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第6話『リィフの告白と、ディアの封印』

ようやく晴れて両思いになれた二人ではあったが、ディアは恋愛の封印を継続中。

それでもやはり、心が通じ合った二人は、以前とは違う。

いつかディアの封印が解けて愛される日を楽しみにしながら、今日もアイリはディアに愛を伝える。


そんな幸せな日々を過ごしながら高校3年生の春、卒業間近の日。

下校時、いつものようにアイリとディアは手を繋いで校庭の真ん中を目指して歩いていた。

その時、後ろから走って追いかけて来た誰かが、二人の行く手を阻むようにして前方に立ちはだかった。


「すんません、ちょっと待ったってや」


独特の口調で二人の歩みを止めたのは、リィフ。


「ディア先生。高校を卒業する前に、ウチの思いを告白してもええですか?」


それを確認する時点で、すでに告白しているようなものだ。

リィフの真剣な眼差しを見たアイリは、懸念していた事態がついに起きてしまうと動揺した。


(えぇ!?リィフちゃん、今ここで告白するの!?わ、私もいるんだけど!?)


そう思ったアイリは慌てるが、ここは校庭の真ん中。逃げる場所も隠れる場所もない。

そして、ディアがリィフの気持ちを受け取らない事も分かっている。

……だってディアは、アイリと両思いなのだから。

だからこそアイリは、リィフの失恋を見届けなければならないという切なさに胸を痛めた。

ディアはこういう状況にも慣れているのか、落ち着いて構える。


「はい、大丈夫ですよ。どうぞ」


優しく促すディアは、なんと大人な対応だろうか。アイリは改めて惚れ惚れしてしまう。

ディアは決して、人の思いを聞かずに跳ね返すような事はしない。


「ほな、言います。ウチ、ずっとディア先生に憧れていました!」


アイリはドキドキしながらリィフの告白を見守り、ディアは真剣に聞いている。


「どうか、認めて下さい!!」


……ん?認めて下さい?

付き合って下さい、ではなく?付き合うのを認めてほしいという意味?

