目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第3話『アイリの発覚と、ディアの魔力』

後日、アイリは城内の医療・診察室にて、健康診断を受けた。

一通りの検査を終えて、アイリは女性医師と向かい合って座り、診断結果を聞く。


「それでは、検査の結果をご報告します」


神妙な面持ちで語り始める医師に対して、アイリは緊張せずに軽く構えていた。

おそらく体には何も問題ないんだろうと、感覚で確信していた。

……だが。


「アイリ様。落ち着いて聞いて下さい」


そう医師が前置きをした事で、アイリの確信が不安に変わる。

え?これって、何か重要な問題が見付かった時に言われる前置きなのでは……?

まさか、本当に体に病気が見付かったのだろうか。



「アイリ様の体内に、ディア様の魔力反応が確認されました」



医師のその言葉を聞いた瞬間は、アイリにはその意味が理解できなかった。

だが、医師がその続きを言い淀んでいる間に、少しずつ気付き始めた。


「え……そ、それって、まさか……」


絞り出すように出されたアイリの声は震えている。

悪魔にとって、体内に他人の魔力を宿す事の意味は限られている。

それは、その相手との子を胎内に宿すこと。つまり『懐妊』。

魔力とは、遺伝子を示すDNAのようなもの。それは確実にディアとの血の繋がりを証明する。

アイリが衝撃に言葉を失っていると、気を遣ってなのか、医師が遠回しに話を続ける。


「……最近、ディア様と何か親密な事をされましたでしょうか?」


その質問は、もはや尋問。その答えを口に出せないアイリを追い詰めていく。

……身に覚えが、ありすぎるからだ。


(……あの時の、添い寝!?え、でも、あれって……まさか……)


グルグルと高速回転し始めたアイリの思考の中で、あの時の添い寝を思い出してみる。

あの日、確かにディアと一緒のベッドで寝たが、アイリはすぐに眠ってしまった。

可能性があるとすれば、その後しかない。


(まさかディア……私が眠っている間に……!?)


いや、さすがに、それは……でも、もし魔法で眠りを深くさせられていたら?

しかも、今は魔獣が活発になる『春』だ。つまり繁殖期。

……ありえる。

ディアとの、ただ一度の添い寝で、そんな事が……。

顔は驚きながらも、感情としては困るのか、嬉しいのか。話が飛躍しすぎて、もう訳が分からない。

アイリの混乱を察した医師は、控えめながらも、さらに何かを告げようとする。


「アイリ様、それで……」

「うん、分かった、もういいよ。この事は、まだ誰にも言わないで。ごめんなさい、ちょっと一人になりたい……」

「……分かりました。この件は内密にしておきます」


アイリは椅子から立ち上がると、フラフラと不安定な足取りで診察室を出て行く。



自室に入ると、アイリは脱力してキングサイズのベッドに倒れこむ。

仰向けになって天井を見つめながら、はぁ、と大きく息を吐いた。


(私……懐妊したんだ……ディアとの子……)


次の瞬間、ハッと何かに気付いたアイリは、脳内で計算を始めた。

今は、高校3年生になったばかりの春。このまま行けば……

アイリはガバっと起き上がって、どこか遠くを見つめて口走る。


「どうしよう、卒業前に産まれちゃう!?」


だからと言って、すぐに懐妊の事実を公表する勇気もない。

まだ恋人でもないディアに言う勇気もない。

それ以前に今のアイリは、魔法の成績を上げなければ卒業すら危うい状況。

いくつもの窮地に立たされたアイリは、決意した。


……ギリギリまで、ディアに言わない。

それまでに、ちゃんと私を好きにさせて、正式に恋人になる。

そして、ちゃんと卒業もする。


(でも、魔法の不調が、懐妊によるものだとしたら……)


これから先は恋も勉強も、さらに困難な道を行く事は避けられない。

ディアはモテる。リィフを始め、恋のライバルだって多い。

だが、このまま弱気でいては、何も解決しない。

だからこそ……


(ディアと恋人になる!子供を産む!!卒業もする!!)


