で最後だ。
広い校庭の真ん中ではあるが、風に乗った花びらが、ピンク色の雪となって降り注ぐ。
そんなアイリのすぐ隣で、優しい笑顔で彼女を見守るディア。
「アイリ様。ご卒業、おめでとうございます」
ディアの自主的な恋愛の封印が解ける今日、この日に。
「アイリ様がご卒業を迎えられた今日、お伝えしたい事があります」
今までの想い、これからの想い。全ての愛を伝えるために。
スーツの内ポケットに忍ばせた『婚約ペンダント』を捧げると共に。
「これからは、未来の伴侶としてお守りすることをお誓い致します」
愛されるという事が、こんなにも幸せなのだと気付かせて下さった貴方に。
たくさんの愛を下さった貴方に、一生をかけて愛をお返し致します。
生徒と教師の関係、そして恋愛の封印から卒業した、この日から。
『悪魔の王女と、魔獣の側近』の物語が始まる。
—完—