リィフの告白は独特な言い回しで、どう解釈すればいいのか分からない。

さすがのディアも返しに困っている。

ディアの困り顔を見たリィフが、この妙な空気を読んで言い直してきた。


「どうか、公認したってや!!」


余計、意味が分からなくなった。

黙って告白を見届けようとしていたディアも、さすがに物申すしかない。


「えぇと……すみませんが、分かりやすくお願い出来ますでしょうか」


本当はディアも、告白に対してリテイクを出すなんて野暮な事はしたくない。

真面目なディアは、告白の内容をしっかり理解してから返事をしたいと思う。

するとリィフは手に持っていたカバンから、一冊の冊子を取り出してディアに見せた。


「実はウチ、ディア様ファンクラブの会長やっとります!」


「……は?」


アイリとディアが同時に、とぼけた声を出す。

リィフが手に持つ冊子を見ると、それはどうやらファンクラブの会報らしい。

ちなみに、その号の特集記事は、『リィフ会長によるディア様の補習体験記』であった。

リィフは会報を抱きしめて、前のめりでディアに訴える。


「今は非公認の私設ファンクラブやけど、ディア様に公認してほしいんです!」


するとディアは、リィフではなく横のアイリに視線を向けた。

まるで助けを求めるように。


「えぇと……アイリ様。よろしいでしょうか?」

「え!?い、いいんじゃない!?応援は自由だし……」


ディアを応援してくれるというのなら、悪い気はしない。

アイドル並みに人気のあるディアは、恋愛対象ではなく純粋なファンとして応援する女子も多い。

だからリィフは会長としてディアの情報を集めたくて、アイリに応援を頼んだのだ。

……しかし、身近にこんなファンクラブが存在するなんて、アイリもディアもずっと気付かなかった。


「ほな、公認してくれるんですか!?」

「えぇ……まぁ、はい」

「やったぁー!!ありがとうございます!これで、ようやっと公認ファンクラブや!」


全力で会長を務めているリィフの熱意に、思わずディアもアイリも笑顔になる。

リィフの好意はディアへの恋心ではなかったという安堵から、アイリはようやく緊張から解放された。


「高校卒業したら本格的にファンクラブ運営会社を起業するので、よろしゅう頼んます!」

「えっ!?」


さすがに話が大きくなりすぎて、ディアは驚きに声を上げた。

それが高校卒業後のリィフの夢なら、教師として応援したい気持ちはあるが……複雑である。

ディアから許可を得たリィフは、すでにやる気満々でいる。


「次の目標は、ディア様の写真集発売やぁー!!」


すでに、リィフはアイドルプロデューサーだ。ディアは、アイドルという肩書きも増えてしまうのか。

困った様子のディアの横で、アイリもまた乙女の妄想を膨らませていた。


(ディアの写真集、欲しい……私もファンクラブに入ろうかな)


ディアにメロメロなアイリは、ついついファン寄りの思考になっていた。

そんなアイリの横にリィフが近寄ってきて、ディアには聞こえないように耳打ちした。


「アイリ様とディア先生がご結婚の際には、ファンクラブ一同で祝福するで」

「え、ふぇっ!?」


真っ赤になって声を上げるアイリだが、リィフはニッコリと笑って離れていく。

リィフはすでに、アイリとディアの関係に気付いていた。いや、誰が見ても一目瞭然。

二人の仲は、すでにファンクラブ公認であったのだ。

その時、いつの間にか背後から近寄ってきていた女子生徒が、リィフに話しかけた。


「あの……リィフ先輩、いいですか?」


小柄なポニーテールの少女はオドオドしていて、アイリ以上に気弱そうだ。


「ん?なんや?」

「私は、1年A組のカーナです。ディア様ファンクラブに入会したいのですが……」

「おぉ!もちろん大歓迎やで!ほな、カーナちゃんは会員番号536番やで!」

「ありがとうございます。会長、よろしくお願いします」


ディア本人が目の前にいるというのに、なぜか会長と会員で盛り上がっている。

しかしアイリは、その会員番号が特に気になった。


「そんなに会員がいるの!?ディア、大人気だね……」

「……恐縮です……」


もはやディアは遠い目をしている。

536人という事は、確実にこの学校の生徒数より上。

ディアファンクラブの会員数は学校という枠を越えて、魔界中に広がりつつあった。

ディアの写真集や、ディアの魔獣ぬいぐるみが城下町の店に並ぶ日も、そう遠くない。

リィフが起業する予定のファンクラブ運営会社も、大企業に発展する事は間違いない。





リィフの件も一件落着して、あとは卒業を迎えるのみ。

そして、アイリが高校を卒業する数日前の夜。

ディアはある決意を胸に、魔王の私室へと向かった。

こんな時間にディアが魔王の私室で二人きりになる事など、ほとんどない。

魔王はディアを部屋に入れると、ソファに背中を埋めて堂々と構えた。


「魔王サマ。申し上げたい事があります」

「なんだよ、改まって。さっさと言え」


ディアの態度と時期からして、アイリの事だろうと魔王はすでに見抜いている。

さすがの魔王でも、それを先に口にするような野暮な真似はしない。


「もうすぐ、私の『封印』の期限が切れます」


魔王が魔法によって封印した、ディアの恋愛感情。

その封印の効果は、アイリが高校を卒業するまで。

つまり、アイリが年齢的に大人になった時点で、ディアの恋愛感情は解放される。

その期限を設定して魔王に申し出たのも、ディアの意志によるものであった。


……アイリが大人になるまでは、自分を抑える。

……アイリが大人になった、その時は……


「その後は、アイリ様を私に下さい」


それが、ディアの決意。

魔王であり、アイリの父でもあるオランに、アイリとの結婚の許可をもらう事。

それも聞いても、魔王にとってはディアの心などお見通しなので、今さら驚く事でもない。

それに対する魔王の答えは、アイリが生まれる前から、すでに決まっていた。

魔王は、『娘ができたら、ディアにやってもいい』と、遠い昔にディアに宣言していたのだ。

それは、王妃アヤメに片思いをしていたディアに対する、魔王の情けだったのか……?