人生最大の3つの決意と共に、アイリの恋の炎は燃え上がった。

本来なら、悪魔であるアイリが、魔獣であるディアと子供を成せるという確証はない。

それなのに今のアイリには、高校卒業後にディアと幸せな家庭を築いている、という未来の願望しか見えていない。

……と、そんな時に。


コンコン、コンコン!!


「ふわっ!?」


アイリの部屋の扉を外から強めにノックする音に驚いて、アイリは妙な声を上げた。

慌てて寝室を出ると、出入り口の扉の前に立って、そっと扉を開けてみる。

その先にいた人物とは……


「アイリ様、失礼致しました。何度もノックしたのですが……」


何も知らずに深刻そうな顔をしてアイリの部屋を訪れた彼こそ、ディアだ。

なんというタイミングだろうか。

ディアは何度もアイリの部屋の扉をノックしていたらしいが、全然気付かなかった。

今、どんな顔をしてディアと向かい合えばいいのか分からない。


「あ、うん、ごめんね。どうしたの?あっ、とりあえず入って」


ぎこちない笑顔をしながら、アイリはディアを自室へと招き入れた。

アイリが生まれた時から同じ城で暮らす二人は家族同然なので、なんの抵抗もない。

フワフワのピンクの高級絨毯の上に置かれたローテーブルに、二人は向かい合って座る。

ディアは相変わらず深刻そうな顔をしている。


「えっと、ディア、どうしたの?」

「健康診断の事です。結果は、どうだったでしょうか」

「あっ!そ、そっか、それね、その事ね!あー……」


ディアは、アイリの健康診断の結果を心配して来てくれたのだ。

それなのに、アイリは目も口も泳ぎまくっていて、まともな声が出せない。


……私、懐妊したの。

……ディアの子を、身籠ったの。


(なんて、言える訳ないよぉっ……!!)


アイリは口だけをパクパクさせながらも、なんとか心の叫びを封じこめた。

このディアの様子だと、あの日の夜は魔獣の本能が目覚めて自我を失った為に、記憶にないのかもしれない。

話してしまえば、真面目なディアは責任を取ろうとするに違いない。

でも、そんな形で結婚を急がせたくはない。

結婚するなら、ちゃんと両思いになってからの方がいい。


「えっと、ぜんっぜん、何ともなかった!健康だったよ……」

「そうですか……」


嘘をついてしまった罪悪感で語尾が沈むアイリと、それを聞いて沈んだ顔つきになるディア。

健康問題がないという事は、アイリの魔法の不調は原因不明という事になる。

こうなると、やはりアイリの心の問題としか言いようがない。


「アイリ様っ……!!」

「え……ふぇっ!?」


ディアが突然、身を乗り出して、テーブルの上に置いたアイリの片手を両手でぎゅうっと握りしめた。

瞬時に顔を真っ赤にしたアイリに向けられるディアの眼差しは、真剣そのもの。


「魔力の乱れは、心の乱れです。お悩み事があるなら、ご相談下さい」


(だから、それが言えないんだってばぁ〜〜!!)


アイリを乱している原因は、間違いなくディアなのだから。

心の叫びとは裏腹に、アイリの口からはディアに対する想いだけが溢れ出していく。


「……ディア、好き……大好きぃ……」


こんなに優しくて、真剣に向かい合ってくれて、いつも側にいてくれて。

そんなディアが愛しくて愛しくて、たまらない。

ディアを愛せば愛すほど、恋がアイリを狂わしていく。


「はい。ありがとうございます」


それなのにディアは、その愛を受け取りはするが、返しはしない。

『好きです』と、言い返してはくれない。

行き場を失った一方通行の切ない恋が、全ての原因なのだと……気付いてはくれない。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?