今となっては、それがアイリとディアの運命の恋に繋がったのかは分からない。


「いいぜ、好きにしろ」

「はい。ありがとうございます」


短いやり取りではあるが、これで結婚の許可を得た事になる。

願いが通って、ようやく肩の力を抜いたディアだが、魔王はニヤリと笑って衝撃の一言を放つ。


「てか、『封印』って何の事だよ?」

「……はい?」


突然の魔王のすっとぼけ発言に、ディアは意表を突かれた。


「以前、魔王サマの魔法で、私の『恋愛感情』を封印して頂いた件ですが」

「ハァ?記憶にねえなぁ〜」


わざとらしい魔王の口調に嫌な予感がしたディアは、何かに気付き始めた。

両手の拳を握りしめて、全身がプルプルと震えている。

恐怖でも悲しみでもない。怒りに震えている。


「魔王サマ、どういう事でしょうか。確かに封印しましたよね?」


ディアが、こんなドスの効いた声で問い詰めるなんてレアだ。

クールなディアが感情的になるだけでも珍しい。


「あぁ、アレは封印した『フリ』だ。テメエが封印してくれって、うるせえからなぁ」

「封印してなかった、という事ですか……?」

「恋愛感情だけを封印する魔法なんてあるかよ。それにオレ様は、未成年のアイリに手を出すなとは言ってねえぞ」


魔王自身は、17歳のアヤメを娶ったからだ。

魔王にとって年齢は問題ではなく、むしろ学生であっても自由な恋愛を推奨していた。


「で、では……私の恋愛感情というのは……」

「テメエが勝手に我慢してただけだろ。いつ理性が崩壊するか見ものだったぜ、ヒャハハハ!!!」


なんという極悪な笑い方をする悪魔だろうか。

魔王はディアの恋愛を封印したフリをして、アイリに恋のアドバイスをしていた。

それは、いつかディアの理性が負けて、アイリに手を出してしまうであろう様子を見て楽しんでいたのだ。

……結果的に、ディアは苦しみながらも今日まで理性を保った訳だが。

そんなディアの苦悩でさえ、天下の魔王にとっては娯楽でしかなかった。


「ま、ま、魔王サマぁーーーー!!!」

「お、なんだ、反抗的だな。オレ様に刃向かう気か、面白ぇ」

「今日という今日はぁーーーーッ!!」


この時ばかりは、本気で下克上を考えたディアであった。



そうと知ってしまえばディアは、いても立ってもいられない。

急に、今すぐアイリに会いたいという衝動に駆られた。

今まで我慢してきた感情が一気に爆発しそうな勢いだ。


魔王の部屋を出たディアは、今度は早足でアイリの部屋へと向かう。

何か用がある訳でもないが、アイリの部屋の前に辿り着くと、扉を数回ノックする。

しかし気持ちが急いでいるディアはアイリの返事すら待てずに、すぐに扉を開けてしまった。

仮にも女性の部屋なのに、真面目なディアにしては失態である。

すると部屋では、アイリが驚き慌てて何かを隠そうとしていた。


「わっ……ディア!?わっ、わっ!!」


バサバサッ!!


慌てたアイリの手元から、数冊の冊子が床に落ちた。

ディアが床の冊子に目を向けると、開いたページにはディアの写真が満載。

……これは、ディアファンクラブの会報だ。

まるで時が止まったかのように、その場の空気が凍りつく。


「…………あ、アイリ様……?」

「ち、ちがうの!えっと……これは、会報のチェックというか……真実と違う事とか、プライベートとか、勝手に書かれたら困るでしょ!?」


アイリはちゃっかり、ディアファンクラブ会員番号537番になっていた。


それはさておき、ディアはこの時、『封印』の真実をアイリに話すべきか迷った。

本当は、恋愛感情は封印されてはいないのだと。

だが、一度は心に誓った決意は最後まで貫くべきだと、ディアは自主的な封印の継続を改めて決意した。


今、恋に溺れてしまえば、心も魔法も乱れる。

魔法の教師として、アイリを守る者として、それは許されない。

アイリの卒業を見届けるまでは、恋を封印する。


アイリが高校を卒業するまでの、あと僅かな日々を耐え抜く。

その時こそが、自分に課した試練を乗り越えた時なのだと、自分に言い聞かせて。


しかし、封印の効果がないと知ってからのディアの自制の日々は、今まで以上に過酷なのは間違いない。

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